5 元のけ者の恩返し(4)
確か、一年ほど前のことだったと思う。
当時『暁の殲滅団』は至って平穏で、大きな不仲もなく順調に冒険を進めていた。
そしてあるとき、探索の途中に合流し一時的に協力をすることになった『弥終の行進曲』の作戦会議に呼ばれることがあったのだ。
「その子は?」
『行進曲』のテントにやってきた俺は、そこで初めてアリソンと出会う。
その時彼女は、テントの端で膝を抱えて居場所なさげに佇んでいた。
当時の彼女は黒髪で、服も今よりもっと露出が少ない地味なものを身につけていたような気がする。
「そいつはただの荷物持ちだよ。身体能力が高いというんで雇ったが、なんのことはない、戦闘になると途端に力が抜けて使えなくなる軟弱ものだった。次の『町』に辿り着いたら捨てる予定だ」
当時『行進曲』のリーダーを勤めていたゴードンという男は、心底見下した口調でそう言った。
確か、その高慢ちきな物言いが癪に障ったんだったと思う。
「そいつ、あんたよりよっぽど素晴らしい才能を持ってるぜ。ただ、使い方が分かってなかっただけだ」
「……何?」
むっとするゴードンを無視して、俺はアリソンに話しかけた。
「なああんた、いつもはどうやって戦ってるんだ?」
今よりずっと陰気で、大人しい雰囲気を漂わせていたアリソンは、ぼそぼそと呟くように言った。
「こ、腰の刀を抜いて……」
「なるほど。それが原因だ」
俺が指を鳴らすと、アリソンはびくりと肩を震わせた。
「いいか、あんたの身体強化才能は、『帯刀している時』限定なんだ」
「えっ……?」
「抜刀しているときでも刀を身につけていないときでもない。腰から刀がなくなると、効果がなくなってしまう」
そういえば、前に探索中拾った短刀が一本あったなと、俺は自分のカバンを漁る。
刃こぼれが目立つボロボロのなまくらだったが、俺はそれを彼女に差し出した。
「これは……?」
「才能をいつでも作動させられるようにするためのお守りだ。これを腰に差しておけば、武器を抜いても才能が使えるようになるぞ!」
「……」
黙って大事そうにその脇差しを抱えるアリソン。
安物の刀をそこまで大事そうにされるとなんだか決まりが悪くて、俺はそそくさとそのテントを後にした。
次の日の作戦決行の際には彼女は自分の才能を完璧に使いこなせるようになっていた。
荷物持ちで扱いに慣れていた分、急な実戦にも対応できたのだろう。
高い身体能力を活かして八面六臂の活躍を見せてくれた。
むしろそれまで前衛を任されていたゴードンの方が、所在なげに立ち尽くしていたくらいだ。
以来、長らくアリソンと顔を合わせる機会はなかったから、すっかり忘れていたが……そうか。
その時の恩を返そうと思って、アリソンは俺をつけ回していたということか。
……。
やべえ、やっちまった!
折角俺のことを思って追いかけてくれた子に対して、逃げるわ疑うわ追い返すわ、余りにも酷すぎる仕打ちである。
「あ、アリソン……」
俺は恐る恐るアリソンに声をかけようとする。
アリソンはいつの間にか膝を抱えてその場にしゃがみ込んで項垂れていた。
躁鬱の振れ幅が激しい。
「……いいの。私との思い出なんて貴方にとってはどうでも良かったってことなんでしょう」
「い、いやそれは……」
実際忘れていたから何も言えねえ。
虐められる方は昔のことを覚えていても虐める側はすぐに忘れるとはよく言うが、救う側と救われる側になってもその感覚は変わらないのかもしれないな。
「大丈夫よ。分かってたことだから。いくら強い力を手に入れたって私は私。結局は周りから必要とされず一人で踊っているだけのピエロなのよ……」
俺が言うのもなんだが面倒くさいレベルに低い自己評価だな!
