3 燃える刃
門を出て五分ほど歩くと、森の木々の間隔が歩くのに邪魔なほど狭まってきた。
そろそろ頃合いだろうと思い、俺は一旦足を止める。
「……ここらへんで、少し話をしようか」
後ろに続いていたアリソンとトーマスも立ち止まった。
『貪肉緑地帯』。
時に罠を仕掛け、時に自ら冒険者に飛びかかり、その血肉を貪ろうとする恐るべき食人植物の密集地帯だ。
『貪肉緑地帯』に生息する植物の約四割が食人植物で、人を貪り栄養に変えてしまう。
残る六割の植物のうち、三割は不用意に傷つけると猛毒のガスを噴き出すこれまた厄介な危険植物。
残る二割は傷つけると爆発する危険植物で、安全な植物は全体の一割しか存在しない。
しかもこいつら、見た目は全部普通の植物のような形をしている上、形状で性質を一切判断できないときたもんだから、一つ一つ警戒しながら対処しなければならないのだ。
そんな鬼畜難易度のこの森だが――――『凪』の時期は、一番厄介な食人植物の殆どが一斉に動きを停止するので、ぐっと難易度は引き下がる。
「それでも全ての食人植物が動かなくなるわけじゃない。安易に突っ込むと頭からパクリだ。くれぐれも探索は慎重に行いましょう。俺との約束だぞ!」
「貴方のその心配が杞憂だということを、今日教えてあげるわ!」
どや顔のアリソン。
だから、その態度こそが俺の不安の種なんだけど、そこんところちゃんと分かってるのかな?
「そして、トーマス君の実力もここで試すことができる。もし彼が、この森を踏破するに足るだけの力を持っていると証明できたなら……その時は、彼を私たちのパーティに迎え入れるのよね?」
「アリソンはどう思っているんだ?」
「私は仲間が増えるならそれに越したことはないと思ってるわ! だって賑やかなのは嫌いじゃないもの!」
「……だそうだ。トーマス、それでいいか?」
「は、はい……! では僕がちゃんと前衛できるということを、お二人に確認していただきますー!」
結局道中でトーマスの才能を深いところまで探ったが、戦闘に使えそうな要素は一切見つからなかった。
身体能力が上がる要素も一切ない。
しかし少なくともトーマス自身は、自分に戦闘能力を高める才能があると思い込んでいる。
一体どういうことなのだろう? 彼の知り合いに、周りを強化する才能持ちがいて、彼を内緒で強化していたが――――彼自身がそのことに気付いていないとか、ありそうだが。
答えは蓋を開けてみるまでは分からないが、もしかすると俺はトーマスに非常に辛い現実を突きつけてしまうことになるかもしれない。
そこまでは責任取れないとはいえ……せめて、彼が無茶してむざむざ命を落とすことだけはないよう、細心の注意を払っておこう。
俺だって、才能がない人間の気持ちというのはよく分かるつもりだ。
だがフレスベンに辿り着ける程の冒険者から一転、無能力者へと立場を落とすことになる彼の気持ちは、想像しても計り知れない。
ならせめて、命くらいはきっちり守ってやるのが情けというものだ。
「さて、それじゃどうやって腕試ししましょうか。普段なら適当に森に突っ込めば食人植物に自然に遭遇するけど、今は『凪』だからまず見つけるのに苦労しそ――――」
「それなら簡単だ。俺の『目』を使う」
「え?」
俺は目に力を込め、才能で視界に広がる鬱蒼とした森を舐めるように一瞥した。
無数に並ぶ文字列の殆どは、横に一本、まっすぐな線が引かれているだけだ。
才能を持たないただの植物――――少なくとも魔物ではないことの証明である。
だがその中の一部に、三行ほどの固有の文字列をひっさげる植物がいくつかあった。
魔物としての固有の才能を持つそれらの植物は、この『貪肉緑地帯』を支配する食人植物だ。
今はその殆どが休眠中だが、『凪』に耐性を持つ文言が加えられている植物がいれば、それは今でも人肉を求めて虎視眈々と息を潜めているはずだ。
「よし……見えた」
確認できたうちの一つに石を投げる。
向日葵のような形をしたそれは、俺の投石に反応して花弁の中の口を大きく広げ、投げつけたこぶし大の石つぶてを粉々にかみ砕いた。
「ビンゴ。あそこに一匹生きが良いのがいるから、まずはあれを実験台にするといい」
「ど、どうやって見抜いたんですかー!?」
「他人の才能を見抜く俺の才能は、モンスター相手にも有効なんだよ」
