32 ロドヴィーゴ=エステラントについて(前編)
ロドヴィーゴに出会ったのは、確か八年ほど昔のことだったと思う。
その頃、俺の仲間はまだラウレンツくらいしかいなかった。
当時の俺たちは、まだ俺でも難儀しない程度の低レベルの異界を巡っていて、その道中でロドヴィーゴと出会った。
奴はたった一人、弱いモンスターに追い詰められて命を落としかけていたのだ。
ラウレンツがロドヴィーゴにまとわりついていた低級モンスターを蹴散らして、問いかける。
「どこの生まれか、答えられるかな?」
「お前らが知らないような田舎の村。村の奴らがオレの家族を虐めるからやり返そうとしたら、みんな死んだ。虐めた奴らも、オレの家族も」
「ヴィンセント。理由は分かるか?」
俺の『目』を使って奴の才能を読み取り、俺は彼の村が滅んだ理由が彼の才能にあるということを把握した。事情を話すと、ロドヴィーゴはわざとらしく肩をすくめる。
「どうやって調べたか知らないが……知ってるよ、そんなこと。自分の才能は自分が一番よく分かってる」
「冒険者として活動しているのは、生まれ故郷が滅んだからか?」
「いいや。故郷が滅んだ後、都から兵士がやってきて、オレを掠った。暗殺者にしたかったらしい」
都の方にも、俺と同じように才能を読み取る力の持ち主がいるという話は聞いたことがあった。
「オレはしばらくそいつらの元で訓練を受けた。でも暗殺者になるなんてまっぴら御免だった。どうせ鉄砲玉にしかなれないと分かっていたから」
当時のロドヴィーゴはまだ二桁年齢にも達しないほどの子供だった。
その歳でそれだけ自分の置かれた状況を正確に把握していることに、俺は舌を巻いたものだ。
「だから抜け出した。都にはいられなかった。追っ手がどこにいるか分からないから。都の外で生きていく方法は少ない。オレは、冒険者になるしかなかった」
「それで、一人で冒険者をしてたって?」
「自殺行為だな。何かあったときに一人だと対処できないぞ。今回みたいにな」
俺がそう言うと、ロドヴィーゴが俺の目の前に砂埃を舞い上がらせてきた。
「うるせえ! オレはいずれ最強の冒険者になる男だ! てめえらのことだって、殺そうと思ったらいつでも殺せるんだぞ!」
「その砂埃に毒を混ぜて、か?」
「!」
ロドヴィーゴの周りを漂う砂埃が僅かに歪む。
自分の手の内がばれていることに動揺しているのだろう。
「その才能。人間相手には、さぞかし強いんだろうな。だが魔物相手には効かないはずだ。だからああやって、低級モンスターにも苦戦する」
暗殺者としての修行がどんなものだったか知らないが、少なくとも対魔物用のトレーニングはつけてもらえなかったらしい。もしくは初めから、毒砂を使う前提で仕込まれていたせいで通用しない相手への対抗手段を持たないか。
「……! 効かないだと!? 適当なことを言うな! 確かに効き目は悪い気がするが、あれだけの猛毒だ! 効いてないはずがねえだろ!」
「いいや、効いてないね」
「何故そんなことが言える!」
「俺の才能が、他人の才能を見抜くというものだからだ」
「……!」
俺はロドヴィーゴに自分の才能を説明し、そしてその力によって読み解いた彼の才能の詳細についても伝えた。
「お前の毒は人間専用。人を殺す猛毒であって、モンスター相手に使える才能じゃない。つまり冒険者稼業をやるにあたっては、まるで使い物にならない才能だってことだ」
「な、なんだと……」
「なるほどなあ~! それでああやって間抜け晒して雑魚モンスターに追い詰められてたってことかよ! マジ受ける」
「……あ゛あ゛?! 舐めんじゃねえぞ! たとえモンスターに毒が使えなかろうと、お前らくらい――――!」
ロドヴィーゴの砂埃が、奴を侮ったラウレンツに向かって放たれる。
しかしラウレンツが宙に向かって一発正拳突きを打つと、砂埃はあっという間に霧散した。
「へ……?」
「つまんねー小細工だな。手品としては優秀かも知れねえが。圧倒的な力の前には、無力だ!」
確かにラウレンツほどの身体強化があれば、拳圧だけで毒砂を霧散させることも可能だろうが……あいつも酷なことをするもんだ。
「……そんな……!」
その場で膝を突くロドヴィーゴ。自分のアイデンティティを、粉々に砕かれたのだろう。
俺はできるだけ刺激しないよう、慎重に彼へ歩み寄った。
「まあ、落ち着けお前……えーと。少年。少年でいいや」
「少年じゃねえ! オレはロドヴィーゴ=エステラントだ!」
俺は頷くと、ラウレンツを指さしながらロドヴィーゴに語りかける。
「そうか。じゃあロドヴィーゴ、よく聞けよ。世の中の白兵戦のトップ層というやつは大抵ああいう化け物だ。人間をやめた異常者ばかりだ」
「ずいぶんな言いぐさだなヴィンセント」
「一方お前は、確かに戦闘もそこそこ程度にはこなせるようだが、あのレベルにはほど遠い。前衛に拘ってたら、いつまでもお前は最強にはなれねえよ」
そして俺は、奴にまっすぐ目を合わせて言った。
「だが、お前でも最強になれる道がある。その才能には気付いていないようだから、俺がそれを教えてやる」
ごくりと唾を飲み込むロドヴィーゴ。燻っている自覚はあるらしく、目を輝かせて俺の言葉に意識を向ける。
