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27 道ばたでの遭遇(前編)

「今更何を話すことがあるんだ。俺は正直、お前の顔だって見たくない」

「まあそう言うなよ旦那。ちょっと前まで仲良くやっていた縁じゃないか」


 その縁を切ったのは誰だと悪態をつこうか迷ったが、ぐっとこらえて奴の方を向く。

 へらへら笑っているロドヴィーゴの表情からは、何の真剣味も感じ取ることができなかった。


「上手いことオレの贈り物を捌いたみたいだな」

「……」

「流石は旦那。生き汚さでは一流並みだ。その悪運の強さと危機管理能力の高さで、『殲滅団』時代もずっと生きながらえてきたんだもんな」


 俺が『殲滅団』の冒険についていくためにどんな手練手管を尽くしていたか、こいつは気付いていないのだろうか。

 ポケットマネーをつぎ込んで前もって最適な装備を買い揃え、基礎体力をつけて少しでも後れを取らないように積み上げてきた。

 決して悪運などというあやふやなものに頼って、あそこまでついていったわけじゃない。

 ……まあ、知らないうちに足を引っ張ったり、あいつらにフォローさせてた部分が絶対にないとは言い切れないのだが。


「しかしそれももう今日で終わりだ。オレが言いたいことは分かるだろ」


 ロドヴィーゴは指を下に向けて、吐き捨てるように言った。


「この町を出ろ、旦那。さもないとお前の新しい大切な仲間がどうなっても知らねえぞ?」


 正面切って脅して来やがったか。

 この野郎……


「……なんで俺をそうまでして追いだしたい。俺がお前らに復讐するつもりだからか?」


 俺がそう言うと、ロドヴィーゴは針で突かれた風船のように笑い出した。


「復讐……? ぷ、ぷは、はは、ははははは!!」

「何がおかしい」

「旦那が! オレたちに! 復讐って! 冗談だろおい! 旦那如きに一体何ができるって言うんだ!」


 手を叩いて笑うロドヴィーゴ。

 まるでシンバルを叩く猿のねじ巻き人形のようだ。

 ……と、そんなことはどうでもいいな。


「旦那が何もできないのを! オレはよ~く知っている! 冒険者として全く不適格な旦那が、どうやって俺たちに復讐するって言うんだ? 寝込みを襲ってみるか? それとも――――」

「お前らを超える人材を集めて、最高の冒険者パーティを作るんだよ!」

「……!」


 俺はロドヴィーゴの鼻先に、勢いよく指先を突きつけた。


「お前の言う通り、俺は冒険者として不適格だ。戦えないし、癒やせないし、探せないし、守れない。だがそんな俺でも、人を見ることだけには自信がある!」


 ロドヴィーゴの表情が、その時僅かに変化したのに気付いた。

 右手を見ると、奴は中指と親指をしきりにこすり合わせていた。

 あれは奴が苛ついているときに出る仕草だ。


「お前たちを見つけ、才能を引き出したこの目を使って、お前ら以上の才能スキルの持ち主を集め、お前たちから最強のパーティの立場を剥奪する! それが俺なりの、お前らに対する――――」

「はぁ? 勘違いするなよ、旦那」

「あぐっ」


 ロドヴィーゴの手元から、何かが俺のところに飛んでくる。

 避けきれず、額で思いっきり受け止めてしまった。

 もしや『毒』かと焦ったが、投げつけられたのはただの小石だった。

 辛うじて、血が出る程度で済みそうだ。


「……」

「旦那が俺たちを見出したんじゃない。あんたがたまたま俺たちを見つけて、便乗しただけだ。俺たちは旦那がいなかったとしても、いずれは今の立ち位置までたどり着いてた! 勝手に師匠面して自惚れてるんじゃねえぞ」


 血を拭きながら顔を上げると、ロドヴィーゴの表情は明らかに怒りで満ちていた。


「旦那の才能スキルは、才能スキルを成長させるわけでも強化させるわけでもない。ただ見るだけ。なんの生産性もない。そもそも、旦那は俺たちを世界中から探して集めてきたが、同じレベルの人材が狭いフレスベンで集まるわけがねえだろうが!」

「……」


 確かに――――それは、事実だ。

 俺は五年近い時をかけて、これ以上ないほどの優秀な才能スキルの持ち主を集めた。

 物理最強のラウレンツ。死をも覆すリーゼロッテ。万事を見通すロドヴィーゴ。不壊の盾を作り出すルートヴィヒ。そして万物を打ち破る矢を穿つレイチェル。

 この優秀な五芒星を超えるようなパーティを作り出せるかというと――――不可能ではないにせよ、道は困難を極めるだろう。

 現時点で声をかけた一人一人を仮に全員仲間にできていたとしても、『殲滅団』の完成度にはどうしても劣る。

 アリソンは強いが、ラウレンツには及ばない。

 ゼルシアの回復能力も強力だし、全面的な下位互換ではないものの、殆どのケースでリーゼロッテの力の方が有効だろう。

 シャーロットはまだ未知数だが、ルートヴィヒほどの防御力を持っているかといえばまず持っていないだろう。

 だが、それでも俺は――――……。


「お前らの好きにさせておくのは、むかつくんだよ!!」


 すると、ロドヴィーゴの表情から少し険が取れた。

 ……というより、あの表情はなんだ? 呆れているというか、馬鹿にしているというか……。


「なんでいきなりガキっぽくなるんだよ。旦那って前から思ってたけど本当変な奴だよな」


 へ、変な奴だと!?


