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3 元のけ者の恩返し(2)

「ヒュー……見ろよ。あいつら、パーティで一番の出世株を追い出そうとしているぜ」

「見ろって言われても、あんたにしか見えてないわよそれ」


 仲間の追放で揉めているパーティは、男二人女二人の若者四人組。

 パーティ名は、『闇を駆ける狐』というらしい。

 やり玉に挙がっているのはひときわ小柄な茶髪の少女だ。

 そんな彼女が隠し持つ才能を、分かりやすくまとめるとこういうことになる。


【怪我を負った者の耳に息を吹きかけることで、負った怪我を一瞬で完治させる】


 回復術師ヒーラーとしてはかなり高水準の才能スキルだ。

 毒も病もなんだって杖の一振りで治せる才能スキルを持つリーゼロッテに比べると流石に見劣りするが、一流パーティのヒーラーとしては十分な才能スキルだと言える。

 残る三人の才能スキルは……ふむふむ、精々二流レベルってところか。

 フレスベンまで辿り着くことはできても、そこからさらに進むのは難しいだろうな。


 さて、そんな強力な才能スキルを持っている彼女が今、その才能を一顧だにされず追放されようとしている理由は一つ。それは実にシンプルな理由で、本人を含めた周り全員がその才能スキルの存在に気付いていないのだ。

 才能スキルに気付く方法は、原則としてそれに定められた発動条件を偶然満たすことしかない。

 ちょっと複雑な条件が設定されている才能スキルだと、気付かないままないものとして一度も使われず一生を終えることも珍しくない。

 怪我人の耳に息を吹きかけるなんて、自然な流れでやるとは思えないから、そのパターンでもおかしくはないよな。


「私、今よりもっと頑張るから! もっと前衛に立って、足を引っ張らないように戦うから!」

「そんなこと言って、またこの前みたいに一人遅れて襲われたらどうする! あのときはお前を守ろうとしてユーリが怪我したんだぞ!」

「大丈夫だよ! もし私が……次、命の危険に晒されたら! その時は私のこと、見捨ててくれていいから!」


 複数の才能スキルを持つ人間は珍しくない。

 彼女は他にもう一つ、弱い倍率の身体強化才能(スキル)を持っている。

 恐らく彼女は、自分の才能スキルがそれ一つだけだと勘違いしてしまったのだろう。

 そして本人が気づけなければ、当然周りも気付くことはできない。


「あんまりわがままを言わないでくれ! こっちだって、お前が傷つく姿は見たくないんだ!」

「そうだ。エヴァが死ぬところなんて見たら、僕だって耐えられない」

「エヴァに元気でいて欲しいから、皆帰らせようとしているんですよ」


 そして、こういう相手こそ、得てして俺のカモである。

 このまま放っておけば、エヴァとかいう少女は間違いなくパーティを追放されるだろう。

 当然手ひどく喧嘩した後だ。『狐』のメンバーにも愛想を尽かしているに違いない。

 そこに俺がつけ込んで、彼女の真の才能スキルを伝えると共に彼女を優しく迎え入れる。

 こうすれば、優秀な才能スキルを持つ人材を、簡単に手に入れることができるというわけだ。


「で、でも……故郷に帰ったら、きっともう二度と皆に会えなくなる! 私、それは嫌なの!」

「! エヴァ……」

「いい加減にしてくれ。僕たちだって、言いたくてこんなこと言ってるわけじゃないんだぞ」


 よし、段々とギスギスが加速してきた。

 この調子で決定的に対立してくれたら、エヴァの心の隙につけ込むのも簡単に――――……


「私が見ていない間に、皆がもし死んだりしたら、私だって!」

「今のままお前を連れていたら、最悪の場合全員死ぬぞ!」

「……っ!」

「皆、仲間が大切だから言ってるんだ! あんまり甘えたことばっかり言ってんじゃない!」

「わ、私は……」


 しかし……なんだ。

 このパーティは全員、それぞれにお互いのことを大切に思っているんだな。

 大切に思っているからこそ、三人は突き放そうとするし、エヴァはついていこうとする。

 ……。


「それにしても酷い喧嘩ね。身につまされるものがあるから、あんまり見ていたくは……」

「……悪い、少し退いてくれ」

「へ? わっ、ちょっ……」


 俺はアリソンを押しのけてその場を飛び出した。


「あんまり聞かないようなら、こっちにだって考えが――――」

「ちょーっと、ちょっと待ってくれるか?」

「……? 誰だ、あんた?」


 突然現れた俺に対し、渦中のパーティの連中は怪訝そうな顔だ。

 まあ、いきなり見知らぬ冒険者が声をかけてきたら誰だって警戒するよな。

 基本的に冒険者って生業を選ぶような奴は、程度の差こそあれ碌な奴がいないんだから。


「僕たちは今取り込み中なんだが……」

「知ってる。そのことについてちょっと話があるんだが」


 我ながら馬鹿なことをするなと思いながら、俺は手をひらひらさせる。

 このまま放っておけば、有能なヒーラーが一人手に入るっていうのに。


「その子を在野に戻すのは勿体ないぜ。なんてったって彼女は、あんたら三人よりずっと優れた才能スキルの持ち主なんだからな」


 何を馬鹿正直に、教えてあげてるんだか。


「は?」

「エヴァの才能スキルが優れてる? いきなり現れて何言ってるんだおっさん」

「俺はおっさんじゃねえよ!」


 まだ二十五歳だぞ!

