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34 千の目と千の手(前編)

「う、ぐっ……」


 走馬燈のような回想を抜けたとき。

 俺はロドヴィーゴに壁に押しつけられ、首を締め付けられているのに気付いた。


「オレを利用して、上にのし上がれて……満足だったか? オレはちっとも楽しくなかった!」


 血走った目で俺を睨み付けるロドヴィーゴの険しい表情。

 意地悪や嫌がらせで、わざと露悪的に言っているのではない。

 恐らくこれは、こいつの本心だ。

 こいつの憎しみが、痛いほどに伝わってくる。

 今の今まで、こんな感情を隠し続けていたのか。

 お前はそんなに、俺のことが憎かったのか。


「お前は……斥候スカウトをやりたく……なかったのか?」


 絞り出すように問いかける。ロドヴィーゴの眉間に、一層皺が寄った。


「ああ、当然だろ。俺がなりたいのは常にパーティのエースだ。何が悲しくて、お前やリーゼロッテと一緒にパーティの守られる側にならなきゃならねえんだよ!」


 裏方もパーティの大事な一員で、欠かすことができない存在だ。前衛との間に貴賤は存在しない。

 今俺がそう言ったとしても、こいつの心には届かないだろう。

 だが、仮にロドヴィーゴが斥候スカウトになりたがっていなかったのだとしたら、一つ大きな疑問がある。


「じゃあ、なんで……俺たちに、ついてきた……別に、他の奴らと手を組んだって……良かった、はずだろ……?」

「結局どこにも、オレの望む場所はなかったからだよ」

「……!」

「あの後、確かに色んなパーティに声をかけられるようにはなったよ! だが、どこもオレを戦闘要員として迎えてはくれなかった! 来るのは斥候スカウトとしての仕事だけ!」


