43 再始動
一夜明けて朝がやってきて、いよいよハイデン亭の本格始動だ。
マズメシ薬混入発覚からも色々ゴタゴタを繰り返していたから、ちゃんとお客が来てくれるか少し不安だったが、それも杞憂だったようだ。
混入発覚直後ほどではないものの店には多くの客が詰めかけ、開店から店を閉めるまで、店内には常に客の姿があった。ピーク時などは行列ができるくらいの盛況ぶりで、俺とアリソンもせっせと手伝いに励んだものだ。
心配していた毒の混入も起こる様子がなかったし、これなら問題なく店を続けていけそうだ。
色々嫌なことも多かったこの一週間だったが、この店が上り調子になるところを見届けてから別れられるのは、数少ない幸運だったと言えるだろう。
そして、あやふやでドタバタな日々も淡々と過ぎていき――――ついにギルド支部に新たなパーティの認可通知も届いた。これで冒険者が利用しているドミトリーに泊まれるようになったのだ。
こうしてハイデン亭との、お別れの日がやってきた。
「というわけで、今までお世話になりました!」
「これからもまた、時々ご飯食べにくるわね!」
朝。
俺とアリソンは荷物をまとめて、ハイデン亭の戸口に立つ。
俺たちにあてがわれたドミトリーは、フレスベンの東側にある第一ドミトリー。
どちらかというとボロ気味で質の悪いドミトリーだが、殲滅団がいる第三ドミトリーと被らなかったのは有り難い。
「来てくれたら、サービスしますからね!」
「寂しく、なるね……」
「わっはっは! まだずっといてくれても良かったのにねえ?」
久しぶりに出てきたモーリス氏も加えて、三人で俺たちを送り出してくれる。
うっかりその言葉に甘えてしまいそうな気持ちも湧いてくるが、いつまでもここに居続けるわけにはいかない。
「ずっとお世話になるのもまずいですからね。迷惑にもなりますし、いつまでもこちらのお手伝いをしているわけにもいきません」
「むう……」
「それに、俺たちの代わりのお手伝いさんも雇う予定なんでしょう? だったら、俺たちがいつまでも居座っていたら邪魔になりますよ」
「私は別に、君たちがこのまま働いてくれてもいいと思ってるんだけどね!」
「それは無理よ。なんと言ったって私たちは冒険者なんだから!」
「はっはっは! それじゃあ引き留められないね!」
アリソンにしては中々良いことをいうじゃないか。
そう、俺たちは冒険者。冒険者として長年生きてきた。
だから今更この生き方は変えられない。
シャーロットやゼルシアがこれからもレストランを支えて生きていくように、俺も俺が決めた冒険者という道をこれからも貫いていく。
たとえ向いてなかろうが、道を曲げるかどうかは俺が決めることだ。
もちろん、向いてないなりの努力は必要だけどな。
「それじゃ、ありがとうございました。皆さんも頑張って下さい。応援してます」
「ばいばーい!」
これからもこの町にいる以上、また遠からず出会うこともあるだろうが。
ともあれ一旦、このお店とはさよならだ。
いい人たちと出会えて、優しさに触れて、美味しい料理も食べることができた。
つくづく、悪くない時間を過ごさせてもらったと思う。
「さーて! それじゃ、新しい拠点に勇んで向かうとしましょうか!」
「……いや。その前に一カ所、寄っておきたいところがある」
「え?」
「もし、アリソンが嫌な気持ちにならないのなら、だけど……ちょっとだけ、付き合ってくれないか」
首をかしげるアリソンに事情を説明した上で、俺たちは町の外れにある集合墓地にやってきていた。
ここに埋葬されている命の半分は、この町で一生を過ごして死んでいった住民だ。
もう半分は、この近辺の異界を探索中に命を落とした冒険者だ。
そして俺が弔いに来たのは、そのどちらでもない亡骸だ。
「……ラウレンツたちは、案の定死体を引き取りに来たりはしなかったらしいから。俺の金で、ロドヴィーゴを埋葬させてもらうよう頼んだんだ」
俺もそんなに金持ちじゃないし、ロドヴィーゴに苦しめられたのも事実だから、奴のことを考える時に優しさだけではいられない。
だから購入した墓は、この町で買える中では二番目に安いものだ。
一番安いものにしなかったのは、元仲間として、せめてもの礼節を尽くしたという言い訳を自分にするためだろう。
だけど何もしないまま放逐しない程度の労りは、まだ俺の中には残っていた。
安い石で作られた奴の墓に手を合わせて、しばらく祈り、その後に立ち上がって、アリソンに話しかける。
「あんたを殺そうとした奴の弔いに付き合わせて悪かったな」
「……ううん。あいつは、私にとってはただの忌むべき敵だったけど、貴方にとっては大切な仲間でもあったはずだもの。その気持ちを踏みにじるほど、私だって非道じゃないし……それに」
アリソンの目線が、墓ではないどこか遠くを見ていることに俺は気付いた。
「……貴方のそういうところを否定するのは、嫌だから」
「そうか。ありがとう」
もっと早く、あいつの気持ちに気付けていたら。
もしかしたら、もっと別のやり方で、ロドヴィーゴに対して報いることができたのかもしれない。
だが死んでしまった今、俺があいつに出来ることはこうやって弔うことくらいだ。
遅きに失したそんな俺の後始末を、否定しないでくれたアリソンは、本当に良い奴なんだと思う。
「次は、後悔しないようにしないとな」
「それが分かってるなら、次は大丈夫よ」
できる限り、誰のことも取りこぼしたくない。
冒険者なんて過酷な生業をしていながら、随分とお気楽な考え方だと――――人に笑われるかもしれない。
だけど俺はそういう人間だ。
ヴィンセント=オーガスタは、そんな冒険者らしからぬ冒険者だ。
そういう根本的な部分の生き方を変えることもできないし、変えるつもりもない。
だけどそれ以外のところは、これからも臨機応変に変えられるようにしていかないとな。
アリソンはため息をついて、俺の方に視線を落とした。
「それに、安心して。私は絶対、貴方の事を裏切ったりもしないし……貴方より先に死んだりもしないから」
「頼りにしてる。これから集める仲間にしてもそうだ。もうこんな悲しい思いをしないために――――誰よりも先に、俺が死ぬように頑張るから!」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ!?」
あれ。ちょっと言い方を間違えたかな。