恐らく俺が才能を見いだすまでずっと冷遇されてきた経験が、根っこの所の自信を奪ってしまっているのだろう。
「……え、ええと、アリソン……」
「こんな私が貴方の仲間になろうだなんて、土台おこがましいことだったのかもしれないわね。反省したわ。もうこれから私は何も自惚れたりしない。身の程を知って、それなりに慎ましく生きていくことにするわ」
「アリソン。聞いてくれ。誤解があったんだ。俺はお前を拒絶したいわけじゃなくてだな」
「何よ! 同情なら要らないわよ!」
先ほどまでと立場が完全に逆転している。
これに関しては、主に俺が悪いけれども!
「そうじゃなくて……俺はつい数時間前、信じていた仲間に裏切られたばかりでな」
「……」
「一時的な人間不信というか、誰のことも信じられない状態になっていたんだ」
それ自体は今も継続中だが、ここまで思いを込めて来てくれたアリソンのことまでは流石に疑えない。
きっと彼女は、信頼に値する人だと思う。
「それで、お前にも疑いの目を向けてしまった。ほら、俺の仲間たちもお前と同じように俺が才能を見出して冒険者界隈に引っ張ってきたわけだけど、結局俺はそういう奴らからも無能だからって理由で見切りを付けられたわけでさ」
「……!」
アリソンの様子に僅かな変化が見られた。
良かった。どうやら宥められそうだ。
「だから同じような関わりのお前のことも、すぐには信用できなかったというか……」
「今、なんて言ったかしら? ヴィンセント=オーガスタ」
「え?」
アリソンが急に立ち上がり、ずいと顔を近づけてきた。
目元が充血しているが、鬱々とした気配は一瞬で吹き飛んでいた。
というよりもどちらかというと、怒っているような――――……
「もう一度今言ったことを復唱してみなさい」
「え? えーと……俺の仲間たちもお前と同じように俺が才能を見出して……」
「それ、本当?」
「あ、ああ」
俺が頷くと、胸元の金細工に手を当てたアリソンは、それを力任せに引きちぎった。
「……!?」
「才能を教えてもらって……助けられているはずなのに……それで、追放? 役に立たなくなったからって?」
「あ、アリソン……?」
「まさかそんな理由だとは思わなかったわ……! 私はてっきり、貴方に重大な過失があってのことだと思っていたのに。あのクソ野郎共は、どれだけ恩知らずな奴なのかしら……!」
アリソンの眉間には皺が寄り、こめかみは小刻みに震動している。
顔は真っ赤に染まり、その様相はまさに鬼神のごとし。
俺に向けられた殺意ではないと分かっていても、あまりの恐ろしさに数歩後ずさりしてしまう。
「……ヴィンセント=オーガスタ!」
「は、はい! なんでしょうか!」
「私のことを仲間に加えなさい! 恩知らずのクズ共に生きている価値なんてないわ!」
「そ、そこまで言う!?」
「いいから! 私のことを仲間にするか、しないのか! イエス!? ノー!?」
「い、イエス!」
有無を言わせぬ迫力に、俺は思わずイエスと答えさせられる。
いやまあ、イエスでいいんだけど!
彼女ほど頼りになる前衛が仲間になってくれるのは、心強さしか感じないんだけど!
「安心して、ヴィンセント。貴方を裏切ったクズ共は、私が全員ぶっ殺してあげるわ」
「全然安心できないんだが。まず冒険者同士の殺し合いは御法度だし……」
だが、この溢れこぼれそうな怒気を前にしていると、イエスと答えて良かったのか心配になってくる。
このまま放っておくと彼女、その足でラウレンツたちを殺しに行くんじゃなかろうか。
「心配しないでヴィンセント。事故に見せかけてあいつらを殺す手段なんて、いくらでもあるんだから!」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ! 馬鹿! このお馬鹿!」
前言撤回。放っておくと間違いなく殺しに行きそうだ。
ともあれ。
かくして、俺は一人目の仲間を手に入れることに成功した。
アリソン=アクエリアス。
最高レベルの太刀使いで、刀を腰に差している時限定で身体能力を高める第一の才能と、その他二つの才能を持つ。
自信家の仮面を被りながら、中身は繊細で落ち込みやすいデリケートな性格。それでいて、義に厚くけんかっ早いところもある。
信頼が置ける、とても善良な人間ではあると思うのだが――――そのコントロールには入念な注意が必要そうだ。