7 持たざる者
「作戦を確認するわ。要するに尻尾から出る粘液に注意しつつ、頭部を叩き割ればいいのよね」
「ああ。あのミミズが持っている才能は、『なんでもどろどろに溶かす半透明の液体を尻尾から飛ばす』能力! だが巨大蠕虫の体の構造上、尻尾はどうしても頭の方にまで届かない。だから頭部を攻める限りその才能の脅威にさらされる心配はない!」
「そして頭を破壊すれば、巨大蠕虫の動きは停止する……と」
「ああ。巨大蠕虫の基本的な脅威として、頭部を激しく動かすことによる頭突きや丸呑みがあるが……二人なら、十分に対応できる程度の速度だろう。だから信頼して、任せる」
「勿論よ、任せておいて。貴方が見守っているうちに、鮮やかに倒してみせましょう!」
「僕、あんな大きなモンスターを倒すのは初めてですー! 未知の体験に、今からワクワクが止まりませんよー!」
「……よし。それじゃ、行くぞ!」
十数分ほどの作戦会議の後に、巨大蠕虫を討伐すべく俺たちは森の中を駆けだした。
「巨大蠕虫は、食べた生物……というか人間を数時間掛けてゆっくり消化する! もし巨大蠕虫が現れたのがついさっきだとしたら、たとえやられた冒険者パーティが食われていたとしてもまだ助け出せる段階だ!」
出てきたのが巨大蠕虫だったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
あれほど襲われてから死ぬまでに猶予があるモンスターは中々いない。
そして命さえ繋ぎ止めれば、大抵の怪我は在地の優秀な回復術師によって治してもらえる。
「だから、胴体を傷つけることだけはくれぐれも……って、あれ!? もういない!」
気付けば、二人はもう既に俺の声が届かないほど先に行ってしまっていた。
くそっ、身体能力で劣っているマイナスがこんなところでも出るか!
これは早急に四人目のメンバーを確保しないと色々まずいな。
俺一人だけ出遅れるっていう状況がまずアレだし、そうでなくても、トーマスが常にアリソンの言いなりなら、これから先の多数決は常に一対二が確定だ。俺のパーティ内での立場は明確に弱くなってしまう。
「と……!」
なんて、どうでも良いことを考えているうちに開けた場所に出た。
視界を遮る邪魔な木々も足下の植物もかき消えて、更地が剥き出しになった四方百メートルほどの謎の空間。
その中央に、激しくのたうつ巨大蠕虫が鎮座している。
そうか……何故これほど大きな生物が動いて爆発性植物の誘爆が起こらないのか不思議に思っていたが、巨大蠕虫が暴れる前に溶解粘液をまき散らして先に邪魔な植物を消してしまったのか。
「おっと、そんなことよりアリソンたちは――――」
頭上を見渡すと、激しく蠢く巨大蠕虫の頭部と空中戦を繰り広げるトーマスの姿を見ることができた。
周辺の木々を足場にしてジャンプ台のようにたわませ、その加速を利用して巨大蠕虫に斬りかかり、また逆側に生えた別の木に掴まって同じ事を繰り返す。
相変わらずとんでもない身体能力だな。
才能なしの生身の体であれをやっていると思うと、俺の中の常識がとんと通用しなくて頭が痛くなってくる。
しかしそんなトーマスをもってしても、巨大蠕虫の頭部に致命的な一打を打ち込むことはできていないようだった。巨大蠕虫の表皮はかなり硬いから、刃が簡単に通らないのも仕方ない。
「トーマス! 大丈夫か!?」
俺が声をかけると、トーマスはこちらを向かずに笑顔で答えた。
「大丈夫、ですッッ!! 僕が今やっているのは下準備ッッ! 僕がこうやって隙を作った後に――――アリソン氏が、決めますッッ!!」
トーマスが、巨大蠕虫の下あごに強烈な一打を打ち込んだ。
蠕虫のバランスが崩れ、頭部がのけぞるように持ち上がる。頭部の裏側にあって、普段は地面との間に隠れているのど笛部分――――蠕虫の最も軟らかく虚弱な部分が剥き出しになった。
その時、蠕虫の正面から炎を纏って飛び出すアリソンの姿を見た。
「はあああああっっっ!!」
全身に炎を纏いながら走る彼女の姿は、まるで流れ星か何かのようで――――。
それは性格に蠕虫ののど笛に突っ込むと、のたうつ蠕虫の体内をしばらく動き回り、最後に断末魔を上げながらぐったり倒れた蠕虫の口から飛び出してきた。
「ふう、ざっとこんなもんよ」
全身の炎をかき消した後のアリソンは、涼しい顔で得意げに笑った。
「流石アリソン氏ッッ!! 」
「ありがと。トーマス君のアシストもあって、スムーズに倒せたわ」
その後アリソンは、俺の方を向いてウィンクしてきた。
「それに、ヴィンセントの助言のおかげもあったわ」
「助言と言っても、俺の一言がどの程度役に立ったやら。案外俺が何も言わなくても、尻尾の粘液なんて受けなかったんじゃないか?」
「尻尾の粘液の存在を知れたことよりも――――それ以外に何もないということを知れた方が大きいのよ、ヴィンセント」
目から鱗の一言だった。
「あの蠕虫が、ひょっとしたら口から電撃を放つかもしれない。炎に耐性があるかもしれない。ひょっとすると、いくら切っても再生して殺しきれないかもしれない……そういう憂いは、それぞれが固有の才能を持っているモンスターを相手にするときに必ずついてくる。それを一切気にせずに目の前の敵に集中できたのは、ヴィンセント。貴方がいたからよ」
