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4 キングオブ脳筋スタイル

昨日は更新できず申し訳ありませんでした。

その分というわけではありませんが今日は多めです。


 それからアリソンは、近場にいた食人植物を片っ端から切り裂いていった。

 爆発する植物と猛毒を吐く植物に囲まれた森の中では、不用意に刃物を動かすことすら危険が伴う。だがアリソンはそんな中にあって、倒すべき植物以外を一切傷つけることなく、見事に死屍累々の山を築いて見せた。

 ……まあ、何でも燃やす炎を使ってるから、山が積み上がる前に消し炭になって風に散るんだけど。


「……これで、近場にいる食人植物は大体いなくなっただろうか。しばらくはこの近辺は平和で済みそうだな」

「へへん、どうよ! 見直したかしら、ヴィンセント!」


 得意げな表情でVサインを作るアリソン。


「見直したというより惚れ直したな。やっぱり凄い奴だよ、あんたは」

「ほ、惚れっ!? ちょ、ちょっと~! 何言ってるのよーヴィンセントー。私はそんな安い女じゃないわよー?」

「だが、それでもラウレンツには敵わない」


 朗らかだったアリソンの表情が、そこで大きく歪んだ。


「なんで!? ラウレンツ=デステルシアは、これ以上のことができるっていうの? この複雑な木々の森の中で、激しく動く獰猛な食人植物を、周りの木々を一切傷つけず無傷で次々切り刻むなんてことが!」

「あいつはおおざっぱだから、そういう細かい仕事はできないだろうな」

「だったら――――」

「あいつは、毒ガス植物も燃える植物も気にしない。自分が燃えようとも毒に犯されようとも、構わず全てをひとまとめになぎ倒すんだ」

「……!」

「そして、無事に帰ってくる。人肉を瞬く間に焼き尽くす爆風も、全身を麻痺させ緩やかで激しい死をもたらす猛毒も、奴にとってはそよ風のようなものだ」


 衣服はそのたび駄目にしてきたけどな。

 そう言っておどけても、トーマスとアリソンの唖然とした表情は変わらなかった。

 まあ、生で見たことがなかったらそういう印象も受けるか。

 俺は息を吐いて、消し炭の煙が未だに漂う森の光景を見渡した。

 二年ほど前、俺たちが初めてこの『貪肉緑地帯ガルギリオ』を訪れた時の景色が、克明に蘇ってくる。

 そうそう……レイチェルの『七色星条スターライト・シューター』を使って遠くから植物を除ければいいと主張した俺の意見を無視して、ラウレンツが一人で突っ込んでいったんだっけ。それで毒ガスが森中に吹き荒れて、爆心地にいたラウレンツはけろりとしていたけど、間違って吸ったルートヴィヒが酷い目に遭ってたな。それをリーゼロッテが大慌てで直そうと焦ってたっけ……今でも昨日のことのように思い出せる。


「思えばあの時はまだ、俺たちは確かに仲間だった筈なんだよな……」

「ヴィンセント氏ー!? 突然泣き出してどうしたんですかー!?」

「さてはまた前のパーティのこと思い出してるわね! いい加減忘れなさい! 元カノのことにしつこい男は嫌われるわよ!」


 しまった、迂闊だった。

 そうだよな。こんなことしたら、まるであいつらにまだ未練があるみたいに見えて、アリソンに失礼だもんな。


「悪い、気にしないでくれ。ただちょっと感傷に浸っていただけだ」


 俺は咳払いをしてから、真面目な顔を作ってアリソンの方を見つめる。


「昔話はともかくとして、ラウレンツが『殲滅団』の中でも頭一つ、二つ抜けて脅威なのは間違いないと思ってくれ」


 そう、大事な話はまだ終わっていないのだ。


「俺は優秀な才能スキルを持つ奴らを集めて、『暁の殲滅団』を作った。だけど俺だって、国中から募集をかけて選りすぐりの一人を選んだわけじゃない。ラウレンツ以外の四人については、探せばもっと優秀な才能スキルの持ち主が見つかることだってあるだろう。だが、ラウレンツだけはものが違う」


 他の四人――――俺を含めた五人と言ってもいいが――――と違って、ラウレンツの強みはただただシンプルな強さだ。

 シンプル故に隙がなく、一切の小細工が通用しない。

 こういう奴は味方にいる間は頼もしいが――――敵に回れば、これ以上に恐ろしいものはないだろう。

 何しろ凌駕する以外に対抗する手段がないのだから。


「ともかく、アリソンの実力は改めて思い知ったけど、ラウレンツはそれでもアリソンの上にいる。というかそもそも、あれを一対一で陵駕しようというのが土台無理な話なんだ。パーティメンバーの人数には別に制限なんてないんだから、最終的には仲間を増やして――――ん?」


