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1 冒険者のいない町

お久しぶりです。ようやく本編再開です。

 新たに用意された部屋は、流石に官のものだけあってそれなりに住み心地の良いものだった。

 だが『殲滅団』時代に使っていた最上級の部屋に比べると、広さといい調度といい、差を感じずにはいられなかったが……まあ、それは別にいいんだ。

 ハイデン亭を出て三日後。

 新たなパーティメンバーを探そうとしていた俺とアリソンは、部屋の広さなんてどうでもよくなるような壁にぶち当たることになる。




「……いないな……」

「いないわね……」


 フレスベンで最も大きな酒場。本来なら冒険者でごった返していてもおかしくない時間帯。

 しかし、店内はがらんどう。客は数えられるほどしかいなかった。

 理由は一つ。今、フレスベンには冒険者自体が殆ど存在しないのだ。


「かんっぜんに当てが外れたわね……まさかこのタイミングで『なぎ』が起きるなんて」

「上手い具合に殲滅団あいつらが出払ってくれたのはいいが、他の冒険者まで出払っちまったんじゃやることがなくなっちまった……」


 『なぎ』。数年に一回起こる、異界環境の安定期のこと。

 フレスベン周辺の異界はどこもかしこも過酷な環境が広がっている。

 それは例えば激しい気温の変化だったり、例えば恐るべき魔物モンスターの群棲だったり、あるいは悪意に満ちた峻険な地形だったり。

 その中でも特に厄介なものの一つであるモンスターが、何故か一時穏やかになり、そして表に殆ど姿を現さなくなる。

 それが『凪』と呼ばれる異界の神秘。

 未だ原理が解明されざる謎の一つだ。

 ま、異界のことなんてほぼ全て何もかも分かってないも同然なんだが……。


「凪の時期は、普段に比べて探索難度が大幅に低下する。殆どの冒険者は、今がチャンスとばかりに異界探索に出かけちまった」


 事実、殆どのダンジョンは今が絶好の探索日和だ。

 今も町に残っている冒険者の殆どは、俺たちのような訳ありばかり。


「私たちもこの機会に乗じて冒険に出るべきだったんじゃない?」

「凪の時期でも、モンスターが出ないわけじゃないからな。むしろごく低確率で、普段その地域に出てこないような珍しいモンスターと出くわしたりもする」


 そしてそういう珍しいモンスターというのは、得てして予測不可能な危険な性質を内に秘めているものだ。

 他のモンスターが少ない関係上、余裕がある冒険者パーティなら多少のイレギュラーでも十分対処できるだろうが……。


「今の俺たちみたいに余裕のないメンバー構成だと、出会った瞬間命取りになることもある。遠距離の物理攻撃でしか倒せない相手が来たら、手の打ちようがなくなるだろ?」


 アリソンは口ごもったが、納得まではできなかったようだ。

 俺に顔を近づけて、どこか必死さすら漂う声音を張り上げる。


「貴方が言うことはもっともだけど……でも私、一度冒険に出て私たちの現状を確認しておくべきだと思うの!」

「現状って……」

「どの程度戦えるのかとか、足りないものは何なのかとか……実際に冒険に出てみないと分からないこともあるでしょ?」

「それはもうちょっとメンバーが集まってからだな。現状戦力と言えるのはアリソン一人で、アリソンの才能スキルのことなら俺が十分把握してる。その範囲内で俺が読み違えることはないだろう」

「……つまり、私だけじゃ『凪』真っ最中の異界を切り抜けることも難しいって……ヴィンセントはそう思ってるってこと?」


 アリソンはむっとしたように眉を上げ……いや違う。眉が下がってる。しょげてるんだ。


「アリソンの実力は信頼してるけど、不測の事態が起きたときにこの人数じゃ対応できないだろ?」

「……それは、そうかもしれないけど……」


 それでもあくまで納得出来なさそうに、彼女が食い下がろうとしたその時。


「アリソン=アクエリアスさんとヴィンセント=オーガスタさんですね!」

「ん……?」

「やっと会えました! 嬉しいですー!」


 酒場の入り口から、俺たちの名を呼びながら一人の少年が迫ってきた。

 ボロボロの皮鎧をまとったその少年は、妙に親しげに俺たちに向かって微笑んでくる。

 エメラルドのように輝く緑色の髪と、色白の肌が輝く爽やかな美少年だった。


「あんた誰だ?」

「僕はトーマス=アドルフです! 初めまして! お二人の噂はかねがね伺っていましたー!」

「噂……?」


 アリソンはともかく、俺の噂だと?

