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33 ロドヴィーゴ=エステラントについて(後編)

 それは、異常事態の到来を示す警報だった。


「緊急警報! 緊急警報!」

「アステル北部より、『ドラゴン』特異種の到来を確認!」

「アステルに在住する冒険者は、討伐のために北側の門に集まって下さい!」


 ギルドの受付嬢が、詰め所からわらわらと飛び出してきて、大声で事態の説明をする。

 どうやら、町に上級モンスターがやってきたらしい。

 通常モンスターは町があるエリアには近づいてこないが、何万体に一体の割合で出現する特異種に限っては話が別だ。

 そして上級モンスターのドラゴンは、ここら一帯で遭遇する下級モンスターとはまるでレベルが違う。

 何故こんな初歩の初歩の町にドラゴンが現れたのかは分からない。

 だがこの町から先に進めない程度の冒険者では、何人いても倒せないだろう。

 実力不足を理解して、門の近くに行くのを渋る冒険者も多くいた。

 だが……


「お前なら余裕で倒せるよな、ラウレンツ」

「勿論だ相棒。俺を誰だと思っていやがる」


 俺はラウレンツは信じていたし、ラウレンツは自分を信じていた。

 こんな初期の町にいるには不釣り合いなほどの圧倒的強さを誇るこの男なら、上級モンスターだろうが容易く倒してしまえるだろうと。


 俺たちが指定された門の近くにやってきたところに、ちょうどよくドラゴンが現れる。


「GUUUUGAAA!!!」


 見上げるほどの巨躯、硬そうな肌、鋭い爪、巨体とは思えないほどの速度。

 初めて見るが確かに恐ろしい相手だ。

 俺たち以外には数人の冒険者がいたが、誰も彼も萎縮してしまってまるで役に立ちそうもなかった。その中にロドヴィーゴの姿もあった。

 まあ、俺もラウレンツがいなければ奴らと同じ状態になっていただろうから、あまり悪くもいえない。

 しかし、あいつにかかれば余裕で―――――ん?


「ラウレンツ、待て!」


 『目』の力でドラゴンを見た時、俺は思わぬ才能スキルがそのモンスターに隠れていることに気付く。

 急いでラウレンツを引き留めようとしたが、時既に遅し。


「あ゛あ゛!? 俺が一撃でぶっ殺せば、どんな能力を持ってようが関係ねえだろ―――――がっ!」


 一も二もなく飛び出したラウレンツの大剣が、ドラゴンの体を真っ二つにした後だった。

 ラウレンツによって両断されたドラゴンの体は、白く輝きながら細かく分裂していく。

 それ自体は、倒されたモンスターが見せるよくある挙動だ。だが……


「へっ、雑魚が! この程度が上級モンスターだってんなら、もう最前線エリアも怖くねえな!」

「違うんだ、ラウレンツ! そいつは今、お前に倒されたわけじゃない!」

「何だと?」

「いや、正確には倒されているんだが、なんというか――――」


 光の粒は握り拳ほどの大きさになると、それ以上縮小も消滅もせずに、次第に変形して再び実体を得ていく。


「――――こいつの形態には、まだ続きがあるんだ!」


 それらは無数のハツカネズミに変化して、町に一斉に飛び出していったのだ。


「なっ……!」

「くそっ……! やっちまった……」


 放射線を描いて散らばっていくネズミを見守って、俺はがっくりと項垂れた。






 たった今ラウレンツが倒したドラゴンには、倒されたときに全身をハツカネズミに分裂させる才能スキルと、そうやって生んだネズミをベースに本体を再生させる才能スキルがある。

 ハツカネズミの数はきっかり千匹。一匹でも残っていれば再生能力は発動する。

 その全てを今から十二時間以内に倒しきらなければ、ドラゴンは再び元通りに再生してしまう。

 まあ、再生したところでもう一度ラウレンツがあっさり真っ二つにしてしまうんだろうが……。


「しかし倒しきらなければ同じ事の繰り返しです。ハツカネズミ千匹が起こす害も馬鹿にできないでしょう。つまりこの二四時間という時間を使って、全てのネズミを駆除しきらなければなりません」


 俺はドラゴンの情報をギルドに伝え、ギルドから町の顔役に連絡がいく。

 結果、ネズミ狩りの特別任務が町全体に対して下されることになった。


 ドラゴンは無理でもネズミくらいならどうにかなると、意気消沈していた冒険者たちも甲斐甲斐しく働き出した。皆臨時報酬が欲しかったのだろう。

 その後、腕に自信がある者は異界側を、自信がない者は街中を巡って、次々にネズミを狩っていく。

 俺は町に残って、脇差し片手にネズミ狩りの手伝いに勤しんだ。

 ネズミはドラゴンとして撃破された座標から一定以上離れられないという性質を持っていたのも幸いして、初めの一時間ちょっとは順調だった。石を投げればネズミに当たると言えるほど、町中を奴らが闊歩していたから。