 俺の力説を不満に思ったのか、アリソンがふくれっ面で胸を張っていた。


「余程高く評価してるのね。そういえば、デステルシアは貴方の幼馴染みだったかしら?」

「別に幼馴染みだから褒めてるわけじゃないぞ。俺はただ、アリソンが無茶をしそうで怖いから言ってるんだ」


 アリソンがこの短い時間の間に、何度無闇に殴り込みに行こうとしたことか。

 はっきり言い含めておかないと、俺のいない間にどんな無茶をしようとするか分かったもんじゃない。


「心配しなくても、いつまでも頭を低くしているつもりはない。いずれ俺たち新生パーティは、必ず『殲滅団』を超える最強のパーティとなる。ただまあ、そのためには準備が必要ってだけだ」

「準備……?」

「ああ。アリソンが、一人でラウレンツを超える必要はない。アリソン、俺、そしてこれから新しく加わるであろう新規メンバー……全員の力を合わせて、殲滅団に勝てるだけの力を蓄えればいい。そうだろ?」


 俺がそう言うと、アリソンは不承不承といった様子で唇を尖らせつつ、諦めたように深々と息を吐いた。


「……分かったわよ。そんなに言うなら、張り合うのはやめる」

「ありがとう。さて、次は一応トーマスの番だが……」


 俺がトーマスに視線を移すと、彼はしきりにまばたきを繰り返していた。

 おや? その反応は予想してなかったな。


「どうした? まさかうっかり植物を傷つけて毒液でも食らったとか――――」

「殲滅団に……勝つー? それって、どういうことですかー!?」


 ……あー。そこからか。


「そういえばトーマスには言ってなかったな。実は俺たちは今、『暁の殲滅団』を超えるパーティを作ろうとしているんだ」


 あくまで俺の目線から見た出来事だということを強調しつつ――――俺は、この半月ほどに俺たちの周りで起こったあらゆることを説明した。


「……というわけで、俺を追い出した四人を見返すため、俺たち二人は最強のパーティを作るべく人探しをしている真っ最中だったというわけだ」

「見返す対象のうち一人は死んじゃったけどね」

「死んだあいつのためにも、俺たちは必ず暁の殲滅団を超えなければならない!」

「多分そういう遺志は残してないと思うわよ」

「ディエゴの話を信じるなら、ロドヴィーゴは自分を殺したのがラウレンツだということには気付いていたはずだ。だったらラウレンツをこてんぱんにしてやることで、少しはあの世で溜飲を下げられるんじゃないだろうか?」

