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28 道ばたでの遭遇(後編)

「いっ、一旦落ち着こう! そうだ、落ち着くべきだ!」


 シャーロットとロドヴィーゴを遮るように、俺は身を乗り出して才能スキルの発動をインターセプトした。

 こんな下らないことでシャーロットのトラウマが復活するようなことがあってたまるか。

 あの子が次に才能スキルを使う時は、もっとヒロイックで栄光に満ちあふれてないといけないんだ。


「……ヴィンセントさん」

「しゃ、シャーロット! いいか、落ち着いて……」

「落ち着くのはヴィンセントさんの方ですよ。はい、深呼吸して下さい」

「えっ?」


 困惑したものの、言われたので俺はとりあえず深呼吸をする。

 二、三回繰り返すと、若干パニック状態に陥っていた気持ちが少し落ち着いた。


「はい。大丈夫そうですね」

「シャーロット……」

「私のことなら心配要りませんよ。怒りをコントロールすることにかけては、これでも私、慣れてますから」


 そう言ったシャーロットの目には、相変わらずどす黒い怒りが宿っているように見えたが……そうか、殺意でさえなければいいんだもんな。

 思えば、おこがましいことだったかもしれないな。

 十年以上自分の才能スキルと向き合ってきたシャーロットに対して、いくら『目』で覗き見たからって、まるで彼女自身より才能スキルのことを理解しているかのように振る舞うなんて。


「……そうか。分かった」


 俺は気を取り直してシャーロットに背を向け、ロドヴィーゴに向き直る。

 ロドヴィーゴは俺たちの会話を聞いて、相変わらずのむかつく笑顔でゆらゆら揺れた。


「あんたが我慢するのは勝手だけど、どれだけ我慢したって結局俺の口からバラしてしまえば全部同じ事なんだけどな」

「ロドヴィーゴ……!」

「その慎ましい努力も、結局は俺の一言で無に帰る。そんな下らない我慢をするくらいなら、さっさとそいつを追いだすって言いなよ」


 くそっ……俺としては、シャーロットたちには迷惑をかけたくない。

 ロドヴィーゴが本気で周りに打ち明けようとしているのなら、俺は取り返しの付かないことになる前に自分から身を引く必要がある。

 だがここを出る前、散々説教されたじゃないか。自分を犠牲にするような真似はするなと。

 俺がここであっさりあいつに従ったりしたら、あれだけ言ってくれたあいつらの思いを踏みにじることになるんじゃないのか?

 ……などと俺が逡巡していると、シャーロットが俺を押しのけて一歩前に歩み出た。

 そして彼女は、ロドヴィーゴをまっすぐに見据えると、高らかに叫ぶ。


「私を侮らないでください!」


 その声は清澄で、ロドヴィーゴは気圧されたのか自然と半歩後ろに下がっていた。


「私は、確かに過去に才能スキルで嫌な思いをしました! できればもう二度と、あんな思いは味わいたくないと思っています!」


 ここは往来、人の耳があるところだ。流石に彼女といえども、具体的な内容は口に出さなかった。

 周りに伝わること自体は今でも嫌なのだろう。


「だけどここで貴方のような人に屈したら、嫌な思い出がもう一つ増えるじゃないですか! 自分恋しさに恩人を売った卑怯者だって!」


「一度も二度も同じですよ。また同じ思いをしたところで、大したショックじゃありません。それに屈したりなんかしません!」


 だがその上で今――――シャーロットは、俺のためならバラされても良いと言ってくれたのだ。

 何も出来ない俺なんかのためにここまで必死になってくれているという、それ自体が俺には嬉しくてたまらなかった。

 とはいえ、俺としてはそんな勇気が実を結ぶところは見たくない。

 シャーロットにとって才能スキルバレして傷つく経験は初めてのものじゃないかもしれないが、俺にとっては初めての経験なんだ。きっと、侮れるほど軽い傷にはならない。


「……っ……」


 面白くなさそうに歯がみしたあと、ロドヴィーゴは舌打ちしてから口を動かした。


「あっ、そう! だったらお望み通り、できるだけ大声で喋ってやるよ!」


 まずい。まずいぞ。

 何か良い方法はないか。

 あいつがシャーロットの才能スキルについて話せなくなるのに十分な交換条件。

 抑止力としてのこちらのカードは……



 ……あっ、そうだ。



 忘れていたわけではない。けれども意識の傍らに追いやって今までずっと思い出してこなかった『あること』を、俺は唐突に思い出した。

 あまり取りたいやり方じゃない。人の弱みにつけ込むような、それも才能スキルの弱みにつけ込むようなやり方は、全く俺の趣味ではないからだ。

 だがこの状況下では、四の五の言っていられない。

 俺はロドヴィーゴの顔をまっすぐに見て、張りのある声で彼に叫んだ。


「……ロドヴィーゴ。お前は天才だ!」

「ん?」

「お前の探知能力は本当に素晴らしい! あらゆる情報を筒抜けにし、冒険では仲間の危機をいち早く察知して難を逃れる! お前の活躍に、俺は何度救われてきたか知れねえよ!」

