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29 夜の戦い(1)

 家に帰った後、軽めの夕食を取ってから、俺は誰よりも早く寝た。

 いや、正確には寝たふりをした。

 ロドヴィーゴの才能スキルでハイデン亭が筒抜けにされていることは確実だ。

 会話でも、そして筆談でも、俺が仲間に伝えようとしたことは、全部ロドヴィーゴに筒抜けになってしまっているだろう。

 アイコンタクトで意図を伝えられたらそれに越したことはないのだが、生憎俺はまだこの場の誰ともそこまで深い関係を築けていない。

 場合によっては、無駄に付き合いだけは長いロドヴィーゴにだけは伝わってしまうかも知れないのだから、そういう不確かな方法には頼れない。

 ならば後俺ができることは、『きたる夜の襲来』に備えてせめて俺自身の存在感を消しておくこと。

 そして一人で戦う覚悟を決めること。

 ロドヴィーゴに決定的な虎の尾を踏ませるために、こちらはあくまで無防備でいるという態度を装わなければならないのだ。

 俺は布団の中に潜り込みながら、意識が落ちないように気を張り続けた。

 数時間後にアリソンが部屋に戻ってきて向かいのベッドに寝転がったが、俺はその間も黙り続けた。






 異変が起こったのは、俺がベッドに籠もってからおよそ六時間後のこと。

 草木も眠りにつくような夜更けに、戸を開けるような不穏な音がした。


「……」


 流石に我慢しかねてうたた寝半分に入りつつあった俺の意識が、そこではっと覚醒する。

 我ながら、音には過敏になったものだ。

 冒険者時代、戦闘で疲れた仲間に変わって夜番を担当していたのは俺だった。

 だからその気になったときの五感の鋭敏さはそんじょそこらの冒険者には負けない。

 まあ、そういう才能スキルを持ってる奴の前では子供のお遊び程度のものなんだが。


「……きたか」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、さらに神経を研ぎ澄ませる。

 どうやら物音は、裏口の方から聞こえているようだ。

 のそのそと、妙に手際の悪い足音も聞こえてくる。

 ロドヴィーゴのものにしては妙に緩慢だが、あいつも夜は眠いのだろうか?


 その物音は、無計画にずかずかと店の奥へ奥へと突き進んでいく。

 どうやら、厨房を目指して歩いているらしい。

 何をするのか大体読めてきた。

 俺の予想通りなら、一刻も早く止めないと面倒なことになる。

 そしてもし逃がさず捕まえることができれば、形勢は一気に逆転する!


