42 次なる悪夢(3)
「――――はっ」
目が覚めたときは既に夜深く、俺はベッドの上に寝転がっていた。
痛みはない。
砕かれたはずの肋骨も、えぐれた筋肉も、全て元通りになっている。
「まさか……」
起き上がってあたりを見渡すと、部屋に淡く点るランプの光。
そのすぐ近くで、ゼルシアがひらひらと手を振っているのに気がついた。
「良かった。目を覚ましたって事は……間に合った、みたいだね」
「回収してくれたのか。そして治療まで……悪い。また痛い思いをさせたってことだよな」
「気にしない、気にしない。好きでやってることだから。回収したのは……ボクじゃなくて、アリソンさんだけど……ね」
「……! アリソンは……」
「心配しなくてもここにいるわよ」
背後から聞こえてくるアリソンの声。
「良かった。まさかドミトリーに突っ込んでたらどうしようかと――――」
安堵して振り向いた俺だったが、アリソンの表情を見た途端息が止まる。
腕を組んで椅子に座っていた彼女が、今まで俺が見たことがないほど青筋をひくつかせていたからだ。
「え~え。我慢しましたとも。いっそドミトリーごと破壊してやろうかと思ったけど、シャロちゃんやゼルシアさんに全力で止められて、超我慢したわよ。誰かさんの勝手な独断専行も、許してあげるわよ!」
「……っ」
「あれだけ言ったのに、どうして周りに相談しようとしないの!? 馬鹿なの!? 相手が手加減できる相手だったから良かったようなものの、もしできない相手なら死んでたかもしれないのよ!」
そりゃ、アリソンは怒るよな……また勢いだけで行動してしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「信じられないことが頭をよぎって、焦ってしまう気持ちは分かるわ! だからって、焦ってあの場で会いに行ったところで、貴方にできることなんて特にないでしょう?」
「そ、そうだな。悪かった。もっと冷静に動くべきだったよ」
俺はアリソンに対して、深々と頭を下げる。
アリソンは深々とため息をついて、肩をすくめた。
「分かったならいいわ。それじゃ、どんな話をしたのか聞かせてもらおうかしら」
「……そうだな。何の成果も得られなかったに等しいけれど、一応起きたことくらいは伝えておくか。仲間だもんな」
正式な仲間ではないゼルシアもこの場に混じっているが、まあ伝えて問題が生じるようなこともないだろう。
俺はシャーロットとゼルシアに、ラウレンツと俺が交わした会話の全てを伝えた。
「……なるほど、そんなことがあったのね」
「正直言って最悪の気分だ。明言は聞き出せなかったけど、恐らくラウレンツがロドヴィーゴを殺したのは、叙勲への流れを取り消させないためだろう。私利私欲のために長年連れ添った仲間を殺すような奴だなんて、俺は全然想像だにしていなかった」
ロドヴィーゴがやったことも許しがたいことだが、あいつは仮にも今の仲間のために泥を被るつもりでやっていたはずだ。
それを見捨てるどころか、自ら殺しにかかるなんて……。
「俺はラウレンツのことが許せない。それに……あいつらが俺のことを頑なに遠ざけたがっている理由も気がかりだ」
ラウレンツは、パーティ内に俺に同情的な奴がいて、そいつと俺とを接触させたくないと言っていた。
ラウレンツが俺をドミトリーに立ち入らせなかったのも、恐らくそれが原因だろう。
「もし俺に同情的だという誰かが本当にいるのなら、俺はせめてそいつだけとでも和解したい。そしてできるなら、そいつからラウレンツを引き離したいと思う」
あいつが仲間を平気で殺すような人間だったと気づけなかったのは俺の失態だ。
そして、俺に同情的――――つまり、ラウレンツや他の仲間と対立した考え方を持っているとするなら、ラウレンツの狂気がいつそいつに及ぶか分かったものじゃない。
「もちろん俺の勝手なお願いだ。それにアリソンを付き合わせるのは心苦しいんだが……」
「遠慮なんてするんじゃないわよ。貴方の酔狂に興味を示さないなら、最初っから貴方の仲間になんてなったりしないわよ」
