5 それもまた一つの才能である
突然現れた仲間志望の少年、トーマス=アドルフ。
彼は磨き上げた筋肉によって、才能を持たないのに極めて優れた身体能力を発揮する。
それは、才能至上主義者の俺に大きなショックを与えた。
というか、才能なしであんなに強くなれるんだったら俺の存在意義がなくなっちゃうじゃないか!
ただでさえ戦闘中は役立たずだったのに、得意分野でもこんな例外が出ちゃうようじゃ救いがない。
いや、というか……無能力者のトーマスがこれだけ強くなれるってことは俺だって同じくらいにはなれたかもしれないってことで、つまりそれは俺の努力不足ってことで。
俺は俺なりに精一杯頑張ってきたつもりだったが、実は周りの人間は俺以上に頑張ってたってことだったのかもしれない。だとしたら、俺が殲滅団を追い出されたのももしかしたら自然なことだったのかも――――
「……うっ……」
いかん。考え込むと『抗体』の傷が疼きだしてしまった。
「……あの、大丈夫ですかー?」
「!」
気付けば、皮鎧を着直したトーマスが怪訝そうに俺のことをじっと見ていた。
「ち、違うぞ!? これは、これはだな。別に傷のせいにして自分の努力不足を誤魔化そうとしてるとかそういうのじゃなくって……」
「えっと、何の話でしょうー?」
……そりゃ、トーマスからしたら何言ってるか分からんよな。
我ながらぐだぐだにも程がある。
俺は立ち上がり、誤魔化すように肩をすくめた。
「い、いやあ。トーマス君は実に凄い力を持っているんだね」
「なんだか少し距離を感じるようになったんですけどー?」
「さ、参考までに一体どうやってその逞しい筋肉を手に入れたのか教えてもらってもいいかな……?」
できそうな筋トレなら俺も参考にさせてもらおう。
「これですかー! 才能の力で手に入れたものなので、参考になるかは分かりませんよー?」
「いや、それはどう見ても才能じゃなくて鍛錬の成果だと思うんだが……」
「何を言ってるんですかー。これはどうみても才能ですよー?」
どう見たらだよ! どう見てもただの筋肉だろ!
「それにしたって、生まれつきその身体能力だったわけじゃないだろ? 何かきっかけがあったと思うんだが、それを教えて欲しくってな」
「なるほどー。そういうことでしたかー」
トーマスはしばらく考え込んで、それから何かを思い出したように手を打った。
「才能を有効活用するのに必要なことが、『気づき』なのはご存じですよねー?」
「……ああ」
自分の中に眠る才能が何なのか。
どういうことができて、何が発動条件なのか。
それは基本的に誰も教えてくれなくて、だから自力で気付かなくちゃならない。
一生気付けない奴もいれば、間違った理解のまま間違った使い方を続ける奴もいる。
それを防げる俺の『人を見る目』は、だからこそ有用な才能たり得るのだ。
もっとも、才能なしでこれだけの強さを発揮する奴の前では形無しだが。
「僕も生まれつき自分の才能に気付いていたわけじゃないんです。ですが、僕の仲間に他人の才能を見る才能の持ち主がいて、彼女が僕に僕の才能を教えてくれたんですー」
「……!」
俺と同じタイプの才能の持ち主が……?
都の方には沢山いると聞いたことがあったが、実際に存在を示唆されるのは初めてだな。
いや、でももし本当に才能を見る才能を持っているなら、トーマスにそんな才能がないことくらいよく分かっていると思うんだが……。
「彼女曰く、僕の才能は超重い鎧を日常的に着るという縛りを自分に課すことで、脱いだときに身体能力を飛躍的にパワーアップさせるというものらしいんですー」
「騙されてるぞそれは!!」
ただの負荷トレーニングじゃねえか!!
「騙され……?」
「重たい鎧を着込んで生活すれば、当然筋肉が育つ。まあトーマス君レベルまで強化されるかどうかはともかくとしてだが……そして重たい鎧を脱げば、当然着ている時より激しく動けるものだろう」
「えー? でもフレンはそう言ってましたよー?」
「そのフレンって子のことは知らんが……」
「――――でもその鎧って、そんなに重たいの?」
「!」
いつの間にか俺の背後に立っていたアリソンが、トーマスの鎧を興味深そうにじっと見つめていた。
「見た目はむしろ、軽そうな鎧に見えるけど……」
「着てみますかー?」
言うが早いか、トーマスは手際よく皮鎧を脱いでアリソンに差し出した。
鎧を脱ぐスピードも速いな……やっぱり素の筋力が異常に高いようにしか見えない。
「ありがとう。じゃあ試しに着てみるわね!」
アリソンは余裕の表情で、差し出された鎧に手を伸ばし――――
「まあ、私の『不要刃』の身体強化倍率はとっても高いから、多少重たい鎧くらいじゃびくとも――――」
――――受け取った途端、鎧を抱えたまま正面にすっ転んだ。
「……にゃ、にゃにこれぇ……?」
えっ? そんなに?
