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37 戦後処理(2)

「この家の中に、オレの存在を表す手がかりは一つもない。お前らがオレを拉致して狂言を打っていると言われたって、十分に成立する状況だ。勿論それだけでは決定打にはちと弱いが、そこにオレという人物そのものの価値が加われば決定的だ」


 腹立たしい話だが、ロドヴィーゴが言っていることには一理ある。

 実際、官憲に直接見張ってもらえでもしない限り、冒険者の犯罪を立証するというのは困難だ。

 手足を直接使ってやるならともかく、才能スキルというブラックボックスが絡むと、可能性は無限大に広がって特定は全く困難になってしまう。


「この人……そこまで考えて、ボクたちを、殺そうと、していたのか」

「こういうとき、信頼って強いよな。超一流パーティとして長年活躍してきたオレだからこそ、その知名度でお前らの主張を封殺できる」

「ヴィンセント君だって、君と同じパーティの冒険者だ! そ、それに……ボクも、君たちには遠く及ばないにしてもっ……

「能力不足でやめさせられた奴と、仲間を見殺しにしたロートルがなんだって?」

「うっ……」


 言葉に詰まるゼルシア。

 口下手なんだから無理に張り合うのはやめておけって。ありがたいけど。

 実際俺やゼルシアの意見はさほど重視してくれないだろう。

 唯一ロドヴィーゴと同格の社会的信頼を持っていると言えるのはアリソンだが、彼女だって元のパーティは辞めた身。現役で最強のパーティに属しているロドヴィーゴと比べればどうしても一枚落ちる。

 とすると決定的証拠がなければ、『暁の殲滅団』という完成されたパーティを失う損失を考えて、上が今回の事件を揉み消そうとしてきたって全くおかしくない。

 全部全部、今日この状況になる前に想定できていたことだ。


「なあ、だから悪いこと言わねえからロープを解けよ。そしてオレのことを解放しろ」「安心しろ。今日の所はこれで勘弁してやるから―――――」

「おい、よく聞けロドヴィーゴ」

「ん?」


 ――――だからこそ、それについては既に手を打ってある。


「『透明人間』は、何もシャトー・ローズマリアージュの専売特許というわけじゃねえんだよ」

「……?」


 首をかしげるロドヴィーゴ。

 おっと、そういえばこいつはローズマリアージュに透明人間がいたことを詳しく知らないのか。


「まあいい。ともかく大事なことは一つだ。いいかロドヴィーゴ。『この家は既に治安課によって監視されていた』」

「おいおい、下らない嘘はやめろよ。オレはちゃ~んとこの『目』で見たんだぜ? 旦那が治安課の人間に袖にされたところをな」


 やはり見ていたか。

 だがそれも想定済みだ。いや……『想定させられた』とでも言おうか。


「治安課の連中に、あんたの話をまともに聞こうって態度はなかった! あんたらは門前払いされていた! それをはっきりこの目で見たからこそ、オレはこの家に乗り込むなんて無理を押したのさ!」

