2 冒険デモンストレーション!
俺が顔をぐいと近づけると、目をぐるぐると回し出すトーマス。
やはり何か隠しているようだな。
「何を企んでいたのか理由を言え。一体誰の差し金で、才能があるなんて嘘までついて俺たちに近づいた?」
さあ、さっさと正体を――――
「な、何のことですかー!? 僕は、ちゃんと才能を持ってますよー!?」
……なんだと?
「嘘をついても無駄だ。俺の目にははっきりと、お前が才能を持っていないことが見えてるんだぞ」
「才能が見える……? オーガスタ氏、そんなことができるんですかー! 凄いですねー! 流石オーガスタ氏ですー!」
妙だな。俺の才能を伝えても、こいつに焦る様子はない。
つまりこいつは、自分の才能に後ろめたいものなど何もないと思っているのだ。
「もしかして、僕の中にまだ見ぬ凄い力とか眠っていたりしますー? えー! だったら、僕がどんな才能を持ってるのか、全部教えて欲しいですー!」
こちらの疑惑の目などどこ吹く風に爛漫な目を輝かせるトーマスに、俺はじわじわ毒気を抜かれていった。
どうも彼が嘘をついているようには思えない。
だが彼が戦闘に使えそうな才能を持っていないのもまた事実で、俺の『目』が間違った情報を出すとも思えない。
「ん、うーん……」
目の前に広がる不可解に俺が首をかしげていると、アリソンに背中を叩かれた。
「よく分からないけど、怪しむなら実際に確かめてみればいいじゃない」
「……確かめる?」
「実際に才能を使ってみせてもらえれば、もう疑う必要はないでしょ?」
「まあ、それは確かにそうだが……」
トーマスの顔をちらりと見ると、彼は恐縮したように頭を掻いた。
「見せる、と言っても、僕の才能はただの身体強化で……そう派手なことが出来るわけじゃありませんけど……」
「大丈夫。要するにちゃんと強くなったことが判ればいいんだから、比較対象が用意できればそれで解決よ」
「比較対象? まさか、この酒場の中で模擬戦でもやろうってのか?」
駄目よそんなの。冒険者同士の争いは御法度なんだから。
アリソンはそう言ってから、意地悪っぽく微笑んだ。
「もっと良い方法があるわ。ついてきて」
そう言って、アリソンはすたすたと酒場を出て行った。
俺とトーマスは、困惑しながら彼女の後を追った。
勿論食事代はちゃんと払ってからだけど。
「さあ、ついたわ!」
「ついたって、お前……ここ、フレスベンの出口じゃねえか!」
「ええそうよ! 冒険者の力量を測るなら、異界に繰り出すより良いやり方はないわ!」
アリソンの後を追って俺たちがやってきたのは、町の東端にある出入り口の門。
大理石が積み上げられた防壁と、重厚な鉄の扉。
開け広げられたその先に広がっているのは、鬱蒼とした肉食植物の森――――一歩でも足を踏み出せば、そこは何が起こるか判らない危険な異界だ。
「なあアリソン。俺は言ったよな。今の頭数じゃとてもじゃないけど異界探索は無理だって!」
「大丈夫よ、別に冒険しようっていうわけじゃないわ。その気になったらすぐ逃げ切れるくらいの浅いエリアにしか行かないし、ダンジョンにも入ったりしないわ! それに今は『凪』、何を言っても、やっぱり動くなら絶好の機会よ!」
「……いや、しかし……俺だけじゃなくて、彼もいるわけで……」
トーマスを指さしながら言うと、彼は自信ありげに胸を叩いた。
ずん、と、沈むような深い音がする。
「僕は、大丈夫ですよー? これでもいっぱしの冒険者ですー! 自分の身は、自分で守れますー!」
「……」
どこまで信用していいものか全然分からん。
「それに、ヴィンセント。いくらフレスベン周辺の異界と言っても、この『貪肉緑地帯』は他よりは一段危険度が低いわ。なんてったって、ここはあくまでフレスベンの入り口に過ぎないんだから」
「……」