アリソンはいつでも俺を真っ正面から褒めてくれるが、今回のは寝耳に水の気分だった。
あくまで相手の才能を知るという意味しかないと思っていた俺の才能に、『知らない』をなくすという役割があるなんて。簡単なことのように思えるが、こうやって言われないと一生気づけなかったかも知れない。
……だけど、以前に似たようなことを言われたことがあった気がする。ああ、あれは確か――――
『ヴィン様のくれる言葉が、私に勇気をくれるのです――――』
……そうだ。レイチェルだ。レイチェルも昔、そんな風にして俺のことを褒めてくれた。
「その意味で、本当に『殲滅団』の連中は馬鹿なことをしたものよ。何が役立たずよ! こんなに頼りになる冒険者、世界中探したって早々見つかりはしないわよ!」
「流石にそれは褒めすぎだと思うぞ!」
実地における俺の才能は、あくまで『非戦闘員の割には使える』って程度のものだ。
そのことは自分でもよく分かってるから別にいいんだが。
「まあ、それはそれとして、さっさと助け出してしまおう。あんまりもたもたして、ここまで来たのに助けられなかったなんてことになったら事だからな」
実際、何が出てくるか分からなくて怖い面もあるんだよな。
ついさっきエメラルド狼燧を上げた冒険者に関しては無事だろうが、それよりずっと早い段階で別の冒険者が食われていないとも限らない。すっかり紹介されて骨か汁か、って段階ならばまだいい(よくない)が、半端に溶けたどろどろの死体なんてものと出くわすことになったら、軽く一週間くらいのトラウマだ。
「なんだかドキドキするわね。無事でありますように!」
「くれぐれも慎重にやってくれよ? 外皮を壊す衝撃で殺しちゃったりしたら、本当いたたまれない気持ちになるんだから」
「そうですねー。動かない相手なら力も入れやすいでしょうし、慌てず落ち着いて確実に解体していきましょう」
そして、主にアリソンとトーマスの尽力によって、程なく蠕虫の死体の中から食われた冒険者たちが助け出された。
中から出てきたのは、五体満足の四人の冒険者。女性と男性が各二人ずつ。
衣服に乱れも見当たらないし、まだ消化活動が開始する前だったらしい。
早い内に助け出せて本当に良かった。
「さて、と。取り出したはいいけど、こいつら目を覚まさないわね。どうしたのかしら?」
「ひょ、ひょっとして、こんな綺麗な顔をしているのに実は死んじゃってるんじゃ……」
「いや、そんな恐れることはねえよ」
不安そうな二人を励ますように、俺は肩をすくめた。
「巨大蠕虫はまず丸呑みした捕食対象に睡眠薬を注入し、動きを止める。並の人間なら半日は起きられなくなる劇薬だ。そして活動を停止した捕食対象を、じわじわゆっくり溶かす胃液の力でとろとろにして栄養にする。まあそれはともかく、別に命の心配はしなくていいと思うぞ」
そうは言っても心配そうな二人の顔は拭えなかった。
まあ、しばらく蠕虫の中にいたせいか体がすっかり冷え切って、体温からは分からないもんな。そして脈を測るには鎧が邪魔になって……よし。
「じゃあ俺の『目』で生きてるかどうか確かめよう。これは死人には作動しないから、何かしら文字が出れば生きてるってことになるぞ」
「! 頭いいわね!」
「伊達に二十年この才能に付き合ってないぜ。大体の応用は俺の頭に詰まっている」
俺は手近にいた女冒険者を見て、『目』の力でそれが持つ才能を読み取る。
よし、出てきた。さーて、一体どんな才能を……ん?
「……おかしいな。そんなはずは……?」
「どうしたの? まさか出なかったとか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだが……」
予想だにしない表記を前に、俺は混乱しつつ、すぐ隣に寝転んでいる男冒険者の方に視線を移す。
こっちはどうだ? もしこっちが『まとも』なら、俺の心配は杞憂に終わるんだが……
「……あ……れ……?」
――――駄目だ。こっちも『おかしい』。
俺は慌てて他の二人も確認したが、四人全員ともおかしかった。
おいおい、ここは『貪肉緑地帯』、準最難関の異界だぞ?
そんなところを、こんな格好をして、こんな奴らが、こんな奴らだけでうろついてる?
明らかに不自然だ。一体何が起こっている。
「ねえ、ヴィンセント。顔色悪いわよ? どうしたの」
「何か、物騒な才能でも持っていたんですか?」
「……逆だ」
「逆?」
「蠕虫に食われた四人の冒険者は、誰一人として戦闘用の才能を持っていない」
「……え?」
「それどころじゃない。その内三人には、そもそも才能が見えないんだ。俺の目が、何か間違った結論をはじき出したのでもない限り……」
二十年弱、『人を見る目』と一緒に旅をしてきて、数え切れないほどの人間の才能を見抜いてきた。
しかし今、眼前に広がっている文字列は、この長旅の中で一度も出くわしたことのないイレギュラー。
「――――この四人のうち三人は、才能を何も持っていない」
才能を持たない人間に、俺は生まれて初めて遭遇した。
誰しも何らかの才能を持って生まれてくるというのが常識のこの世界で、明らかに不可解な光景だった。