「あんな奴の溜飲を下げてやる必要があるのか非常に疑問だけど……ま、貴方がそれを望むというなら、私はそれに従うだけよ」


 やれやれと肩をすくめるアリソン。

 この辺のことは、俺たち二人にとっては既存の情報の再確認でしかないからな。

 繰り返したって仕方ない。

 ……ま、トーマスにとってはその限りじゃないだろうけど。


「さて、どう思った? トーマス」

「どう思った……と言いますとー?」

「俺たちがこれからやろうとしていることは、極めて困難な茨の旅路だ。決して楽しくウハウハやろうってパーティじゃない」

「あら、私は楽しくウハウハしながら貴方の復讐を手伝うつもりだけど」


 ええい、話の腰を折るんじゃない。


「話がややこしくなるから黙っててくれ。とにかく、トーマスが気楽な冒険者ライフを送りたいと思っているなら、俺たちなんかと手を組む必要はなくって……」


 俺の言葉を遮るように、トーマスは首を左右に激しく振った。


「ああ、そういうことでしたかー! 心配ご無用ですー! 僕もどうせ、行くところはありませんし……何より、辛いことには慣れっこですからー!」

「慣れっこ?」

「はいー!」


 まあ、冒険者なんて見方を変えれば辛い事の中で生計を立ててるようなものだしな。

 別に珍しいことでもないか。


「さてー、それじゃそろそろ僕も力試しをしたいですー! ヴィンセント氏、食人植物は今どこにいますかー?」

「おっと、そうだな……」


 俺は再び『目』で周囲を見渡す。

 ここら一帯にいる食人植物は、アリソンがあらかた刈ってしまった。

 移動しないと、次のターゲットを見つけるのは難しそうだ。


「これ以上深みに向かうとなると、町からどんどん離れてるのがちょっと不安だが……」

「心配ご無用よ、ヴィンセント! 私の力はさっき見たでしょう? それに貴方の『目』があれば、この森で不測の事態に出会う気がしないわ!」


 異界はそう甘いものではないと思うが……そうだな。

 これくらいは、アリソンの力を信頼しても良いはずだ。


「分かった。じゃあ、少し奥に歩こうか」




 次に食人植物の群れを見つけたのは、それから一〇分ほど歩いた頃のこと。

 さっきアリソンが倒した大口ヒマワリより一回り小さい、甘い香りを漂わせる薔薇のモンスターだった。

 相変わらず見た目は普通の植物のようだったが、先ほどと同じように血のついた石を投げつけると、溶解液を吹きかけ石をどろどろに溶かして応戦してきた。


「さっきのより小さいけど、凶暴性はこっちの方が高そうだな」

「トーマス君、いけそう? 無理なら無理って、言っていいのよ? 誰も怒ったりしないから」

「ご心配なくー! これでも僕は、この森をちゃんと抜けてフレスベンまでたどり着いたんですー! ここでお二人に、僕の実力を見せるとしましょうー!」


 トーマスは自信ありげに胸を張ると、皮鎧を止めるホックに手を掛け、勢いよく脱ぎ捨てる。


「……あら?」

「ん?」


 そして露わになる――――その童顔とはあまりにも不釣り合いな、不気味な程の筋骨隆々《ゴリマッチョ》。

 投げ捨てられた皮鎧は、ずしんと深い音を立てて地面に落ちる。

 おいその皮鎧何キロあるんだよ。


「待てお前――――その体は一体……」

「はああああああ……スキル、発動ッッッッッッ!! 発動、発動ッ、発動!!」


 トーマスは大声で叫びながら、腕を高速回転させ、その場に留まったまま駆け足をする。

 ただでさえぶっとい筋肉が、運動によってより怒張し、丸太のように太くなっていく。

 全身から湯気が立つほどの準備運動を終えた後、彼の体は更に一回りほど大きくなったようにすら見えた。

 荒れる息を整えてから、彼はひときわ大きな声を張り上げる。


「意気揚々ッ! 全力解放ッ! 最強の準備、完了ッ!!」

「おいトーマス。まさかと思うが、お前が言ってた才能スキルって……」

「鎧を脱ぎ捨て、軽い運動をすることによって身体能力を強化するッ!! これが僕の才能スキル、『マッスル・ピックアップ』ですッ!!」


 ……それは才能スキルじゃねえ。

 ただの準備運動とパンプアップだ!


「まさかとは思うが……お前が言う才能スキルってそれだけか? だとしたら、食人植物に挑むのは無茶だ。身体強化才能(スキル)なしで人間がこの領域レベルのモンスターに太刀打ちできるはずが――――」

「まあ、見ていてくださいッ!! 颯爽と倒してあげますからッ!」

「馬鹿、やめろ。俺は目の前で誰かが死ぬのを見たくは――――」


 俺が静止する間もなく、トーマスは腰に差していた大鉈を担いで食人薔薇へと飛びかかっていく。

 なんてことだ。あの薔薇は、四つの花弁を巧みに動かし、全方位めがけて溶解液をばらまく隙のない化け物。

 倒すには速度で圧倒するか、溶かされないような飛び道具を使うしかないが――――才能スキルなしで人間がそんなもの用意できるはずもない。

 だから当然どろどろに溶かされて――――嫌だ、俺はそんなもの絶対見たくないぞ!

 俺は目を覆いながら、トーマスに戻ってくるよう訴えかける。


「頼むからそれ以上進むな! そいつはアリソンに任せるんだ! 腕試しはもうちょっと弱い相手に――――」

「終わりましたよッ!! ヴィンセント氏ッ!!」


 ……へ?


 思わぬ一言に困惑しつつ、俺がそっと目を覆った手を退けると……そこには、四つあった薔薇の花を全て切り落として踏みつけ、悠然と立つトーマスの姿があった。


「見ましたかッ!! 見ていなくとも、結果を見れば分かりますよねッ!! これが、僕の才能スキルの力ですッ!」


 目の前で起きていることが信じられない。

 アリソンの方を見ると、彼女も感心したように笑顔で頷いていた。

 あのアリソンを感心させたということは、トーマスの実力も相当のものだと認めざるを得ないが……相変わらず、才能スキルが発動した形跡は一切見当たらない。


 となると、答えは一つだろう。

 冒険者としても異常なほど磨き上げられた筋肉が、最初から雄弁に語っていたのだ。


「……これで、実力も証明できましたねッ! さあ、ヴィンセント氏! アリソン氏! 僕をお二人のパーティに加えて下さいッッ!!」


 彼――――トーマス=アドルフは、自前の筋肉だけで才能スキル持ち並の身体能力を発揮して見せた。

 つまり、才能スキルとは無関係に純粋に運動能力が化け物なのだ。


「こんなのって……こんなことって、アリかよ……!」


 最難関エリアでも通用するほどの身体能力を、才能スキルなしで体得する。

 それは俺が今まで積み上げてきた常識には存在しないもので――――俺は、俺の中に積み上がっていた何かが、がらがらと崩れていくのを感じた。

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