トーマスが驚くのはまあ想定外だが……おいアリソン、なんでお前まで口をぽかんと開けてるんだ。
「アリソンにはこの話をしたはずだよな?」
「そうだけど……植物相手にも有効とは知らなかったわ……」
「植物と言っても、形が植物なだけの魔物だからな。ドラゴンやキマイラに通じるように、食人植物にも俺の『目』は通じる。才能の範疇内の隠し事なら、俺に暴けないものはない」
すると、アリソンはわざとらしく分かりやすいため息をついた。
「……本当に、あいつらは損な取引をしたものね」
「あいつら?」
「殲滅団の連中よ。たとえ戦闘能力が貴方になかったとしても、貴方の才能は探索において大いに役立つわ。なのに――――」
「たとえ俺が助言しなくても、あいつらは冒険を滞りなく進められただろうさ。だってあいつらは、強いからな」
俺がそう言って肩をすくめると、アリソンの眉が中央に寄った。
「貴方は自分の自信を仲間に移植手術したの?」
「……何だそのわかりにくいたとえは」
「どうも私には、貴方が持つべき自信を、貴方の元仲間が不当に膨らませているように見えるわ」
「不当って……どんな自信を持とうが本人の自由だろ? 例えば俺が世界一の冒険者だとうそぶいたって、それ自体は何の悪いことでもないように。もっとも、俺が世界一のわけがないんだが……」
「それ! そうやって悪い例を出すときにわざわざ自分を引用するあたりよ!」
「それに関してはアリソンも人のこと言えないだろ。俺たちはお互いに、自分に自信がないもの同士だ」
普段の強がりややけに強引な態度は、アリソンの自信のなさの裏返し。
この二週間ほどの付き合いで、それくらいのことは分かるようになっていた。
アリソンは一旦黙って息を呑んでから、ゆっくりと首を縦に振る。
「……ええ、そうね。私も貴方も、自信がないもの同士。そしてきっとお互いに、相手にもっと自信を持って欲しいと思ってる」
俺は何も言わなかった。
アリソンは一呼吸分ほど間を開けてから、今度は首を横に振った。
「だから、そろそろ後ろばかり向くのも終わりにしないといけないと思ったの」
彼女の手が、腰に差した刀に伸びる。
彼女が柄を軽く揺すると、青い火花がまた散った。
「決めたわ。私はもう絶対自分について後ろ向きなことは言わない。貴方を変える前に、まず自分を変えることにする。私を変えて、貴方も変える」
アリソンはトーマスの方を見ると、少し恐縮するようにウインクして見せた。
「悪いけどトーマス君。まずは私からいかせてもらっていいかしら?」
「は、はい! どうぞどうぞー! 僕は別にいつからでも……」
「うん、ありがと」
そして彼女は、僅かに出した刀身で指先を傷つけ、僅かに出た血を足下の石にこすりつけて、食人植物目がけて投げつけた。
食人植物はその石をも貪り食らうと、こびりついたその血に反応してアリソンの姿を認識し、根っこを自ら引き抜いて足のように動かしこちらへ迫ってきた。
「ヴィンセントにはまず手始めに、私に対する認識を変えてもらいましょうかね! 貴方は私がラウレンツ=デステルシアに絶対敵わないと思っているようだけど――――」
アリソンは勢いよく刀を引き抜き、その刀身に指先からこぼれる血を垂らした。
「――――私の方が強いって、貴方に認めさせてみせる!」
瞬間、血が火花を迸らせ、刀身全体を氷のような薄い色の炎が包み込んだ。
アリソンが持つもう一つの才能――――『不要刃金』の登場だ。
初対面の時はまだ使いこなせていなかったこの才能……実際に戦闘に組み合わせるところを見るのは俺も初めてだ。
「正直食人植物程度じゃ実験台として不十分だけど……最初の噛ませ犬としては、及第点ってことで許してあげるわ。それじゃ行くわよ」
アリソンはぽつりと呟いて刃を振るい――――
「『設定』、『食人植物』!」
切っ先から炎が蛇口のように噴き出したかと思うと、それはあっという間に食人植物を包み込んだ。
射線上には当然他の木々もあったが、それらには一切引火しない。
それは他のあらゆるものをすり抜けて、ターゲットである食人植物だけを焼き焦がしたのだ。
自分の意思で自由に動かせ、そしてターゲットと決めたもの以外は一切燃やさない特別な炎――――これがアリソンが操る第二の才能、『不要刃金』だ。
何故そういうネーミングなのかは知らない。




