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41 次なる悪夢(2)

 ロドヴィーゴの直接の死因は、恐らく自分自身の毒を摂取させられたことによる中毒死だ。

 だが取調室に隔離されていた彼に毒を投与できる者はごくごく限られる。

 そして、その毒を持っている者もまた決して多いわけじゃない。


 条件だけを見ればもっとも近いのは治安課の人間だが、わざわざ折角の被疑者を殺してしまうメリットはどこにもない。逆にメリットがある者と、それが取れる手段を考えたとき――――俺の脳裏に浮かび上がったのは、ある『元』仲間の顔だった。


「『殲滅団』の中の誰か? それって……」

「ちょっと、話をつけてくる。悪いが、ここで待っててくれ」

「は? いやいや待ってや。話って誰に――――」


 ディエゴの制止を振り切って、俺はハイデン亭を飛び出した。

 目指す先はドミトリーの一室。かつて俺も暮らしていた、この町で二番目に広く豪華な部屋。

 十二階建てのドミトリーの、最上階にある部屋だ。

 相当のリスクを伴うことは承知の上で、それでもいてもたってもいられなかった。

 だが、そんな俺の心の動きすら、奴には読まれていたのだろう。


 俺がドミトリーの前までやってきたとき、玄関口から悠然と現れる男の影。


「そろそろ来る頃だろうと思っていたぜ」


 そう言うと奴は八重歯をちらつかせ、鮫か獣のように笑った。

 十年以上見慣れてきた奴の笑顔が、こんなにも邪悪に映ったのは初めてのことだった。

 何故なら、この場で都合良く現れたという事実そのものが、俺の仮説をまるっきり肯定する根拠に他ならないからだ。


「ラウレンツ……!」


 そう。現れたのはラウレンツ=デステルシア。

 十年以上の付き合いを持つ、俺の幼馴染にして最強の冒険者。

 およそ他に並び立つ者がいない天下無双の英雄は、俺を前にして煩わしげに頭を掻いた。


「まさかこんな早く再会することになるとはな。まったく、酷いことをするもんだ」

「酷いこと……だと?」

「風の噂に聞いたぜ。お前、ロドヴィーゴを足がつかない方法で殺したんだってな」

「なっ……!」


 言うに事欠いてそれか。

 この期に及んで、自分のやったことを他人になすりつけることしか考えられないのか。


「ふざけるなよ!? どう考えたって、あれはお前が―――――」

「俺に『あのやり方』を教えたのはお前だ。そして、俺がそれを使わざるを得なくなる理由を作ったのもお前だ。だったらもはや、お前が殺したも同然だろ?」

「どういう理屈だよ、それは!?」


 だが、一概には否定できないと思ってしまう自分がいるのも確かだ。

 『あのやり方』。

 それは、ロドヴィーゴが自在に操ることが出来る『全てに耳あり万事に目あり(ディストピア=クライシス)』を、無理やり実体化させてダメージ・フィードバックを発生させる方法だ。

 それは俺が最初に奴と接触したとき読み取った奴の弱点で、昨日の夕方に奴と接触したとき、交換条件として提示した弱点でもある。

 奴が展開した『目』や『耳』の近くで、自分自身の年齢・性別・生年月日・身長・体重を決まった順番で読み上げると、奴が展開した全ての遠隔感覚器官は機能停止し、その場で実体化してしばらく硬直する。そして、この時間に目や耳に与えられた全てのダメージは奴の体にフィードバックする。これが奴がなんとしてでも外に漏らされたくなかったロドヴィーゴの弱点。奴の『全てに耳あり万事に目あり(ディストピア=クライシス)』が持つ不可解な弱点だ。

 俺はこの弱点の情報を、かつて本人とラウレンツにだけは教えていた。

 恐らくラウレンツはこれを利用し、ドミトリーに放置されていたロドヴィーゴの目を実体化させ、その中に毒の粉を振りかけたのだろう。

 爪先一つほどの量もなく死に至れるこの猛毒を目にぶちまけられたロドヴィーゴは、当然なすすべもなく死んでしまう。

 あいつが死んだ理由の全てが俺にあるとは思わない。

 だが俺の対応一つでどうにか救えたかもしれない命だという思いを捨て去ることもできなかった。


「だが……仮にそうだったとして、やったのはお前だ。お前が殺した。仮にもパーティを抜けた俺と違い、あいつはまだお前らの仲間の一人だったのに!」

「あいつが生きていれば、色々な面倒ごとがうちのパーティに降りかかってきただろうな。安定を続けられたのは、あいつが死んでくれたおかげだよ。誰がやったかは知らないが、感謝しないとならないな」

「て、てめえ……!」


 あくまで自分は関係ありませんというスタンスを常に貫くラウレンツ。

 ロドヴィーゴが言質を取られて失敗したのをどこからか小耳に挟んで、その対策をしているのだろうか。

 こちらからすれば鬱陶しくて仕方がない。


「おいおいそんな顔をするなよヴィンセント。俺だって悲しくて仕方がないんだぜ」

「本気で悲しいと思う奴が、暗殺なんてするはずあるか! 長年連れ添った仲間を殺すなんて発想、俺の中には存在しなかったぞ!」

「悲しいのは、パーティの戦力が落ちたことだ」


 何の躊躇もなく冷たい言葉を並べ立てられるラウレンツに、俺は思わずたじろいだ。

 なんだ……? こいつ……?