「よし……」


 もう既に、奴はすぐには逃げられないほど奥めいたところにまで踏み入っている。

 今ならこちらの動きに気付かれても、逃げられることはない。

 俺は勢いよく立ち上がると、厨房を目指して全速力で走り出した。

 そして厨房の前までたどり着くと、小脇に抱えていたマッチで部屋のランプに手際よく火を灯し、そこに浮かんでいた人影に声をかけた。

 勝ち誇った表情で、高らかに笑いながら。


「ははははは! 来ると思ってたぞ! まんまと罠に……」


 しかし。

 そこに立っていたのは、俺が思っていた相手(ロドヴィーゴ)ではなかった。


「あっ、ああっ……」

「……なに、してやがる……お前……!」


 そこにいたのは、以前とは打って変わって暗い配色の衣服に身を包んだドルゲル=ローズマリーだった。


「あ、貴方こそっ。こんな時間に起きて何やってるのよぉ~!?」

「侵入者が来ると思ったから寝たふりして見張っていたんだよ」

「な、なんですってぇ~!?」

「しかし、そうか……」


 ローズマリーの手に握られた陶器の瓶を見て、俺は一つの確信に至る。

 あの野郎、自分で余計なリスクを抱えないために、他人に実行犯をやらせたな。

 そうなると、今朝の食材に毒が差し込まれていたのも、もしかするとロドヴィーゴ本人じゃなくてこいつの仕業だったのかもしれない。


「……上手いことやりやがったな。お前の後ろにいるのは、ロドヴィーゴ=エステラントだろう?」

「な、何を言ってるのぉ~!? そんな奴のことなんて、知らないわよぉ~!」


 しらを切るように言われてるのか、そもそも知らされていないのか。

 いずれにせよ、素直にロドヴィーゴのことを話してくれそうな雰囲気じゃないな。

 だが、実行犯を特定できたならそれはそれで十分だ。

 何故なら――――


「良いことを教えてやるぜ」

「……?」

「ギルドの治安課には、人の記憶を可視化して引き出せる人間がいる! お前さえ引きずり出してしまえば、そこから芋づる式にロドヴィーゴに辿り着けるって寸法だ!」


 俺は高らかに叫んで、近場にあったおたまを手に取った。


「というわけでお前にはお縄についてもらうぞ、ドルゲル=ローズマリー。大方その瓶の中身を厨房にぶちまけて、店を機能不全にしようとしていたんだろうが……」


 そうはさせない。

 お前らのつまらない嫌がらせのために、これ以上ハイデン亭の人たちが振り回されるようなことがあってたまるか。


 さて、ローズマリーの方はというと。

 いつの間にか顔を真っ赤にして、俺を強く睨んでいた。


「……何よぉ。あのガキ、適当なことばっかり言って……『今なら忍び込んでも安全だから』なんて、全然、嘘じゃないのよぉ~……!」


 いや、俺に……というより、実際に怒りを向けているのは裏にいてこの様子を見守っているロドヴィーゴに対してか。


「ていうかぁ~っ! 舐めないでくれるぅ~!? あんた、戦える才能スキルを何にも持っていないへっぽこ冒険者なんでしょぉ~!?」

「おや、あいつから聞いていたのか」

「そんなクソ雑魚野郎に負けるわけないわぁ~! あたしの才能スキルが、『堕落の調味料(コラプスクッヒェ)』だけだと思ったら大間違いよぉ~!!!」

「そんな名前だったのか、あの粉」


 ローズマリーはその場で強く足踏みした。

 すると奴の両腕が突然風船のように膨れ上がり、真っ赤に怒張して胴体ほどの太さになった。

 そうだ。そういえばこいつには、まずくする粉とは別にもう一つ才能スキルがあったな。


「刮目しなさぁ~~い!! これがあたしの『豪腕料理人(アストロコッホ)』!!」


 その能力は、腕力を中心に身体能力を高めるオーソドックスな才能スキル

 だが上げ幅が比較的大きめだったから、警戒に値する才能スキルではあった。


「あんたのことをミンチにすれば、あたしを捕まえることさえできないわよねえぇ!!」


 どうやらハイデン亭の食材に毒を混ぜたことで、一線を越えてしまったらしい。

 ついには人の命を奪うことにすら頓着しなくなったか。

 俺は不敵に笑って言う。


「お前、俺の才能スキルがなんなのかあいつから聞いてないのか?」

「知ってるわよぉ~~!! 才能スキルを読み取る才能スキルでしょぉ~!? それがなんだって言うのよぉ~!?」

「俺は、お前のまずくする粉の才能スキルを既に読み取っている……」

「!」

「それはつまり、もう一つの才能スキルについても既に掌握済みってことだ! お前のその才能スキルの弱点は、とっくにお見通しなんだよ!」

「な、なんですってぇ~!?」


 奴のアストロコッホ、だったかの解除条件は、奴の肩のどちらかに触れて奴の名前を呼ぶこと。

 それだけであいつの才能スキルは一時間の間使えなくなる。

 一度封印してしまえば、あとはこっちのものだ。


「どうする? それでも戦うか?」

「な、な、な……舐めんじゃないわよぉ~!! どうせそんなのハッタリでしょぉ~!!」


 ローズマリーは、弱点が知れていようと構わず突っ込んでくることを選んだようだ。

 迫力を漲らせながら迫ってくるローズマリーに向かって、俺は余裕そうに笑みを浮かべる。


「ふふ……かかってこい」



 さて――――この後、どうしよっか。



 奴の才能スキルの弱点を把握しているのは本当だ。

 弱点さえ突くことができれば、ある程度無力化できるというのもまた事実。

 ただし一つだけ問題があって――――


 弱点を突くためには、まずあいつの至近距離に近づかなければならないということだ。

 だが、できる気がしない。

 近くにあった鍋を片手間に握りつぶすローズマリーを見て、俺は自分の足が震えているのに気付いた。



(これ、肩にタッチする前に死ぬんじゃねえかなあ)



 やっぱり大人しく寝ていた方が良かったかも知れない。

 そんな後悔をする間もなく、ローズマリーの鉄拳が俺目がけて叩きつけられた。

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