「……ありがとう。問題は、奴が俺の接近を警戒しているということだけど」
「つまり、早急な仲間の確保が急務となってくるというわけね!」
アリソンは得意げな表情で鼻を鳴らした。
「もしかしたら、私の存在までは向こうに伝わっているかもしれない。私までは警戒されているでしょうね。だけど、新しい仲間を見つけることができれば、そいつはすぐには警戒されない。連れ出すことも可能になるはずよ」
「いつものルーチンだと、あと数日したら、あいつらは休養を終えて再び探索に出るだろうな」
俺とロドヴィーゴが抜けた穴を補おうとするならもうちょっとかかるだろうが、ラウレンツ主導で進んでいる今の『殲滅団』が、戦力不足を考慮するとは思えない。
「あいつらの探索先は『千蟲洞窟』。人と同じくらいの大きさの蟲で埋め尽くされた、現在確認されている中で最も難関とされるダンジョン。もしあいつらが『千蟲洞窟』に入ったら、しばらく俺たちは手出しできないな」
「『千蟲洞窟』ねえ……いくら『殲滅団』でも、そこまで深入りするとは思えないんだけど」
おや? アリソンは知らないのか。
そういえば、まだ表沙汰にはなってないことだもんな。
「言っておくけど、『千蟲洞窟』に行くのは初めてじゃないぞ。既に二回探索して、その間の記録は取ってある」
「えっ? 『殲滅団』ってそこまで行ってたの!?」
「……驚いた。流石、当代一番の冒険者パーティ。やっぱり……フレスベンにいる中でも、レベルの差って、あるんだなあ……」
『千蟲洞窟』が発見されたのは二〇年以上前のこと。
それ以降も、フレスベン周辺でいくつものダンジョンが発見されては攻略されてを繰り返してきたが、このダンジョンは発見以来ずっと踏破されずに今まで絶対的であり続けてきた。
過去に、当時で最強とされていたパーティがこのダンジョンに挑んでは敗れ、壊滅を繰り返してきた。
『殲滅団』が動き出すまで、全八階層ある『千蟲洞窟』の第三階層以降が開拓されたことはない。
そして俺たちは前回、その第三階層までの地図を描ききったところだった。
「……やっぱり最強の冒険者パーティを名乗るなら、最難関に挑むのは礼儀だろうってな。最初に言い出したのはルートヴィヒのおっさんだったか、ロドヴィーゴだったか。俺だったかもしれないが……」
ともかく、『千蟲洞窟』に入られた後はしばらく接触できないのは間違いない。
どんなに準備を整えても、ここから数日で『千蟲洞窟』攻略が可能なレベルのパーティを組むのは不可能だ。
「だが逆に言うと、あいつらがいないうちならどんな仲間を集めても認知されることはないってことでもある。そこからしばらくはチャンスだな」
「急いで仲間を集める必要があるってことね。それも、『殲滅団』に対抗できるくらいの強い仲間を」
不機嫌だったアリソンが一転、今日一番楽しそうに微笑んだ。
「ただ超えるだけなんて、つまらないと思っていたのよ。自分勝手に振る舞うクズ野郎には、然るべき懲罰が下されないといけないわ。是非とも強い仲間を集めて、その悪行のツケを支払わせてあげましょう!」
「……目的は、あくまで仲間を助け出すことだからな?」
今後の行動指針に大きな変化はない。
言わば再確認に過ぎないわけだが、今までより随分と道が開けたような気がした。
何故ならここから先の仲間集めは、俺の私怨だけじゃない。
うかうかしていたら、俺はまた俺にとって大切だった人を失うことになるかもしれないのだから。
「で、どうやって仲間を集めるかだが」
そう言いながら顔を上げると、たまたまゼルシアと目が合う。
ゼルシアは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「え、えっと……」
「ああ、いや。分かってるよ。ゼルシアやシャーロットにこれ以上粉をかけたりはしないって」
「……」
ようやく苦難を抜けて、幸せになろうってところなんだ。
これ以上、俺たちが面倒を持ち込むわけにもいかないよな。
あと二日程でドミトリーの新しい部屋も許可が下りる。
そうしたら二人とはお別れだ。