 ネズミを倒した報告も、一匹一匹こつこつと積み上がっていく。

 しかし、撃破数が半分を超えたあたりから、段々と数字の動きが鈍くなっていく。

 同じドラゴンから分かれたネズミでも個体差があるのだろうか。それとも単に、死角に隠れてじっとしているのか。

 およそ八百匹弱程度まで捕まえたあたりで、撃破数は一度完全にストップした。

 一時間の間冒険者たちが探し回っても、一匹の鼠も見つけることができなかったのだ。


 数匹が例えばドブネズミにでも食い殺されているとしても、百匹以上減るということはありえない。

 つまりこのままでは、夜には再びドラゴンが復活してしまうということになる。


「どうする。皆、もうネズミを探すのはうんざりだろう。今はいいが、万が一ドラゴンが一度復活してしまったなら……もう一度ネズミ狩りを行うのは不可能だ」


 ネズミ狩りを行えないということは、十二時間に一回の復活が恒例行事になってしまうということ。

 それは少なくとも都からの専門討伐チームが来るまでの数週間、ないしは数ヶ月の間、アステルが使用不能に陥るということを意味していた。

 ついでに、唯一あの化け物をなんとかできるラウレンツがその間ずっとこの町に縛り付けられるということも。

 俺はしばらく考えあぐみ、そして一つの思いつきに至る。

 そうだ。こんな時こそあいつの出番じゃないか。

 俺は、ネズミの代わりにロドヴィーゴを探しに走った。




 ロドヴィーゴは、町の外れの側溝を舐めるように眺めていた。

 ハツカネズミを狩りながら異界を無事に歩く自信はなかったのだろう。

 彼も街中を担当して狩って回っていたらしい。


「よう」


 俺が声をかけると、ロドヴィーゴは露骨に嫌そうな顔をした。


「ネズミは捕まえられたか?」

「二、三匹」


 ロドヴィーゴの才能スキルを思えば、随分頑張った方だろう。

 だが二、三匹殺した程度の功績では、その日の飯代すら稼げない。

 俺はロドヴィーゴの横にしゃがみ込み、彼の心に届いてくれますようにと祈りながら話しかけた。


「お前には素晴らしい目がある。俺の力なんて、相手にならないほどすごい目だ。だがお前は、その使い方を理解しようとしない」

「……そんなもの要らねえって言ってるんだよ!



「ラウレンツの強さは、嫌というほど見ただろう。あれが一流だ。あれが本物だ。そしてロドヴィーゴ。少なくとも近接戦において、お前は本物にはほど遠い」

「そんなこと、散々聞かされた! 何回言われたって、てめえの話なんて――――!」

「その本物が、今はハツカネズミを狩れずに困っている」

「……!」


 ここに来る前、一度ラウレンツたちがいる異界の様子を見に行った。

 ラウレンツも何十匹かは狩ったらしいが、それ以上は見つけられないでいた。

 どれだけ強靱なパワーとスピードがあっても、それだけではネズミを狩りきることはできない。


「一芸に秀でる天才も、万能の天才になれるわけじゃないんだ。才能スキルが全てを定義するこの歪な世界では、尚更万能への道は遠い。人は誰かと助け合わないと、どう頑張っても完璧にはなれない。そして――――」


 俺は立ち上がり、ロドヴィーゴを指さす。


「ロドヴィーゴ=エステラント。お前なら、今日この事件において奴を超えることができる。お前が才能スキルをフルに使えば、きっと残りの数百匹のハツカネズミ全てを刈り尽くすことができるだろう」

「……なん、だって……?」

「そうなれば、町中がお前のことに感謝するだろう。今俺たちは、ハツカネズミを狩りきれるかどうかの瀬戸際に立たされている。全員の努力が無駄になるかならないかは、お前の双肩にかかっていると言い切ってもいい」


 ごくりと唾を飲み込むロドヴィーゴに、俺はおもむろに手を伸ばした。


「殻を突き破れ。一歩踏み出せ。今日はお前が英雄になれる日だ。明日はお前が、町中から賞賛を浴びる日だ」


 ロドヴィーゴはしばらく逡巡していたが、やがて決心を固めたのか、俺の腕を掴んで立ち上がった。


「本当に、オレがヒーローになれるだな?」

「ああ」


 静かに頷き、彼の目を見つめる。


「俺は絶対に嘘を吐かない。少なくともこの『目』で見たことについてはな」






 その後俺は、ロドヴィーゴに『全てに耳あり万事に目あり(ディストピア=クライシス)』の使い方を教えた。

 ロドヴィーゴがそれに従って手順通り才能スキルを展開すると、彼の周囲をたちまち無数の目が包み込んだ。


「うおっ……!? なんだ、これ……」

「それがお前が持っている一番良い才能スキルだ。その目一つ一つから、膨大な視覚情報が流れ込んでくるだろう」

「頭がおかしくなりそうだ」

「いずれ慣れる。過去遡っても、自分の才能スキルを扱いきれず押し潰された奴はいない」


 人間は皆、自分に授かった才能スキルだけは確実に扱えるだけの体をもらって生まれてくるのだ。


「俺の読解が正しければ、その目はお前の意思であらゆるものを貫通して、自由に抵抗なく移動させられる。しかもお前の意思一つで不可視化して、誰にも感知できない隠密の目へと昇華させられるんだ」