確かに、アリソンが言っていることも一理ある。
フレスベンは四方を別々の異界に囲まれているが、その危険度は四カ所それぞれでばらばらだ。
今俺たちが前にしている、『貪肉緑地帯』と呼ばれる異界は、フレスベンの一つ前の町、アルタイラスからこの町へやってくる境界を占める異界。
ここを自力で突破できない冒険者に、フレスベンで戦う資格はない。『貪肉緑地帯』すら突破できない程度の腕前なら、他の三方のどこに進んでもあっさり死んでしまうだろうから。
言わば『貪肉緑地帯』は、フレスベンに踏み入る資格を測る試験の役割を果たしていると言えよう。
そして逆に言うと、『貪肉緑地帯』は他の三方のどの異界よりも踏破が容易である。実際、少し離れた場所にある別の門からは、『貪肉緑地帯』を抜けてアルタイラスへと続く舗装された道が続いている。金属で覆われた走行馬車が、流通や一般人の行き交いのために頻繁にその未知を利用しているのだ。
だから新生パーティの今の実力を測るために『貪肉緑地帯』の環境を利用する……というのは、あながち的外れな提案でもなかった。
「ねえ、良い機会だし、ここらで一度簡単なデモンストレーションをしてみましょうよ! どうせフレスベンに残っていても、何か生産的なことができるわけでもないんだし、ね?」
半ば押し切られるような形になってしまった気がするが……確かに、あのまま酒場でくだを巻いていても時間を浪費するだけなのは確かだ。
「深入りはしないぞ?」
「ええ。目的はトーマス君の実力を確認することと、私の実力を貴方に見てもらうこと。それだけできれば、今回の目的は果たしたも同然よ」
「トーマスはともかく、アリソンの実力については俺は疑ってないんだが」
「それでも見せたいの。だってまだ、モンスターを倒したところを見せたことはないし……それにヴィンセントは、今の私を昔の私と変わらないと思ってるみたいだから」
「……」
「私だって成長してるってこと、今回のことで貴方にちゃんと分かってもらうつもりよ! 覚悟しておいてね!」
そしてアリソンはトーマスの方を振り向くと、彼に向かって軽くウインクして見せた。
「ね? トーマス君も、それで構わないわね?」
「は、はいっ! それでお願いしますー!」
ぺこぺこ頭を下げるトーマス。
俺にもアリソンにも、そこまで恐縮しなくていいんだけどな。
「それじゃあ行きましょうか。新生パーティの……新たな門出の前の、腕試しタイムよ!」
「にしても、新生パーティってだけ呼ぶんじゃなんだか締まりが悪いな。いっそここで名前をつけてしまうのはどうだ?」
「嫌よ。こういうのはある程度メンバーが揃ってから、皆の意思で決めるべきよ! その方が、結束感が出るじゃない?」
ざっくばらんな割にそういうところは気にするんだな。
ま、俺は名前なんてどうでも良いから別にいいけど。
「それでも、仮の名前くらいは付けておいた方が無難な気がするな。例えば――――」
「そ、それならー! VAT、っていうのはどうでしょう!」
うおっと。急に来たなトーマス。
「う゛ぁっと? 一体そりゃあどういう意味だ」
「えっとですね! ヴィンセント氏のV、アリソン氏のA! そして僕のTでVATですー!」
既に仲間になったつもりでいやがるな。中々に良い空気吸ってる野郎だ。
だがそういう物怖じしない態度は嫌いじゃないぜ。
「VATな。いいんじゃないか、一時の仮の名前としては」
「それじゃ行きましょう。『凪』で数が少ないとはいえ、モンスターは必ず異界にいるはずだから、それを探して――――」
アリソンは、その場で右の拳を左手に叩きつけた。
青い火花が、彼女を中心に軽く飛び散る。
「――――それを、トーマス君と私がそれぞれ倒してみせる! そういうわけで頑張りましょう! 手始めに『貪肉緑地帯』を焼け野原にする勢いで!」
手始めのハードルが高すぎる。