表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/65

31 夜の戦い(3)

27話~30話のサブタイトルを変更しました。

 部屋の中に吹き込んできたのは、ロドヴィーゴの力によって『毒』化した粉塵。

 微細な粒が嵐のように部屋中をかき乱して、壁や床の隙間に潜り込むように混入していく。

 時間にして二十一秒。

 たったそれだけで、室内は完全に『毒』によって支配された。

 そして。


「ゼルシア……!」

「どどど、どう、しよう。ちょっと、吸っちゃっ……」


 部屋中に舞い上がった粉塵は、余程注意していなければ振り払えない。

 反応が一瞬遅れたゼルシアは、その短い時間に相当量の毒を吸ってしまったらしい。


「か……はっ」


 その場に膝を突き、うずくまるゼルシア。

 顔色は仄白く、全身が僅かに痙攣している。

 間違いなく『毒』の症状だ。


「あ~あ~。旦那のせいだぜ。旦那の決断が遅いから、この店はオレの毒塗れ。きっと二度と使えないだろうな」

「ロドヴィーゴ……てめえ!」


 近づいてくる足音に、俺は視線を向け、怒りを発露する。

 裏口の方から現れたロドヴィーゴは、不機嫌そうに唾を吐いた。


「まさか読まれてたとはな。おかげで表に出てくる羽目になっちまったじゃねえか」


 部屋一帯を、砂埃が吹きすさぶ。

 奴が持つ『猛毒』と『砂塵操作』の二つの才能スキルを融合させた、最も邪悪な使い道がこれだ。

 毒の粉によって征圧された空間は、人間が一切生きていけない地獄と化す。

 さらに目でも潰せればなお強力だったんだろうが……奴の才能スキルには目を直接狙えないという制限が課されている。仲間だった頃は邪魔な縛りだと思っていたが、今となっては不幸中の幸いだな。

 ロドヴィーゴは目障りな砂埃をしばらく巻き上げた後、俺が無反応なのを見て埃を舞わせるのを止めた。

「おっと、旦那は『抗体』を持ってるんだったな。こんなことになるなら、作らせるんじゃなかったぜ」


 俺の体には、奴の猛毒を無力化させる『抗体』がある。

 おかげで猛毒の砂埃が舞う空間の中にあっても、俺は平静を保つことが出来る。

 だが、ゼルシアの方はそうはいかない。

 猛毒を体内に埋め込まれた彼女は、回復と侵食の狭間に立って今も苦しみ喘いでいた。

 自己再生能力があるので死ぬことはないと思うが、長く続けば続くだけ無闇に苦しむことになる。


 そんな苦しんでいるゼルシアの頭の上に、ロドヴィーゴは足を置きやがった。


「あぐっ……」

「そこを退け! 今すぐ彼女を解放しろ!」

「嫌だね。俺がそこのデブを回収するまで、この女には人質になってもらう」


 足の裏でぐりぐりとゼルシアを圧迫するロドヴィーゴに、俺は思わず言葉を失う。


「おっ……お前っ……俺は、お前がそこまで嫌な奴だったとは思わなかったぞ!」

「旦那が悪いんだぜ? オレの話をちっとも聞かないで、意固地にこの店に残り続けるから」

「これだけ暴れ回ったら、はっきりと証拠が残る。治安課だって黙っていないぞ」

「はっ、馬鹿言うな。オレは旦那のその役立たずの『目』よりよっぽど素晴らしい目の力で、あんたが捜査を断られる姿もしっかり見ていた」


 ……やっぱり見ていたのか。

 やはり情報面のアドバンテージにおいて、ロドヴィーゴの才能スキルは凶悪の極みだ。


「要するに、治安課の連中はあんたの動向なんぞに興味はねーんだよ。この店の状況を持っていったところで、相手になんてしてもらえねーぜ」

「……だったら、どうしてお前はわざわざローズマリーを回収しに来た?」


 俺がそう言うと、ロドヴィーゴの表情が固まった。


「本当に俺たちの話が全く相手にされないと思っているなら、わざわざそこのデブを回収する必要もないはずだ。ぶっちゃけ怖くなったんじゃないのか? ローズマリーが万が一連れ去られた場合に、自分の痕跡まで辿られてしまうんじゃないかって」