「俺が最強になれる道、だと? それはなんだ! 教えろ!」
「それは――――斥候になることだ」
しかし、最後まで聞くと困惑するように首をかしげた。
「す、すかうと?」
「ああ。後衛職の一つだがな。予め敵がいないかを探って、冒険を円滑に運ぶための必須の役割だ。お前が持ってる近接向きの才能は正直対モンスターを見越すなら平凡の域を出ない。だが――――」
最初俺は、ロドヴィーゴがただ自分が斥候に推される理由が分からなくて困惑しているだけだと思っていた。
「――――お前が持っている斥候用才能は、はっきり言って不世出だ! お前のこの才能は、きっと現在発見されている最上位難度にすら通用する! 俺たちと一緒に、高みを目指してみるつもりはないか?」
だけど違った。あいつは斥候という裏方職自体を嫌っていたんだ。だから興味を持てなくて、がっかりして首をかしげたんだ。
「お前らと一緒にいたら、オレはその斥候ってのをやらされるってことか?」
「ま、俺がいる以上うちのチームにこれ以上前衛は要らねえだろうなあ」
「お前の才能は、斥候になってこそ活かされる。そして俺は、そんなお前の才能を強く見込んで――――」
「だったらお断りだ」
「何……?」
「オレの目的は、あくまで最強の冒険者になること! つまりは戦闘要員として、だ! 裏方なんて嫌だね!」
「なんだと!?」
「斥候としての力の使い方だって、別にちっとも聞きたくねえ! いいからとっととどっかに行けよ!」
俺は思いっきり出鼻を挫かれた。
まさか、断られるとは……子供の万能感と無計画性をちょっと侮っていたようだ。
ロドヴィーゴと別れた後、あんなクソガキ放っておいて先に進もうと言うラウレンツを引き留めて、俺はあくまで彼を勧誘すべきだと主張した。
理由は二つ。第一に、彼の斥候としての才能は本当に目を引くものがあり、早々得られるものではないということ。そしてもう一つは――――
「俺が一番嫌いなことを覚えてるか。折角持っている才能を使わずに、無闇に苦しんでる奴の顔を見ることだよ」
「そういやお前はそういう奴だったな、ヴィンセント」
「ラウレンツのことだって、それから俺自身のことだってそうだ。俺がこうして冒険者をやっているのは、詰まるところそういう不条理を一つでも少なくしたいと思ったからなんだ。だったらあのガキのことだって、放置しておくわけにいくもんか。付き合わせる形になって悪いが、もう少しだけこの町に残らせてくれ」
強い才能を持ってるのに、それを十分に活かせないまま人生を送っていく。
そんな理不尽があってなるものか。
それに誰だって、自分の才能が一番活かせる立場があるのなら、その立場に収まりたいと思っているに決まっている。当時の俺は、そう信じて憚らなかったのだ。
俺たちが滞在していた町『アステル』に、ロドヴィーゴも宿を置いているようだった。
俺たちと別れて数日後。彼はまだ一人で行動しているらしい。
まあ、そう簡単に仲間なんて見つからないよな。
大して役に立たないのに拘りばかりが強いような子供冒険者を、誰が望んで雇いたいと思うもんか。
顔が良いし、少年性愛者の女冒険者でも捕まえられれば希望はあるかもしれないが……まあそんなもん、早々そこらには転がってない。
ロドヴィーゴの行動パターンを把握した俺たちは、それからしばらくロドヴィーゴのすぐ近くのエリアにつきまとうように探索を行うようになった。
目的は二つ。あの才能に溢れる子供冒険者がうっかりで命を落とさないように見張るためと、ラウレンツという前衛としての圧倒的才能を毎日のように見せつけることで、前衛路線に無理があるということを理解させるためだ。
そして俺の狙い通り、自分が苦戦する下級モンスターを易々と倒すラウレンツの圧倒的強さを見せつけられたり、或いは命の危機を俺たちに何度も助けられたりして、ロドヴィーゴは日に日に元気を失っていった。
だがそれでも、ロドヴィーゴの首を縦に振らせることはできないままだった。
何度改めて誘っても、ロドヴィーゴはあくまで自分は最強の冒険者になるのだと言って聞かなかった。
理由ははっきりしている。
前衛としての実力不足は前衛をやらない理由にはなっても、斥候をやる理由にはならないからだ。
斥候をやる理由を作るためには、あいつに斥候としての成功体験を
そして斥候としての成功体験は、本人がやる気になってくれなければ積ませられない。
「これ、ひょっとして詰みじゃないか?」
「よし。じゃあ諦めてさっさと前に進むぞ」
「いやいやいや! まだ諦めるには早いって! だってあいつ、このまま俺たちが旅立ったらまず間違いなく死ぬぞ!?」
「死にてー奴は死なしておけばいいじゃねえか」
「そういうわけにはいかないだろ……だってあいつ、まだあんな小さい子供だぞ」
とはいえ、あと一歩を詰める方法が思いつかないままだったのも事実。
ロドヴィーゴをあと一歩引き込めないまま、一ヶ月が経とうとしていた時――――俺たちに絶好の転機が訪れる。
それは、ある晴れた日のこと。
最前線から遠く、平和が続いているアステルの町が突然――――けたたましい鐘の音に包まれたのだ。