「ああ、そうだろうな。お前は目に見えるものを見、聞こえた声だけを聞いて安心した。そうだろうと思っていたよ」

「……? な、なに……」

 ロドヴィーゴの額から一筋の汗が流れた。

 丸々鵜呑みにはできない。

 だが出鱈目と切り捨てるには、ヴィンセントの表情が落ち着きすぎている。

 とまあ、こんな思考の結果の汗だろうか。


斥候スカウトの仕事に楽しさを見出していたのは良いことだが、それなら同業のライバル冒険者のことをもうちょっとよく知っておくべきだったな」

「な、何を言って……」


 だったら次は、全身から滝のような汗を流させてやる。


「そろそろ出てきてくれよ。ずっと見ていたんだろう? ディエゴ=エスクレスティブ」


 俺の呼びかけに応じるように、部屋の隅から靴が床と擦れ合う音がして。


「……なんや、気ぃついてたんかいな。分かっててやったんやとしたら、人使いの荒い人やわぁ」


 微笑を浮かべた狐目の男が……まるで最初からそこにいたかのように、部屋の中に現れた。

 その胸に光る、治安課のバッジに、ロドヴィーゴの顔から血の気が引く。

 まるでその姿は、自分自身が作り出した毒を食らった時のようだった。


「な、なっ……てめえはっ、この間目で見た……」

「お久しゅう、エステラント君。僕、治安課のディエゴ=エスクレスティブいいます。何度か会ったことあるはずやけど、覚えてへん?」

「……」


 押し黙るロドヴィーゴ。

 どうやら本当に覚えていないらしい。

 ライバル冒険者パーティの、それも同職の斥候スカウトの顔くらい、覚えておいてやってもいいだろうにな。

 だがここでディエゴの才能スキルを覚えていなかったことが、ロドヴィーゴにとっては決定的な致命傷に繋がったわけだ。


「僕の才能スキルの一つに、『存在希釈とろかし』いうもんがありましてな。存在感を滅茶苦茶薄めて、『そこにいる』という確信がない限り、僕の姿を認識できなくするいう才能スキルですわ。君の『全てに耳あり万事に目あり(ディストピア=クライシス)』を、自分自身の体でやった版みたいなもんやね」


 俺やハイデン亭の面々からすると、マズメシ騒動の仕掛け人の一人である透明人間の方をイメージしがちだが、言われてみると確かにディエゴの能力はロドヴィーゴのそれとも近い性質を持っている。


「もっとも君のと違って生身は残るし意識したら見破られる。それに激しく動いたり誰かに接触しようとしても解除される。君と比べたらどうしても斥候スカウトとしては格下の才能スキルや」


 ディエゴは細目を横に引っ張って、わざとらしい笑みを浮かべた。


「せやけど、そんな格下の才能スキルでも、今回君のことを欺けた。君流に言うなら、こういうのが気持ちええんやろ? 気持ち、分かるわぁ」


 唖然としたロドヴィーゴだったが、ようやく顔を思い出したらしく、怒り混じりに目を見開いた。


「……思い出した、思い出したぞお前の顔! てめえ、『研がれた金槌』の!」

「そうか。嬉しいわ。せやけど、もう手遅れやったな」

「ヴィンセントからの頼みを断ったのはてめえだろうが! そのてめえがなんでここにいやがる!」

「一芝居打ったんや。君が見てるのは想像ついたからな」

「な……に……」

「こういうとき、才能スキルばれてると不便やな。ま、君の才能スキルはネタバレしてても十分強い部類の才能スキルやけど」


 ……そう。

 オレが治安課に告発しに言ったとき、ディエゴはこう言った。

『僕は、ヴィンセントが嘘をつく人間やないということはよく分かってる。せやけど、ロドヴィーゴのことについてもよーわかっとるつもりや。少なくとも僕は、あいつが毒を使えるなんて話は聞いたことないで』

 あのときの奴は、その実何も嘘はついていなかったんだ。


 ロドヴィーゴのことについてよく分かってるというのは――――つまり、あいつがこの場を監視しているのが分かっているということ。

 治安課が動いたとロドヴィーゴが知れば、奴はしばらくアクションを取らなくなるだろう。

 そして治安課が動きのない現状を確認し、俺たちのことを完全に見捨ててから、奴は再び動き出す。

 だから治安課に協力の意思がないと、ロドヴィーゴに思わせておかなければならない。

 ディエゴは言外に、そういうニュアンスの言葉を伝えようとしていたのだ。

 最初は戸惑ったものの、なんとかディエゴが言わんとしていることを読み取れた俺は、表面上は交渉失敗を取り繕いながら治安課を後にした。

 そしてロドヴィーゴの方から俺に接触してきた時確信したのだ。

 こいつの方は、その意図を読み切れていないようだ――――と。


「ともかく、そういうわけで僕は昼からずっとこの店の近くに張って君の到来を待ち構えていた。まさかこんな真夜中になるとは、予想外やったけどな」

「悪かったな、ディエゴ。後で必ず埋め合わせは」

「ええんやええんや、それが仕事やから。さて――――」


 ディエゴは指を打ってから、ポケットに入っていた小さなスティック状の石版を取り出す。


「これ、知ってるやんな? 『集音石』。都のとある石工がその才能スキルによって作り出した不思議な石版で、音を吸い取って証拠として残せる治安課のマストアイテムや。ロドヴィーゴ=エステラント。君の悪さの一部始終は、この集音石にまるっと全部記録されとる」

「……っ」

「これがあれば、いくら超一流パーティ『暁の殲滅団』の斥候スカウト様でも、言い逃れはできへんよなあ?」


 ロドヴィーゴの顔から、血の気がすっと引いていく。

 それは今まで好き勝手に振る舞ってきたあいつが、ついに自分が置かれている状況に気がついた瞬間だった。

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