「……」

「そんな用心深いお前が、この砂を放置しておくわけがない。ローズマリーを回収したら、その後砂も撤収させるつもりだったんじゃないのか?」


 ロドヴィーゴのこめかみがひくついているのが分かった。どうやら図星だったらしい。


「随分と……知ったような口を利いてくれるじゃねえか!」


 ロドヴィーゴの手が小刻みに動くと、部屋中にあった砂が俺の目の前に集積し、弾けるように宙を舞った。

 視界が遮られる。

 無駄と分かっていても、俺は手で砂を払う。

 遮られた視界の奥から、ロドヴィーゴが大きく前進してきていた。


「オラァ!」

「……ぐっ!」


 ロドヴィーゴの蹴りを、俺はもろに食らってしまう。

 跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられる俺。


「単純な戦闘力ではラウレンツ(あにき)ルートヴィヒ(おじき)に敵わないとしてもよぉ~! 旦那相手くらいなら余裕で倒せるだけの力を持ってるんだぜ、俺は!」


 知っている。それも含めて、俺はロドヴィーゴ(おまえ)を引き込んだんだから。

 だがお前の身体能力強化は、外の世界では精々逃げに使える程度。

 ローズマリーやアリソンやラウレンツのように、絶対的な差を生む力量差じゃない。


「……そうか、俺が余裕で倒せると思うか」


 俺は戸板に掲げられていたモップを握りしめて、ロドヴィーゴに向き直る。


「俺の見込みは違う。お前はそこまで強くない」

「……んだと?」

「お前の適性はあくまで『斥候スカウト』だ。前衛の戦闘職をやるには、力不足だと言ってるんだよ」

「んだと、このクソ野郎!」


 ロドヴィーゴが再び砂埃を巻き上げながら、俺の方へと向かってくる。

 また目隠しで攪乱して死角から攻撃するつもりなのだろう。だが――――


「ぐっ!?」

「ワンパターンなんだよ」


 俺がモップで指し示した方向に、ロドヴィーゴはまんまと飛んできた。

 砂で視界を隠すということは、自分の視界を隠すこととも同じ。

 つまり俺が奴の位置さえ予測できていれば……


「ぐふっ!」


 ……砂はむしろ、俺の味方として働くだろう。


「な、なんだこの野郎……! 一発くらい当てたくらいで……」

「じゃあ、二発ならどうだ?」

「ぐっ」


 間髪入れず、次の一撃を。

 ロドヴィーゴはそれほどタフじゃない。

 だから攻撃の手を緩めなければ、ある程度押さえ込むことは可能だ。


「三発、四発、五発」

「がっ、ぐはっ、ごふっ!」


 だからこそ俺は、こいつが来ると分かっていてなお、一人で戦おうとしたのだから。

 何発か奴を打ったところで、モップが軋んで二つに折れた。

 戦闘用のものじゃないもんな。これ以上は使えないか。

 だがもう十分だ。


「知ってるぞ。砂の力を操るには、ある程度の集中が必要だ。これだけ痛い思いをした後なら、もうしばらく砂の力は使えねえ」

「……な、なめんじゃ、ねえぞ……」


 売り言葉に買い言葉でロドヴィーゴは砂を操ろうとするが、その勢いは弱々しく、目くらましの砂をまき散らすことすらできない。

 このままロドヴィーゴを俺の力だけで撃破することができれば、後の話は簡単だ。


「……それ以上動くなよ。俺は無闇にお前を傷つけ――――」

「オレは、『本来前衛(エース)になるべき男』だった!」

「!」


 次の瞬間、ロドヴィーゴの体が大きく前に飛び出してくる。

 力任せの跳躍。

 格上相手ではまず通用しない、闇雲な突撃。

 だが俺の貧弱な身体能力では、反応がどうしても一歩遅れて……


「ぐっ!?」


 ――――奴の一撃を、またもろに食らってしまう。

 まずい。さっきと違って今度は当たり所が悪い。

 骨を数本、持って行かれた気がする。

 腕に力が入らない。


「旦那なんぞに……てめえなんぞに倒せると思うな! 思い上がるなよ!」

「……」

「昔から、そういうところが気にくわなかったんだ。人はこうあるべきだとか言う、押しつけ、思い上がり……!」


 ロドヴィーゴの血走った目を、朦朧とする意識の中眺めながら――――……


「挙げ句俺に斥候スカウトなんていう、やりたくもないこと(・・・・・・・・・)をやらせやがって!」


 ……俺は、ロドヴィーゴと初めて会った日のことを思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  なるほどなあ……  プロ野球とかでもそうですもんね。本格派が技巧派になったり、先発が抑えになったり、ショートストップがコンバートで外野になる。もっとそれ以前に、ピッチャーで入団したのに通…
2020/05/26 23:11 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