 絶対碌なもんじゃないだろ。

 ラウレンツたちがばらまいた歪んだ情報を聞きかじって、俺たちをからかいにでもやってきたのかな。


「一体何を聞きつけたか知らないが、それで俺たちに何の用だ。言っておくがあんまり舐めた真似を……」

「今、お二人は仲間を探しているんですよね?」

「……!」


 俺が息を呑むと、トーマスは目をキラキラさせながら胸を叩いた。


「僕も冒険者の端くれですー! そこでお願いがあるんですが……僕をお二人のパーティに加えていただけないでしょうかー?」

「仲間になりたい……ってことかしら?」

「はい! お二人は僕にとって憧れの存在でしたー! そしてお二人が今、孤立して困っているという話を聞きまして……これは、お近づきになるチャンスだと思ったんですー!」


 なんだか妙にデジャヴを感じるな。

 俺たち二人に憧れを抱くって言われるとシャーロットを思い出すし、わざわざ仲間になりたいって言い出したのはアリソンを彷彿とさせる。

 今までこうやって近づいてくる奴には警戒の目を向けていた俺だったが、最近そうやって出会った相手がどちらも良い人だったから、すぐに疑いの目を向けるのはやめにすることにした。

 だが、だからと言って無条件で仲間に受け入れるわけじゃない。

 最低限――――彼に何ができるかだけは前もって確かめさせてもらおう。


(……『目』)


 俺は無言で『人を見る目』の力を発動させ、トーマスの能力を読み取ろうとした。

 きょとんとした表情でこちらを見返すトーマス。俺の力については知らないのだろうか。


 さて、どんな能力を持っているのかな。

 この町にまでたどり着くほどの冒険者。何らかの役立つ才能スキルは持っているはずだ。

 回復術師ヒーラー向きか斥候スカウト向きか、それとも戦闘要員か……もっとも、うちのパーティは圧倒的人材不足だから、どの分野の人材であっても貴重なんだが――――……


「……ん?」

「どうしましたか? オーガスタさんー!」


 しかし、目の前に広がった文字列を前にして、俺は思わず自分の目を疑った。

 そして俺は、ニコニコ笑っているトーマスをじっと睨んで厳しい面持ちで問いかける。


「トーマスと言ったな、お前」

「はい! トーマス=アドルフですー!」

「お前……冒険者をやっていたと言ったが、役割はなんだった?」

「前衛ですー! ちょっと前まで所属していたパーティでは、最前線に立ってモンスターをちぎっては投げちぎっては投げしていましたー!」


 モンスターを……ちぎっては投げ? ちぎっては投げ?


「そうか……」

「はい! ですので、きっと探索の際はお役に立てるかと……」

「どうして嘘をつくんだ?」

「え?」


 トーマスの表情が固まる。

 俺は立ち上がり、奴の鼻先に指を突きつけた。


「俺の才能スキルを知らなかったようだが、迂闊を晒したな。お前の持っている才能スキルに、前衛向きの才能スキルは存在しない」


 こいつが持っているのは料理関連の才能スキルと、あとは微風を吹かせる程度のおまけのような才能スキルだけ。少なくとも前衛を張れるような、優秀な身体強化才能(スキル)は持っていない。

 そんなこいつが冒険者を、それも前衛だと? 冗談も休み休み言え。

 戦闘用の才能スキルなく前衛ができるのは、都からほど近いお遊びのような異界だけだ。


「何故冒険者のふりをしている? 一体どういう目的で、俺たちに近づいてきた?」

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