 はっとした。

 そうか……あの事件を通して、ロドヴィーゴが斥候スカウトとして優秀だということがアステル全体に行き渡った。

 場合によっては近隣の町にもその噂は広がっていただろう。

 それは彼の名声の向上に他ならないが、同時に彼に対する周りのイメージの固定化という意味も持っていたのだ。


「お前のせいで、オレは完全に道を狭められた! もうオレは、冒険者に斥候スカウトとして生きることしかできなくなった!」

「……! 違う、俺は……」

「だから、それならせめて強そうなパーティに入ろう。そう思っててめえらと一緒になったけどよお! オレの心は、ずっと満たされないまんまだった!」


 俺に見えないところで、そんなことが起こっていただなんて。

 そしてそれを、ロドヴィーゴがそんなに苦にしていただなんて。

 正直言って俺は、全く想像だにしていなかった。


「……俺はただ……」

「なに?」


 自分の浅慮ぶりに、重たい布を何枚も被せられたような気分になる。


「こうするのがお前にとって一番の幸せだと……思って……」

「……!」


 俺はずっと間違えていた。

 誰にとっても、自分の才能スキルを十全に使えることが一番の幸せに繋がると信じ込んでいた。

 だけど違ったんだ。

 才能スキルを十全に活かせる環境が用意された上でなお、その道を選ばない、選びたくないと思う人はいる。


「お前が傷ついていたなんて……知らなかったんだ」

「……!」


 なのに俺は、ずっと想像力が足りていなくて、他人に押しつけるばかりの行動を繰り返してしまっていた。

 最低限、気持ちに寄り添おうとはしていたつもりだったが、まったく足りていなかったのだろう。

 ゼルシアも、シャーロットも、ロドヴィーゴと同じ類の怒りを抱えていたに違いない。

 俺は首元からロドヴィーゴの手を僅かに引き離し、掠れる声で言う。


「全部……分かっていたら、もうちょっと何か……お前に、してやれることが……あったのかもな」

「申し訳ないと思うんだったら! とっとと荷物をまとめてこの町から去れよ! じゃなかったら、オレがここで殺してやる!」


 一も二もなく、奴は俺を殺す気のようだった。

 長年貯まっていた鬱憤が破裂して、感情が抑えきれなくなっているのだろう。

 そこまで辛い思いをしていたなんて、俺はちっとも気付いてやることができなかった。

 自分の浅はかさに、むしろ笑えてくるくらいだ。


 もう逃れられそうにもない。首を絞める力が、際限なく強くなっていく。

 息が途切れて、体に力が入らない。精神的にも、肉体的にも、極限まで追い詰められていた。

 もう駄目だ。ここで死ぬしかないのかと、俺が手を離そうとしたその時……。


「――――待って下さい」


 部屋に、透き通った水晶のような声が響く。

 ロドヴィーゴの背後からだ。

 奴は俺の首元を押さえたまま、後ろを振り向き、姿を現したのが誰かを知った。

 奴が体を傾けたことで、俺もまたはっきりと現れた少女の姿を確認する。


「……てめえ」

「シャー……ロット……!」


 そこに現れたのは、シャーロットだった。

 彼女は顔を俯けたまま、

 どこか煩わしげな表情の彼女は、俺の方をじっと睨んで、深々とため息をついた。

 彼女の目は、まるで真冬の湖に浮かぶ薄氷のように冷たく凍り付いていた。

 そして次にシャーロットが発した言葉は、俺には到底信じがたいものだった。


「……話は聞きましたよ。結構最初の方から、物陰に隠れて聞いていました」

「んだと?」


 こつこつと、シャーロットの靴が床を叩く。

 その小刻みな動きは、苛立ちを抑えきれずにいるようにも見えた。


「そして心から失望しました。まさか貴方が、そんな人だったなんて」


 そしてぽつりと呟かれた一言に、俺は思わず青ざめる。

 まずい。俺が今まで無自覚とはいえやってきたことを、シャーロットにも知られてしまった。

 きっと彼女にも幻滅されてしまう。


「私、ずっと信じていたんです。信じたいと思っていました。これでも一時は、凄い人たちの中にいる凄い人だと思っていましたから」

「……」


 いたたまれない気持ちだった。耐えきれない気分だった。

 自分が恥ずかしくて、許せなくって。そのまま逃げ出してしまいたいような気持ちに駆られた。


「でも今日、そんな幻想はついに粉々に打ち砕かれました。もう貴方はフォローのしようもありません。身勝手で自惚れ屋で自分を省みない、どうしようもない悪者です」

「……うっ」


 気分が沈んでいく俺に対し、ロドヴィーゴはいたく嬉しそうだった。

 そりゃあまあそうだろう。

 支えになるはずの仲間にも見放されて、いよいよ俺の孤立が目に見えて迫ってきたんだから。

 奴は肩を揺らしながら、シャーロットに向かって微笑みかける。


「もっと言ってやれよ。このどうしようもない屑に! 十年近くの時間をかけてもまるで自分の歪みに気付いていないような、ロクデナシの大馬鹿者になあ!」

「……」

「しかしようやく気付いてくれたようで嬉しいぜ! ヴィンセントの旦那がいかに駄目な奴か理解したなら、もうてめえもこいつを家に置いておきたくはなくなっただろ!」



 一瞬の沈黙が流れた後、トーンのない平坦な声音で、シャーロットがぽつりと呟いた。



「はい? 何を言ってるんですか?」

「え?」


 刹那、おもむろにシャーロットが顔を上げる。

 俺の全身に、凍り付くような寒気が走った。

 彼女の目が、まるで真冬の湖のように深く冷たい絶望に満ちていたから。

 いや、絶望とは少し違う。そう、言うなればそれは――――殺意。


「私は最初から、全部『貴方に』話しかけているんですよ――――ロドヴィーゴ=エステラント! 失望したのも、憧れていたのも!」


 次の瞬間。

 桃色に染まった無数の触手が、シャーロットの全身を突き破って飛び出した。


「な、なんだ!?」


 そしてその触手は瞬く間にロドヴィーゴの全身に伸び、奴の腕や足に絡みついていく。

 触手の力は恐ろしいほど強いようで、低倍率とはいえ仮にも身体強化才能(スキル)を持っているはずのロドヴィーゴをあっさり拘束すると、その後一切身動きを許さなかった。

 ようやく解放された俺は、その場で少し咳き込むと、おもむろに顔を上げてシャーロットを見る。

 ピンク色の触手がずらりと体の周囲を覆う今の彼女の姿は、まるで歪な花のようだった。

 醜いという評価も、まあ理解はできる。


「……そうか」


 その時俺はやにわに気付いた。

 そうか。シャーロットが殺意を誰かに向けるとき――――それは燃える炎のような動の怒りじゃないんだ。

 彼女が心の底から怒りを高め、殺意まで昇華させたとき。

 それは冷たく突き放すような静の怒りになるのだと。


「て、てめ……」

「物陰から全て聞いていました。そして呆れました。まさか貴方の主張が、そんな馬鹿げたものだったなんて」

「ば、馬鹿げただと!?」

「下らない。本当に下らない。こんなことに囚われるような人に一時憧れていたかと思うと、おぞましくて寒気がしてきます」

「なっ……」


 ゆらゆらと揺れ動く触手の内側から、それに見合わぬ透き通った声で、高らかに啖呵を切るシャーロット。


「ヴィンセントさん自身に全く自覚がないようだから、代わりに私が宣言してあげましょう! ロドヴィーゴ=エステラントが言っていることは、はっきり言って八つ当たり以外の何者でもありません!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  突然目の前に示された、自分自身の「冒険者としての最適解」。だがそれは自分自身が夢見た「理想の自分」とはかけ離れたものだった。むしろこれから始まろうとした時点で自分の限界を突き付けられた―…
2020/05/29 23:02 退会済み
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