「……」


 ロドヴィーゴが念じたのだろう。次の瞬間には、彼を取り巻いていた目は全て俺からは見えなくなっていた。


「この目は、どの程度遠くまで飛ばせるんだ」

「それはお前の修行によってある程度変化するが……今なら、そうだな。大体半径五〇〇メートルくらいまでは伸ばせるだろう」

「目の数は」

「それも修行次第だ。今の時点でも三百くらいは出せるはずだぞ」


 ロドヴィーゴは深々と息を吐いた。自分自身のこととして受け止めるのに、時間がかかっているのだろう。


「これに加えてお前は、同じ数の『耳』も出すことが出来る。この二つを同時に扱えば、お前は範囲内の全ての情報を確実に捉えることができるようになる。これだけ広範囲を同時に探すことが出来れば、どんなネズミだって逃げ切ることはできるわけない」

「……すげえな、これ」

「ああ。お前はすごいんだよ。すごい奴なんだ」


 俺はロドヴィーゴの背中を軽く叩き、優しく突き飛ばして送り出した。


「さあ。今まで舐められてきた分をお返ししてやれ。お前のすごいところを、この町の奴ら全員に知らしめるんだ」


 その後、ロドヴィーゴは奴の『目』を使って、なんと百八十三匹ものネズミを捕獲することに成功した。

 まあ、実際にネズミを捕まえるのには俺もいくらか手伝ったんだが……見つけたのはあいつだし、全部あいつのカウントということで計上した。

 それは次に多くのネズミを倒したラウレンツの八十三匹を遥かに超える数で、人々は少年冒険者の突然の飛躍に大いに驚き、そして彼を賞賛した。

 そして彼の頑張りが功を奏して、ドラゴンはそれから復活してくることはなかった。

 こうして彼は、誰からも見向きもされない落ちこぼれから、一躍町の英雄へと躍り出ることになったのである。




 そして更に月日が流れ、俺たちがアステルを経つ日のこと。

 俺とラウレンツの隣には、ロドヴィーゴ=エステラントの姿もあった。


「まったく、ひやひやしたぞ。もし他のチームに引き抜かれたら、どうしようかと思ってた」

「へ、まあ確かにオレは色んな所から勧誘を受けたぜ? 仲にはここより待遇がいいチームだってあったくらいだ」


 ロドヴィーゴは得意げな笑みを浮かべると、俺とラウレンツのことを交互に指さした。


「だが、旦那と兄貴がいるチームが、オレが思う最強に、一番近いと思ったんだ! だからオレは、あんたらについて行くことにしたんだよ!」

「旦那と、兄貴……?」

「俺とラウレンツは同い年なんだが……どっちが旦那で、どっちが兄貴なんだ」

「そりゃ、ヴィンセントの旦那とラウレンツの兄貴に決まってるじゃねえか!」

「はあ!? 俺は旦那って呼ばれるほどの歳じゃねえぞ!?」


 青筋を立てた俺に、ラウレンツが寄りかかって嘲笑を向けてきた。


「まあまあ、そういきり立つなよ老け顔の旦那。起こると小じわが増えてなお老けるぜ?」


 この野郎……駄目だ。こいつに付き合っていたらきっと神経を逆撫でされるだけ逆撫でされて終わる。

 取り合うだけ心の無駄だ。


「俺のことはともかく。ロドヴィーゴが言っていたことは正しい」

「ん?」

「俺は確信している。このチームがいずれ必ず、世界中の冒険者パーティの中で最強の一角に数えられる日が来るってことをな」

「おいおい、大きく出たな。ま、俺がいる以上それも当然な話だが……」

「そうでなくっちゃ、こっちが困るぜ。なんてったってオレは、最強の斥候スカウトになるって決めたんだからな」


 ロドヴィーゴはそう言って俺の方を向き、笑った。


「最強の斥候スカウトは、最強のパーティ以外には勿体ない。そうだろ?」


 俺はその時、ロドヴィーゴが自分の適性を理解して受け入れてくれたものだと思い、安堵して小さく頷いた。


「ああ、その通りだ。誰一人欠けても最強とは呼べず、しかし全員が揃っているからこその最強。そういうパーティを作り上げるのが、俺にとっての夢。ロドヴィーゴもラウレンツも、それぞれに夢があるだろうけど……」


 もしかしたら、俺はこのときに気付くべきだったのかもしれない。


「……全員の夢を叶えるために、これからも旅を続けよう」

「ああ!」

「そうだな!」




 ――――ロドヴィーゴがその実、自らに置かれた運命に全く納得などしていなかったということに。

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