アリソンはしばらく目を瞬かせたあと、姿勢を起こしてそれをなんとか持ち上げた。
良かった。流石にアリソンすら持てない程じゃなかったんだ。
でも、アリソンがバランスを崩すくらいには重たいんだよなアレ……俺が持つなんて言わなくて良かった。
「ちょっと意味分からないくらい重たいのだけど、トーマス君、本当にこれを……? 普段から……?」
「はいー!」
「そりゃ強くもなるわ……私ならこんなの、絶対着たいと思わないもの」
「流石にこんなのいきなり着られないだろうし、徐々に重たくしていったのか?」
「いえー? 最初からその鎧ですよー?」
「……は? 最初って、何歳の時だ?」
「えーと、大体六歳くらいですかねー?」
「ろくさい?」
「それから十年間ほど、普段はこの鎧を着て生活してますー。これ、凄いんですよ! 重たいは重たいですけど、素材が軟らかいので手足も自由に曲げ伸ばしできますしー」
凄いのはお前の筋力だ。
「六歳の頃からこんなの着てたら、身動き一つできなかっただろ」
「そうですねー。最初の頃は、散歩するのがやっとで走り回ったりはできませんでしたー」
「歩くことはできたのかよ!?」
なんだこいつ、生まれながらのパワーファイターか。
ってーと、つまり……どうやらこういうことらしい。
トーマス=アドルフが持つ異常な筋力は、才能ではなく彼の日常的な負荷トレーニングの賜である。
だがその負荷トレーニングは、そもそも選ばれた才能の持ち主でなければできないほど過激なものだった。
つまり彼に才能はなかったが、生まれ持った戦士としての素質という意味の才能は、人の何倍もあったということだ。
「……なんだか少し安心したよ」
「安心ですかー?」
「あ、いや。何でもない」
天才相手なら張り合わなくてもいいやなんて考えを口に出せるほど俺も厚顔無恥じゃない。
「しかしなんだ。その異常なパワーが才能によるものかどうかはともかくとして……トーマスの実力がフレスベンの冒険者として遜色ないレベルだということはよく分かったよ」
俺は向き合って、トーマスに向かって手を差し伸べる。
「認めよう。トーマスは素晴らしい冒険者だ。トーマスのような勇敢な戦士が仲間になってくれると、俺たちとしてはすごく助かる」
「本当ですかー! ありがとうございますー!」
「いだだだだだ!!」
目をキラッキラさせながら万力のような握力を発揮しやがって!
やっぱり鎧着た状態でも普通に馬鹿力じゃねえか!
「というわけで、正式にVATの設立を――――」
「その前に、一つだけ質問をしてもいいか?」
「質問? いいですけどー……?」
「……元のパーティはどうしたんだ?」
トーマスの表情から、僅かに血色が失われたのが分かった。
「いくらトーマスが強いと言っても、ソロでこの森を突破できるほどじゃないだろう。さっき言ってたフレン? だったか……とか。他にも仲間がいたんだろう?」
パーティが健全に運営されていたなら、わざわざパーティを抜ける理由はない。
何かしら問題があったからこそ、トーマスはうちのパーティに接近してきたはずだ。
俺は言うに及ばず、アリソンだって冷遇時代の距離が最後まで埋まらなかったからこそパーティを抜ける道を選んだのだから。
「その仲間とはどうやって別れてきた? トーマスがここに至るまでのいきさつを、俺たちに教えてくれ」
「そ、それは……」
「言いにくいことなのかもしれないが、ここははっきりさせておかないといけないことだ。パーティの円満な継続には、相互理解が不可欠――――」
言いながら、俺がトーマスに一歩近づいたその時だった。
僅かに足下が揺れたかと思うと――――
次の瞬間、雪崩のような爆音が鳴り響いた。
森に生える木々の多くが、一斉に踏みつぶされたような音だった。
「なっ……!?」
俺とアリソンは、即座に音のした方向に目をやる。
すると、爆心地の方角にあったのは、空一直線にもくもく伸びる煙の柱――――狼煙だ。
それも冒険者が救援信号として使うために作られた特注品。
魔物よけの成分が入った緑色の粉を内側に含んでいるので、俗にエメラルド狼燧と呼ばれるものだ。
あれが立ち上ったということは、あの煙の根っこの部分で冒険者が命の危機に瀕しているということ。
恐らくは――――想定外のモンスターに襲撃を受ける形で。