 昔からこんな奴だったっけ?  確かに自分勝手でわがままで人の話を聞かないナルシストな側面は昔からあったが、ここまで冷酷じゃなかったと思っていたんだが。


「仲間は……仲間は、戦力だけで考えるものじゃないだろ!?」

「ははは、何言ってんだお前。他ならぬお前自身が、戦力でしか仲間を見てないくせに」

「……!」


 はっとさせられた。

 血の気が引くような思いがした。


「俺は、お前に教わった通りにやっただけだぜ。強い才能スキルを持ってる奴が有能、それ以外はゴミ。お前はうちのパーティにとってゴミに成り下がったから追い出した。ロドヴィーゴは貴重な戦力だったが、生きているデメリットの方が多くなった。全部お前に教わったことだぜ、ヴィンセント」


 そんなこと教えたことはない。

 が、俺の行動からラウレンツがそういう行動指針を作り上げたとしてもなんらおかしなことではない気がしてきてしまった。

 何しろ俺は、結果的に常に強い者以外に目もくれないで仲間を集めてきたのだから。


「……違う、俺は、ただ才能スキルが無駄になるのがいやだっただけで、別にえり好みしているわけじゃ……」

「最強のパーティなんて作っておいてよく言うぜ。その上でお前が追い出されてるってこと自体が、お前が才能しか見てなくて人間を見てなかった何よりの証拠じゃねえか」


 嫌な汗が流れる。体の奥底から震えが湧いてくるような心地がする。

 そんな風に固まった俺を見て、ラウレンツは小気味よさそうに笑みを浮かべた。


「おいおい、そんな顔をするなよかつての相棒。別に俺は、それを悪いことだと思っちゃいないんだ。だって俺も、その流儀に倣って行動しているわけだしな」

「……っ」

「そこでだ、元相棒。ここ数年お前の存在意義は皆無に等しかったから追い出したわけだが、ここにきて事情がちょっと変わってきた。ロドヴィーゴが死んだからな。穴を埋めなくちゃならない」


 ラウレンツは、おもむろに俺の方に手を伸ばしてくる。

 俺はその手から放たれる圧が怖くなって、数歩後ろに後ずさった。


「もう一度うちのパーティでやり直すか? 次の仲間が見つかるまでは、お前のことを飼ってやってもいいぜ」


 つくづく、身勝手の化身のような男だ。

 それで俺を利用して、優秀な仲間を引き入れたらまた俺のことを追い出すつもりなんだろう。

 そんな手に乗るわけがない。たとえ俺を追い出すつもりがなかったとしても――――今回の一件で、俺は『殲滅団』にこれ以上仲間を増やしてはならないと確信した。


「……断る。お前がそのポリシーに則って仲間をこれからもぞんざいに扱うつもりなら、お前にこれ以上一人も仲間を増やさせるわけにはいかないからだ!」

「へえ」


 次の瞬間、ラウレンツの拳が俺の腹を抉るように打った。


「……がはっ」


 爆発するような激痛。

 混濁していく意識。

 内蔵がいくつか、潰れたような感触があった。

 咄嗟に防御に回した右腕も、まるで緩衝材としての意義を果たさぬままへし折れた。

 その場にうずくまって倒れた俺を見下ろして、ラウレンツは唾を吐きかけてきた。


「じゃあ交渉決裂だな。お前は好きに生きてればいい」

「……うっ、ぐぅっ……」


 奴としてはかなり手加減して打った一撃だったんだろう。

 だがそんな軽いジャブですら、俺には耐えがたいほどの衝撃だった。

 ラウレンツはしゃがみ込み、冷たい笑みをこちらに向ける。


「ただ、くれぐれも俺たちに接触してくるんじゃねえぞ。道で俺たちを見かけたら、逃げるように接触するのを避けるんだ。いいな」

「な、なんで……」

「実はうちのパーティに、本心ではお前のことを追い出したくなかった奴がいたんだよ。そんな奴がお前の顔を見たら、また情が湧いてくるかもしれないだろ?」

「……なん、だと?」

「だが俺としてはそれは困るんだよ。もし半端に情が湧いて、パーティを抜けてお前についていくなんて言い出したらとんでもないことだ。もしかしたら、殺さなきゃいけなくなるかもしれない」


 あまりの物言いに、開いた口が塞がらなかった。

 要するにラウレンツは、俺の仲間ですらない自分の仲間の命を人質に取って俺のことを脅してきたんだ。

 荒唐無稽な主張だが、奴はそれで俺が動けなくなることをよく分かっている。

 十年来の付き合いだ。俺の行動指針なんて、手に取るように知り尽くしているんだろう。

 だが俺は――――果たしてラウレンツが俺のことを分かっているのと同じくらいに、奴のことを理解できていただろうか?


「じゃあな、ヴィンセント。くれぐれもロドヴィーゴの件を俺になすりつけようとするのはやめろよ。だってどこにも、証拠なんてものは存在しないんだからな」


 そんなことを言いながら、ラウレンツはドミトリーへと帰って行った。

 俺は奴の一撃によってずたずたになった体を必死に起こそうとしたが、結局自力で立ち上がることはできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 真実を知ったレイチェルがブチ切れる日が待ち遠しいですね 早く主人公パーティに合流して、ヴィンセントを巡ってアリソンとギスギスしてほしいw
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