「なんだ? 急に褒めたって……まさか、見逃してもらえるとでも思ってんのか?」

「まさかだろ。ただ俺は、こう言いたいんだ――――」


 そんな甘い考えは俺もしちゃいない。


「――――冒険者を引退した後も、お前はきっとその優秀な才能スキルを使って、一生楽しく遊んで暮らせるんだろうな……ってな」


 僅かにロドヴィーゴの表情が変わったが、俺は構わず話を続ける。


「お前、まさか」

「お前のディストピア=クライシスは確かに無茶苦茶に強力だ。冒険だけじゃなく、社会生活を送る上でもこの才能スキルほど役立つものはない。国の諜報機関にでも入れば、そうとういい報酬がもらえるだろう。ただ一つの……弱点を除いては」

「……!」


 凍り付くロドヴィーゴ。ああ、お前は知ってるはずだ。

 お前の『ディストピア=クライシス』に、ある致命的な弱点があるということを。

 そして、俺がそれを知っているということを。

 なんてったってその弱点は、俺がお前に教えたものなんだからな。


「今の俺たちには、この弱点を突く手段はない。だけどお前が引退した後お世話になるだろう組織の相手方なら、お前の弱点を突いてディストピア=クライシスを機能不全に陥らせることができるようになる」


 そうなれば、奴の引退後の計画は簡単にパァだ。

 ロドヴィーゴが冒険者をさっさと辞めたい勢だったか、叙勲の後も続ける勢だったかはよく覚えていないが、いずれにせよ自らの才能スキルの弱点を暴露されるのは我慢ならなかったらしい。

 真っ赤に火照らせた顔からは、油を煮詰めたような汗がどくどくと流れてくる。


「俺だってこんな脅しのような形で、お前に決断を迫りたくない。だが勘違いするなよ、これはお前が先にやったことなんだからな」


 俺はロドヴィーゴに一歩近づき、決断を迫るよう催促する。


「さあ、どうする。あんたがシャーロットの秘密をバラせば、俺はこの情報をギルド経由で有力筋に根こそぎ送るぞ。それでも構わないって言うんなら……まあ、どうしようもないが」


 やりたくないことだというのは、今でも変わらない。

 俺は『才能スキル』を活かす姿を見たいのであって、『才能スキル』が十全に使えず燻っている姿を見たいわけじゃないからだ。

 だが、シャーロットは自分のトラウマをも顧みず、俺のために誇りを張ってくれた。

 だったら俺も、その恩義に報いなければならない。


「……っ、くそっ」

「でも嫌だろ? ロドヴィーゴ。折角見つけられた大事な大事な才能が、使えなくなっちまうのは」


 柄にもなく脅しを加える俺に、ロドヴィーゴは苦渋の表情を浮かべる。


「わ……分かったよ! だが、そこの女の才能スキルの件と引き替えだ!」


 シャーロットを指さし、焦った顔でロドヴィーゴは言った。


「オレはそいつの才能スキルについて忘れる! 代わりに旦那も、オレの弱点のことについては綺麗さっぱり忘れるんだ! いいな!」

「……そんな都合の良い記憶力してなくてな。でも安心してくれ。誰かに言ったりは絶対にしないから」




 こうしてロドヴィーゴとシャーロットとの間での秘密協定が成立し、俺たちはなんとか事なきを得た。

 ロドヴィーゴは約束が終わった後、計画が違うと呟きながら往来を離れて姿を消した。


「これで、


 シャーロットが呟いた。俺は黙って首を横に振る。


「そう簡単にことは運ばないだろうな。とはいえ、さっさと帰るぞ。きっと皆が帰りを待ってる」

「……はい。帰りましょう! 私たちの家へ!」

「その言い方だと、まるで俺とアリソンが今後も居着くように聞こえるけど……いずれ出てくからな?」


 さて、『当初の目的』こそ果たせなかったものの、ここで一つ釘を刺せたのは良かったが……きっとこれだけでは終わらない。

 むしろ本番はこれからだ。

 今夜起こるであろう出来事を思って、俺は心を引き締めた。

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