38 戦後処理(3)
「それじゃ、うちの方でこいつは預かるな。色々取り調べをせなあかんし」
完全に意気消沈し、一言も喋らなくなったロドヴィーゴを抱えて、ディエゴはハイデン亭の外に出た。
あれこれやっているうちに夜明けがやってきたようで、仄白い朝の薄暗闇がドアの隙間から店内に差し込んでくる。
「見張りについていかなくてもいいのか? もしそいつが暴れて録音を奪おうとしたら……」
「要らん要らん。少なくとも君は要らんからな。おるだけ邪魔や」
酷い言われようだが言い返せないから困ったものだ。
「せや。その死体は外に出しておいといてな。後で治安課の人間が、回収しに行くと思うから」
厨房に横たわるローズマリーに、ディエゴの視線が向く。
ああそうだ。そいつのことも考えないといけないな。
ドルゲル=ローズマリー……こいつがやってきたことも、やろうとしていたことも、どちらもシャーロットやモーリス氏、ゼルシアを苦しめる非道な行動ばかりだ。
とはいえ、死ななきゃならないほどのことをやったのかというと……どうだろうな。そうとは言い切れないような気がする。
ああ駄目だな、色々と。
異界の化け物相手なら、何をしたってそう気にすることもなかったんだが。
相手が人になると、俺はついつい考えすぎてしまう。
去り際、ディエゴは見送りに出た俺にこんなことを言った。
「……良かったんやな?」
「何がだよ」
「いや、君がええんならええんや」
「だから、何の話だって」
「こいつを治安課に連れて行くということが何を意味するのか、分かってないヴィンセントやあらへんやろ?」
ああ。こいつが言いたいことが理解できた。
つくづく先のことまでよく目が届く奴だ。
「どのみちもう手遅れだろ。わざわざ俺たちのために骨折ってくれたお前の顔に泥塗るわけにはいかねえよ」
「ま、せやな。僕も眠い中ずっと立ち仕事してきたわけやし、明日のお休みのために今の今まで仕事してたーいう証拠くらいは確保しておきたいわ」
ディエゴは首を振ると、俺たちに背を向けて――――
「それじゃ、さいなら! ハイデン亭の人たちと……それからヴィンセント、君の夢に」
目覚めたばかりの中心街をよたよたと歩いて去って行った。
その後、まだ熱が残るローズマリーの巨体を外にうっちゃってから、部屋の中の掃除をする。
ロドヴィーゴは毒砂全部を吸収させたと言っていたが、奴の言葉を丸々信用して死人が出たりしたら大事だ。
『抗体』を持つ俺がいるうちに、砂は全部綺麗にしておくに限る。
とはいえ……
「いくら取っても安心できるものじゃないよなあ、こういうのは」
ほんの一粒でも残っていたら、何かの拍子に舞い上がったときに大事になる。
そう思うと、いくら掃除してもしたりないくらいの気持ちなのだ。
実際ロドヴィーゴが持ち込んだらしきものも含め、部屋の内部には砂という砂が見当たらなかったが、このまますぐに店を開けるようになるとは誰も思っていなかった。
「掃除用の才能でも持ってれば良かったんだが、生憎そういう便利なものはないからな」
「あらヴィンセント。知ってるかしら? 私の剣にはある特殊能力が……」
「知ってるし今使える能力じゃないから自重してくれ! お前、この店ごと燃やす気か!?」
それでも一通り満足するくらいまで、俺とアリソン、そしてゼルシアの三人で、手分けして部屋中を綺麗にした。
その間シャーロットは起きてこなかった。いや、多分起きてはいるのだろうが……顔を出しづらいのだろう。
一段落ついたころには、もうすっかり朝になっていた。
小鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。
軒先を確認すると、ローズマリーの死体はもう安置場所から消えていた。
早いときの仕事はすこぶる早いとは聞いていたが、まさかここまでとは想定外だ。
まあ、仕事が早い分には好きにしてくれていいけどさ。
遅れて起きてきたモーリス氏とも話し合って、結局この日は休みにすることとなった。
折角再開したはずのハイデン亭がいつまで経っても素直に開けないというのが腹立たしいが、安全のためには背に腹は替えられないというわけだ。
「……ふぅ」
時間に余裕ができた。
俺は部屋に一人戻り、誰もいない静寂の中で今日起きたことを振り返ることにした。
どこかで一度整理しておかないと、きっと後でもっと辛くなると思ったからだ。
「……ロドヴィーゴの逮捕。それが意味することは、あの超一流パーティ『暁の殲滅団』から、犯罪者を出すということ。そうなれば間違いなく叙勲は取り消されるだろうし……」
恐らく、ディエゴが言いたかったことはこれだ。
「きっと未来永劫、『殲滅団』が今以上の輝きを取り戻せるようになる日はきっともう二度とやって来ない」
自分がロドヴィーゴを逮捕し罪を糾弾すれば、殲滅団の立場は後戻りできない段階まで低迷する。
たとえ自分を追い出した古巣であっても、そこまで徹底的に追い詰めるのは望んでいないんじゃないか……と。
奴の考えていることは概ね正しい。
たとえもう二度と戻れない古巣であっても、十年の月日を共に過ごし、少しずつ名声と絆を高めていった愛着のあるパーティだ。
それに自分から止めを刺すというのは、あまり気分が良いことじゃない。
「……」
今回は、降りかかる火の粉を払ったら偶然復讐でもしたかのような形になっただけだ。
それでもこんなもやもやした思いを抱えるというのなら、復讐なんてするもんじゃないなとつくづく思った。
少なくとも俺のような人間に、復讐という生き方はまるで合っていない。
「いい加減俺も、あいつらのことはすっぱり忘れるべきなのかもしれないな」
過ぎ去った時も、切れた縁も、もう二度と元には戻らない。
終わったものを悔いるより、なくしたものを嘆くより、未来を見て歩き出すべきだ。
「そうだ。仕返しのためなんかに仲間を集めようとするのは、もうやめにしよう」
強くなくたっていい。殲滅団を超えられなくてもいい。
初心に返って、俺がやりたいことをやりたいままにやろう。
そのために、まずやるべきことははっきりしている。
「シャーロットのところに行かなくっちゃな。言わなきゃいけないこと、聞きたいこと。山ほどある」
俺は重たい腰を上げ、いまだ姿を現す気配のない彼女を迎えに行くことに決めた。




