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36 戦後処理(1)

 事態が落ち着いた今、何よりもまずやらねばならないこと。

 一、ゼルシアの解毒と介抱。

 二、自失しているロドヴィーゴの拘束。

 三、変身を解いた後、何故か裸になって気を失っていたシャーロットを、とりあえず別の部屋へ運んでおく。

 その三つを手際よく済ませてから、俺はアリソンに何があったのかを説明した。


「相変わらず下らないこと悩んでるわね」


 アリソンはにやりと笑うと、項垂れたままのロドヴィーゴをちらりと見て、肩をすくめた。


「私から言わせてもらうと、そもそもどんな大義名分があろうが人の家に毒の粉ばらまいた時点でチャラよチャラ。あいつは何かしら貴方に文句を言う筋合いを持っていたのかもしれないけど、それを自分で投げ出したんだわ」


 なるほどそういう考え方もあるのかとも思ったが、それを俺が肯定してしまったら人としておしまいだとも思った。


「あいつは例の『猛毒』で俺を殺せないことを知っていた。つまりあいつが狙ったのは俺の周りの人間……アリソンやシャーロットやゼルシアだ。つまり俺が背負ったあいつからの」

「なにあんた、自分を責めるための論理武装が趣味だったりするの?」


 どういう意味だそれは。


「まるで自分が責められるだけの合理的な理由を、自分からわざわざ探しているようにすら見えるわ」

「……合理的な理由があったって思わないと、理解が及ばないんだよ」


 今思えば、俺の目は節穴だったのかもしれない。

 だがつい数日前まで、五人の仲間は俺にとって疑いようもない信頼が置ける大切な仲間だったはずなんだ。

 その仲間が俺を見捨てて追いだすだけならまだしも、俺に関わる全ての人を殺してまで、俺をフレスベンから追いだそうとするなんて――――余程の理由があったと思わないと、とてもやりきれない。


「それを聞いて、ちょっと思ったんだけど……もしかしたら、ロドヴィーゴさんが……やろうと、していたのは……その逆だったのかもしれないね」

「……逆?」


 背後から、いつの間にか起き上がっていたゼルシアがぼそりと呟いた。

 流石に自己再生能力を持っているゼルシアの回復は早い。

 解毒してから五分程度しか経っていないのに、既に健康体と何も変わらないような顔色をしていた。


「もし、シャーロットちゃんの推理が、正しかったらの話だけど」

「うん」

「かつて仲間だったヴィンセント君を、心置きなく攻撃する、ためには、ロドヴィーゴ=エステラントさんなりの……正当性が、必要だった、んじゃないかな? だから、君と生きてきた……今までの、人生の中から、君を責める理由を導き出し……もっともらしい理由で、理論武装を行った。そう考えると、急に激昂したのにも……理由わけを、見いだせるかもしれないよ」


 つまりどういうことなんだよ? と言いそうにもなったが、彼女が言っていることが分からないわけではない。

 俺を殺したいほど憎いと言ったロドヴィーゴは、しかし最初はあくまで俺を追いだそうとしていたはずだ。

 そんな折り、誂えたように遠くで聞こえるうめき声。

 どうやら自失していたロドヴィーゴが、ようやく平静を取り戻したらしい。


「……起きたみたいだね。じゃあ……本人に聞いた方が話が早そうだ」






 俺は小さく頷き、床でじたばたともがくロドヴィーゴを起き上がらせて向き合わせる。

 ロドヴィーゴが呆然としているうちに、俺は奴の手足をロープできつく結んでおいた。

 操るための砂は全部シャーロットの体に飲み込まれてしまったし、今のあいつにこの場で使える才能スキルはない。

 この数日で奴が俺の知らない技を身につけたりとかしていない限り、流石の奴もここから打てる手はないはずだ。

 両手を結ぶ特注の紐が、思いの外丈夫だということに気付いてからは、ロドヴィーゴはもがくのをやめてこちらをじっと睨むようになった。

 そうなってようやく、俺が話そうとしたら――――


「ロドヴィーゴ。お前……」

「オレが言ったことの、全部が全部まるっきり嘘ってわけじゃねえ」


 遮るように重ねてきやがった。

 この野郎ロドヴィーゴてめえ。

 でも向こうの話の方が聞きたいので少し黙る。


「正式に手を組んだその日、オレが斥候スカウトになるのに内心納得していなかったのは事実だ。お前ら二人を利用するだけ利用して、最終的には踏み台にして捨ててやろうと思ってたのも事実だ」


 待て、後半は初めて聞いたぞ。


「だが……三人で一緒に旅をして、そのうちルートヴィヒ《オジキ》やリーゼロッテ《あねご》、レイチェル《ひめさま》も仲間に増えて、賑やかになっていくパーティの中で、斥候スカウトとしてのオレに誇りと充足感を感じていたのも、また事実だ」


 ロドヴィーゴは俺から目を背けたまま、ぽつぽつと思い出すように語った。


「旦那が自信満々に連れてきただけのことはあって、殲滅団の仲間たちは皆やべえレベルの天才だった。だがその天才たちでもできないことがオレにできた。あのすげえ奴らがオレに頼らざるを得ない状況が何度もあった。まず何より先にそれが楽しかった」


