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30 夜の戦い(2)

「死になさぁ~~~~いいっ!!」

「ぎゃあああああっっ!!」


 やっぱり無理! 死ぬ! 殺される!

 殺す気になったローズマリーは、俺がなんとかできる相手じゃない!


 奴の全力の一撃を、俺は躱すのが精一杯だった。

 さっきまで立っていたところに、奴の拳が激突する。

 石でできた床が、豆腐のように抉られるのを俺は見た。


「……倍率の上では、アリソンより下なんだが……」


 それでも、全力を出した身体強化才能(スキル)持ちというのはかくのごとく恐ろしいものだ。

 逆に言うと、アリソンがいかに普段セーブしているかということがよく分かる。

 そして、それすら更に上回るであろうラウレンツの恐ろしさも。


「あたしはねぇ~~~! この才能スキルを使うのは嫌いなのよぉ~! だって、美しくないじゃなぁ~い?」

「……? 何言ってるんだ? あんた最初っから美しい要素なんて何も……」

「おだまり~~~っ!!」

「ひっ!」


 あっぶねえ! 包丁投げつけてきやがった!

 ノーコンだから当たらなかったが……あれが直撃してたら俺、死んでたぞ!?


 と、ともかくこれ以上この店の中で暴れさせるわけにはいかない。

 こいつに暴れ放題にやられたら、毒を混ぜられる以前の問題で店がぶっ壊されてしまう。

 かと言って放置して逃げたりしたら、改めて毒をぶちまけられるだけ。

 事態はまさに八方ふさがり。

 やっぱりローズマリーをぶっ飛ばすしかないと、俺は一歩前に進み出た。

 だが――――


「お~ほっほっほっほ~~!!」

「!」


 それを見越していたかのように、俺の顔面目がけて奴の鉄拳が振るわれる。

 前に身を乗り出したせいで、回避も防御も間に合わない。


 まずい。このままじゃ本当に、死――――





「……あ、あれ?」


 その時、不思議なことが起こった。

 俺の顔面に激突したはずの、ローズマリーの丸太のような正拳。

 それが今俺の鼻先に突きつけられているのに、俺はその場で吹き飛びもせずに生きていた。

 ローズマリーの方も、拳が何故か止まったまま前に進まないのを不審に思っているらしい。しきりに目を瞬かせていた。

 奴にも状況が分からないとすれば、寸止めでもないわけで……。

 ……まさか。


「……駄目、だよ。そんな、ボクを、また、置いていこうだ、なんて……」


 奥の入り口から聞こえるか細い声。

 急いでそちらに視線を向けると、全身からどくどくと血を流すゼルシアの姿があった。


「もう、仲間を、助けられないのはっ……嫌、だよ……!」


 何が起きていたのか、俺はようやく理解した。

 偶然か物音に気付いてか、起きてきたゼルシアが咄嗟に俺に対して才能スキルを使ったのだ。

 ローズマリーが放った拳の衝撃は、俺の体に吸収されるやいなや全てゼルシアに押しつけられる。

 その速度は、俺が痛みを感じる間もないほど。

 そしてゼルシアの体は、本来俺が傷つく筈だった分だけのダメージを全身に負い、残酷に血反吐を吐くことになる……が。


「大丈夫。これくらいじゃ、死なない。死ねない。死ねるように、できてないから……!」


 ゼルシアがもう一つ持つ超速再生の才能スキルによって、負った怪我はみるみるうちに癒えていく。

 殆どまばたきするくらいの一瞬で、ゼルシアの外見からダメージの痕跡は全く消えてしまっていた。


「なんで、言ってくれない、の。無理するなら、ボクに、一声、くれても……よかったのに……」


 恨みがましい目で、ゼルシアはこっちを睨み付ける。

 ああ……それは悪いことをした。

 そうだよな。ゼルシアにとって、仲間を助けられなかった時の記憶はトラウマだもんな。

 伝えられない事情があったとはいえ、危うく俺がまた彼女に要らぬ心の傷を負わせてしまうところだった。

 反省だ。


「悪かったよ。ところでそれ……その才能スキル……」

「使うな、なんて、言わないよね?」


 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ボク、知ってるよ。多分今の君が、目的を果たす……ために。ボクの力が、必要だって」