 ……っと、今はそんなことどうでもいい。

 俺は『狐』の連中の手持ち武器を舐めるように見渡した。


「剣、槍、弓、そして短刀か。前衛2に遊撃1、遠距離1。前衛に偏り、援護役にも乏しいアンバランスな構成だな」

「はあ?」

「なんだとおっさん! 僕たちの仲間に何か文句でもあるってのか!」


 男共は、俺に対して怒りを露わにしてくる。

 自分というより、仲間を馬鹿にされたのが許せないらしい。

 追い出そうとしておいてどの口で言うんだって感じだが、まあそれだけ本人らも混乱してるんだろうな。

 しかし本当に酷いパーティだ。ここまで辿り着けたのすらちょっとした奇跡と言えるかもしれない。


「その子を追い出さないと全滅の危機だとかなんだとか言ってたが、このままだと、追い出そうが追い出すまいが全滅するだろうな」

「うるさい! 外野が口出ししてくるなよ!」

「せめて回復術師ヒーラーの一人でも入れれば、随分と話が違ってくるだろうに」

「好き放題なことを言うな! ヒーラーは貴重なんだ! 早々簡単に引き入れられるものじゃない!」


 ああそうだ。身体強化の才能スキルはありふれているが、治癒や再生の才能スキルは珍しく、人材として抱えていない冒険者パーティも珍しくない。そのくせ冒険での重要度は生半可な近接戦闘員なんかよりずっと上だ。

 だから本当は、ここでヒーラーを確保できるとすごく大きかった。

 ヒーラーの存在は、ただそれだけで冒険者を招き寄せる客寄せパンダとして機能するから。

 でも、体が動いちゃったんだから仕方ないよな。


「そりゃ何度そんなこと思ったか分からないさ! だけど現実問題としていないんだよ! 僕たちみたいな微妙なパーティに来てくれるヒーラーも早々いない!」

「そのヒーラーに、そこの彼女がなれるとしたらどう思う?」


 俺はエヴァを指さしながらそう言った。

 何を言っているんだ。そんな目で俺のことを見る『狐』の連中。


「今からそれを証明してやる」


 そう言って俺が腰のナイフを外すと、男二人が武器に手をかけた。俺が襲いかかるとでも思ったんだろうか。

 全く馬鹿なことをするもんだ。俺じゃ素手のお前らにだって傷一つつけられねえよ。

 俺が切るのは――――俺自身の体だ。


「……っ!」


 突然自分の腕をまくって10センチほど浅く切り裂いた俺に、四人は一様に驚愕の表情を見せる。

 つくづく仲が良いんだな、こいつら。


「な、何やってんだよおっさん」

「本当に狂ってしまったのか!?」

「あ、あの、絆創膏くらいならありますけど」

「要らん。その代わりそこの小さい子、ちょっとこっちに来い」

「……!」


 エヴァの表情が神妙に凍り付いた。

 きっと突然の出来事の連続に、感情をどう処理していいのか分からなくなっているんだろう。


「え、えっと……」


 恐る恐る近づいてきた彼女に、俺は微笑みかけて言う。


「それじゃ俺の耳に息を吹きかけてくれ」


 背後で他の三人がそれぞれ武器を取り出した。殺気立った目は、今にも俺を殺そうとしているかのようだ。

 エヴァ本人も、呆れたような目で俺のことを睨んでいる。


「……変態」

「違う! 違うからな! 怪我人の耳に息を吹きかけるのが、あんたの隠された才能スキルのトリガーなんだよ!」

「……へ?」

「だから俺の体を実験台にして、今からそれを実証しろと言ってるんだ」


 ここで拒否されるならもう知らねえ。好きに喧嘩別れすればいいさ。


「わ、私の才能スキル……?」

「嘘だと思うなら別にいい。これくらいの怪我なら数日で治るからな」

「……」

「だがこのままだとあんた、一緒にいたかったパーティを追い出されるだけだぞ」

「それは……」


 逡巡するエヴァ。俺は彼女が耳に息を吹き込みやすいように、姿勢を少し落とす。

 これでも背丈だけはかなりある方なので、小柄な彼女が届くようにするには中腰ぐらいにならないといけない。


「怪しい男の戯れ言でも、乗ってみる価値くらいはあるんじゃないか? 少なくとも俺は、腕を自分で斬りつけるくらいには真剣に向き合ってるつもりだぜ」


 しばらく考え込んだ後、エヴァは俺の耳に顔を近づける。

 どうやら覚悟を決めたらしい。

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