 俺がかつて、ロドヴィーゴに発破をかけるときに使った言葉だ。

 俺自身はついぞ経験することのなかった感覚だが、ロドヴィーゴがそれを楽しいと思う気持ちは十分に理解できる。


「そうこうしていくうちに、斥候スカウトの仕事自体が楽しくなっていった。あの化け物女には、それを見抜かれていたんだろう。殲滅団の一員として五年ほど活動した頃には、オレは実際、斥候スカウトとしての自分を受け入れつつあったんだよ」

「なんだ。そうだったのか。それなら少し安心し……」

「……だからこそオレには、それが我慢ならなかった」

「え?」


 ロドヴィーゴは突然俺の方を向いて、凍り付いた視線をまっすぐ俺に向けた。


「なんでだよ……? 納得ができたなら、それで十分いいことじゃないか。それ以上一体何を望むって……」

「理由は単純! 全て旦那の思い通りにことが運んでいる気がしたからだ!」

「……は?」

「旦那はパーティの中で一番たいしたことのない存在なのに、このパーティは旦那が作ったもので、旦那の思惑通りに強く大きくなっていく。生意気だ。むかつく。だから、兄貴の旦那追放計画に荷担して、旦那のことを追いだした!」


 な、なんて……まさか、そんな理由だったとは。

 見当違いの嫉妬が大元の発端というのは、聞くだけだとなんとも脱力するというかなんというか。

 まあ……今日起こったことには色々と脱力しっぱなしだから、割と今更でもあるんだけどさ。


「追いだしたとき、旦那は放心状態だったな。まるで自分が追い出されるだなんて、想像だにしていない顔。その阿呆面が絶望に染まっていく様を見て、オレは随分胸が空いたものさ。そしてこれで、斥候スカウトとしての自分を完全に受け入れることができるんじゃないか……とまで思っていた。だが!」


 ロドヴィーゴはそこで部屋中に聞こえるくらい響きの良い舌打ちをした。


「旦那のメンタルは、ものの数日であっさり回復してやがった! それどころか新しいパーティを作って、オレたちを超えてやるとまで息巻いてるみたいだったじゃねえか! どうせオレたちを超えるパーティなんて作れもしねえのに、糞生意気な……」


 そして奴は、敵意丸出しの掠れた声音で、俺に向かって鋭く叫んだ。


「なんでそんな風に、柔軟に復活できんだよ! オレの心を折ったクセして、オレの夢を曲げたクセして! 自分だけは何度折られてもまっすぐに元の夢を目指すなんて、そんなの通るか! だからもう一度、今度は徹底的に……あんたの心を折ろうとした。それだけだ!」


 ……だいたい、事情は分かった。

 ロドヴィーゴが俺に腹を立てていた理由も、その結果導き出した行動も。

 それを踏まえた上での、俺の行動も決定した。

 流石にそんな屈折した感情にまで、一々付き合っていられるか。


「そうか。だったらお前のことをこれから……」

「おいおい。あんたが聞きたそうにしていたことを答えてやったんだ。今度はてめえがオレの言うことを聞く番だぜ」

「なに?」

「こっちが心に傷を負っている隙に縄なんか結びやがって! これを外せ、旦那!」


 ――――この状況で、よくもまあそこまで強気でいられるな、この野郎!


「誰が逃がすか。俺は今日まだ一睡もしてないのに、全身ボコボコにされたりなんだりでもうヘトヘトなんだ。とっとと終わらせて眠りたいんだよ」

「オレを捕まえてどうするつもりだ……? 殺すのか? だがオレの『毒』と違い、普通の殺害方法なら証拠は残るぞ。ましてオレは『殲滅団』のオレを殺したと突き止められたら、最低でも冒険者資格の剥奪は免れねえぞ!」

「馬鹿。なんでそんなことせにゃならん。そっちから殺しに来たとはいえかつての仲間を殺すのも寝覚めが悪いし、お前が言う通り俺が損するばっかりだ。お前の身柄は官憲に引き渡して、それで適切な沙汰を待つことにするつもりだ」

「官憲、ねえ……」


 するとロドヴィーゴは、なにやら楽しそうにくつくつと笑った。


「一体どうやって、オレの犯罪を証明するつもりだ? さっき毒をばらまいたときに、証人として使えそうだったローズマリーは多分毒を吸って死んだぞ!」

「!」

「別に狙ったわけじゃねえから、確証はねえが……野郎、結構な時間が経ってるのに、それから一切起き上がってこねえ! それは要するに、死んだからだ!」


 なるほど、そう来たか。いや、そう来るのは知っていた。

 やはり来たか、と言った方が適切だな。


「砂もさっきの怪物女に飲み込まれて全部消え失せた。この店内にオレがやったことの証拠は何一つ残されていない! あとはオレが、無理やりこの店に拉致されたと狂言を打つだけで――――状況は一転、お前たちの方が犯罪者になるって寸法だ!」


 理不尽に思えるが、これが才能スキルの恐ろしさ。

 才能スキルを使った犯罪証明は、常人にはあまりにも難しすぎる。

 だが、ロドヴィーゴは気付いていない。

 奴がここに来る遙か前から、とある『罠』がじっと獲物の到来を待ち受けていたということを。

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