「……なんだとお前この野郎……」

「ま、なんでもいいよ。どのみち旦那がどれだけ頑張ったところで、オレたちを超えることなんてできやしない。ああ、確か――――」


 そしてロドヴィーゴの視線が逸れて、俺からシャーロットの方へと泳いでいく。

 シャーロットはロドヴィーゴの方を見ないように目を背けていた。


「そこにいるあんたも、旦那に確か『誘われて』たな」

「……!」


 シャーロットの肩が、僅かに跳ねる。何故知っているのかと言いたげだ。

 俺の額にも僅かに汗が流れた。

 そういえば、三人にはロドヴィーゴの全ての才能スキルを伝えてはいなかった。

 毒のことばかりに意識が向いていて完全に忘れていた。

 しかし奴の矛先がハイデン亭に向いている以上、例の監視能力が使われている可能性は当然考慮すべきだったのだ。そして、これは完全に俺の早まった行動が招いた過ちだったのだが……。


「それで、なんだっけ? 確か……『怪物』になれる才能スキルで……」


 ――――シャーロットへの勧誘に気付いているということは、当然その時に俺が口走った言葉も聞いているということになるわけで。


「……あんたはそれを、是が非でも隠したいと思ってるんだったかな」


 必然奴は、シャーロットの才能スキルも掴んでいるということになる。


「な、なんでそれを……」

「『見』たんだよ。旦那の出来損ないの『目』と違って、オレの『目』は特別だからな」


 そう言ってロドヴィーゴは、両手の人差し指を目に、親指を耳に当てて、つり上げるように動かした。


「輝けるオレの才能の一つ、『全てに耳あり万事に目あり(ディストピア=クライシス)』は、目や耳と同じ働きを持つ思念体を大量に作り出す才能スキル!」


 ロドヴィーゴが指を打つと、奴の周囲に百近い眼球が突然現れた。

 何度か見てきた姿ではあるが、相変わらず不気味な出で立ちだ。

 俺の足は自然と数歩下がった。


「オレは自分から遠く離れた場所にも、この『目』や『耳』を飛ばすことができる。今朝お前らが喋っていたことは、オレに全部筒抜けだったということさ」


 そう。ロドヴィーゴ=エステラントの最も恐るべきことは、砂埃をまき散らす力でもなければ、人を殺す恐るべき猛毒でもない。

 こちらから認識することができない『目』や『耳』による、一方的な監視・偵察・調査能力。

 こいつにかかれば、あらゆる会話も、筆談も、全て丸裸にされてしまう。

 およそ罠に嵌めるような作戦というものが、こいつに対しては通用しない。


「毒が効くかどうかをチェックするためだけのつもりだったが、思わぬ掘り出し物が取れたもんだぜ」


 毒を盛られて以降は、一応発言には気を遣っていたつもりだが……まさか、朝の時点で既に見られていたとは。

 致命的な弱みを、奴に握られてしまう形になった。

 つくづく、自分の不用意な行動に後悔の念が止まらない。


「さあ。暴かれたくない秘密があるのなら、あんた! 俺の言いたいことは分かるよな! あんたの横にいる男を家から追いだすんだ!」

「……こ、こいつ……」


 俺は、うつむいたシャーロットの方に視線を向ける。

 彼女が絶望していないか、心が折れそうになっていないか心配になったからだ。

 だが、彼女が浮かべていた表情は、俺が思っていたそれとは全く違っていた――――


「……! シャーロット!」


 その時のシャーロットは、俺が今までに見たあらゆる彼女より怒りに満ちていて、醜悪に歪んでいた。

 まるで押さえきれない怒りを、さらに上の何かに昇華させたような……。


「……」


 まさかこれは……殺意じゃないだろうな!?

 まずいぞ! それは別の意味でまずい!

 シャーロットは気付いていないんだろうか!?

 もしこの目でシャーロットがロドヴィーゴをはっきり睨んでしまったら――――その瞬間、怪物になる才能スキルが発動してしまう。

 そうなれば、才能スキルをばらされるとかそういうレベルの話ではなくなる。

 下手したら彼女はもう一度、住み慣れた町を追いだされることになるだろう。


 あってはならない。

 他の何があろうとも。

 それだけはなんとしてでも避けなければならない。

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[一言] 頭おかしいサイコかと思ったら意外と話せる毒マンだった
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