「……」

「今から君が負うはずのダメージは、全部ボクが肩代わりする。そうすれば君は、ローズマリーさんをどうにかできる。そうだよね……?」

「それは、そうだが……」

「だったら、任せて。



 本当は、ゼルシアの才能スキルはできるだけ使わせたくはなかった。

 彼女がそれを使わなくてよくなるような身になるために、仲間たちが支払った犠牲の大きさを考えると……軽々しく扱ってよいものではないと思うようになったのだ。

 他の才能スキルと違って、使わずに済むならそれに越したことはない類の才能スキルであるというのも含めるとなおさらだ。

 だが。今この状況にあたっては、四の五の言ってられないよな。


「……分かった! 頼む!」

「うん!」

「なぁに言ってるのよぉ~~~!! 死になさぁ~~~いっ!!」


 ローズマリーの拳がまたもや俺に迫る。

 だがもう恐れる必要はない。

 俺の後ろにはあのゼルシア=ブラックがついているのだから。


「……!」

「うっ……!」


 俺はローズマリーの攻撃を避けようとして……掠ってしまう。

 だが痛みは感じない。バランスを崩されることもない。

 痛みも、衝撃も、全てゼルシアが肩代わりしてくれているから。


「あんたの才能スキルの弱点、突かせてもらうぜ!」

「い、嫌! なによぉ~~!! 来ないでよぉ~~~!」


 間合いを詰め、ローズマリーの肩に手を伸ばす。

 奴は俺を掴んで阻もうと、ぶっとい腕を伸ばしてきた。

 俺は咄嗟に体を大きく捻り、その拘束をするりと抜ける。

 腰に一瞬変な感触が走ったような気がしたが、そのダメージすらも感じる間もないほどの勢いで消滅した。

 そして――――


「……捉えた」


 一進一退の攻防の末、ついに俺はローズマリーの背後を取ることに成功する。

 奴の肩に両手を伸ばして、俺は高らかに条件を達成した。


「『ドルゲル=ローズマリー』! その才能スキル、封じさせてもらう!」

「なっ~~~!! 何よこれぇ~~~!?!」


 次の瞬間、奴の体はまるで空気の抜けた風船のように萎んでいき、真っ赤に染まった肌の色も通常に戻り、やがて元の太った大男の姿に戻ると、弱々しくその場に膝を突いた。


「ど、どうなってるのよぉ~……意味、分からない、わぁ……」

「弱点を知っていると言っただろ。これでお前は、しばらくその身体強化才能(スキル)を使えない」


 あとは起きてきている二人で協力して、こいつを取り押さえれば完了だ。


「お、終わった……?」


 眉間に自然と寄った皺が、彼女がこの十数秒の攻防で受けたダメージの重さを物語っていた。


「ああ。ありがとう。助かったよ。ゼルシアがいてくれなかったら、俺はもう死んでいた。心配掛けたな」


 仕方のないこととはいえ、やはりちょっと無茶しちゃったな。

 もっと良いやり方を考えるべきだった。

 俺が頭を下げると、ゼルシアは仁王立ちになって眉をぴくぴく動かした。


「そ、そうだよ。気をつけてよ……? ほんと、ボク、びっくりしたんだから」

「ごめん」

「……でも、無事だったから、いいよ。許してあげる」


 『許してあげる』。それは俺に対してだけの言葉だろうか。それとも彼女自身に対しての言葉だろうか。

 迷惑掛けておいてこんなことを言うの、本当に偉そうで的外れな気もするけれど。

 今日俺を助けられたことで、彼女が自分を責めてしまう気持ちが、ちょっとでも和らげばいいなだなんて、そんなことを――――。


「……ん?」


 その時、俺の鼻にどこかで嗅いだ覚えのある匂いが漂ってきた。

 それは甘い香りと砂っぽい香りの、混濁したような不快な芳香。

 記憶を辿り、俺は――――それがどんな危険の襲来を予兆しているのかをおもむろに思い出した。


 まずい。

 これは、無茶苦茶にまずい。


「……ん? なんだか変な匂いが――――」

「ゼルシア! 急いで目と口を閉じろ!!」

「へ!?」



 次の瞬間。

 『毒』を纏った砂埃が、ハイデン亭の部屋中を嵐のように駆け抜けた。

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