26 かつて仲間だった男(5)
「殺人未遂事件ん~?」
第一声からして、これはもう駄目だという直感の方が先に来た。
「それを、僕たちに調べろ言うとん。この忙しい僕らに。現役冒険者は暇そうでええなあ」
「暇じゃねえよ! こっちだって一大事なんだよ!」
ゼルシアとアリソンを留守番に残して、俺とシャーロットはギルドの治安課受付までやってきたのだが。
最初に応対してくれた顔見知りのギルド職員、ディエゴ=エスクレスティブのあまりの塩対応に、俺たちはいきなり出鼻を挫かれてしまう。
「大体お前らこそ、毎日毎日安全な街中を」
「安全? は、面白いこと言わはるな。他の町ならともかく、ここはフレスベン。自我ばかり育ったろくでなしの冒険者が、国家の監視から離れて好き放題に生きているのがこの町や。そして、それを取り締まるのが僕らの仕事」
ディエゴはわざとらしく疲れたようなため息をつき、あっちへ行けと手を払った。
人のこと言えた義理かよこの野郎。お前だって元はそのろくでなしの冒険者の一人だったし、今は治安課きっての不良職員やってるくせしやがって。
「そして今、僕らはこの町で起きてる謎の窃盗事件の解決に忙しいんや。とてもとても、君らが持ち込んでくる得体の知れない殺人未遂なんて構ってる暇はないねん」
「受付の椅子に足乗っけて、悠然とタバコふかしてる奴の言うことじゃねえよ。大体窃盗事件ってなんだよ。そんなの殺人事件に比べたらごくごく些細なことだろうが!」
「殺人未遂、やろ? 未遂なんてこの町では別に珍しいことやあらへん。せめて誰か死んでからもってきー」
「俺が身を張らねえと大事になってたんだよ! 相手はあの、ロドヴィーゴだぞ!?」
「……!」
その時、ディエゴの細い眉が僅かに動いた。
流石にこの名前を出せば、こいつも無視はできないみたいだな。
「こいつが、ロドヴィーゴに毒を仕込まれた食材だ」
俺はディエゴの目の前に、猛毒化したタマネギを叩きつけた。
「これを食ったら、全身が痙攣し口からは泡を吹いて、やがて全身の穴という穴から体液を垂れ流して死ぬ。治療薬は少なくとも自然には存在しない」
「そんな危ないもの、ここに持ち込まないでくれへんか?」
「実物がなかったら、お前ら絶対真剣に受け止めないだろ。だから嫌がるのは承知で持ってきたんだよ」
ディエゴは口をすぼませて暫く黙り込むと、やがて姿勢を起こしてこちらに顔を近づけた。
「……ヴィンセントの言うことは分かったで。せやけど……」
そして奴は懐から鉄扇を取り出して、タマネギを突っついてこちらに転がした。
「その猛毒が、ロドヴィーゴ=エステラントによって作られたものやという証拠はないんやろ?」
「……あ、ああ……」
「せやったら、聞けへんなあ。ヴィンセントの言いがかりかもしれへんやん」
「言いがかりかどうかを調べるために、治安課の人間を寄越せと言ってるんだが」
「せやから、うちは忙しいって言うてるやろ?」
駄目だこいつ。取り付く島もない。
むしろ、わざと俺を追い返そうとしているようにすら聞こえてきたぞ。
「僕は、ヴィンセントが嘘をつく人間やないということはよく分かってる。せやけど、ロドヴィーゴのことについてもよーわかっとるつもりや。少なくとも僕は、あいつが毒を使えるなんて話は聞いたことないで」
「それは……」
『毒』について外の人間が誰も知らないのは、それが表沙汰になればなるほど弱くなる才能だから。
決して明らかにしないよう俺が強く言い含めていたし、明らかにならないよう情報操作を繰り返していたからだ。
まさか、その注意がここで足を引っ張ることになるとはな。
「だが、なんでお前がロドヴィーゴのことをよく分かってるなんて言える!? お前はあくまでライバルパーティのメンバーでしかなかっただろうけど、俺は一応十年単位であいつの仲間やってきたんだぞ!?」
「いいや、少なくとも今の君よりは分かってると思うで」
そう言うと、ディエゴは怪しい微笑みを浮かべた。
奴のその狐のような目がより一層細くなる。
「少なくとも僕は、君らの言う通りにするつもりはない。分かったら、帰るんやな」
おかしい。いくらなんでもここまで突っけんどんにされるのは意味が分からない。
現役時代、俺とディエゴは別に仲が良かったわけじゃない。当然だ。対立する別々のパーティだったんだからな。
だが俺はパーティの折衝役として表に出ることが多かったから交流もしていたし、少なくともロドヴィーゴよりは信頼関係を築けていたはずだ。
なのにこの塩対応は、いくらなんでも冒険者の情と絆というものを疑いたく――――ん?
もしかして……『そういうこと』か?
「……あ、あの。さっきから聞いてたら、ずいぶんな言いぐさじゃないですか?」
「ん? なんや君は」
俺が黙ると、代わりにシャーロットが前に出てディエゴの顔をじっと睨んだ。
「シャーロット=ハイデンです! ディエゴ=エスクレスティブさん。貴方のことは知っていますよ! 一流パーティ、『研がれた金槌』の斥候として一年前まで活躍されていた方ですよね!」
「……へえ、僕のことを知ってくれてたんや。光栄やなあ」
流石は冒険者オタク。フレスベンにたどり着く冒険者なら、半分くらいは頭に入ってそうな勢いだ。
当たり前だが、シャーロットの才能は今は発動していない。
やはり殺意を持って睨むというのは、それなりに判定が厳しめなんだな。
逆に言うと、シャーロットは昔暮らしていた村で殺意を抱くような出来事に出会っていたというわけで……一体何があったんだろう。
「ええ。色々な記事で貴方のことを読んで、尊敬していました。特に三年前に、毒蛇の滝に単身飛び込み仲間を助け出したエピソードについては、特に記憶に焼き付いています!」
「あはは! そういえばそんなこともあったなあ! 僕ですら忘れてるような出来事を覚えてるなんて、面白い子や!」
「そんな勇敢なエスクレスティブさんが、どうしてヴィンセントさんを信じてあげられないんですか!」
シャーロット。庇ってくれるのは嬉しいけど、勇敢なことと人を信じるのは必ずしもイコールでは結びつかない気がするぞ。
「シャーロット、いいんだ。駄目っぽいし、今日のところはこれで帰ろう」
俺がそう言ってシャーロットの肩を掴むと、彼女は振り返り信じられないものを見るような目で俺を見つめてきた。
「帰る……? 何言ってるんですか、ヴィンセントさん。今帰ったら、もうチャンスがなくなるかもしれませんよ!」
「何事も積み重ねが大事だ。また日を改めて来たら、話が変わってるかも知れないだろ?」
「何度来たって、僕は君たちにうんとは言わへんけどなー」
「ほらー! あんなこと言ってるー!!」
「いいから。ともかく、今日のところは一旦帰ろう」
「ちょっ……やだ! 引っ張らないで下さい!」
「はいはーい。それなら、さいならー」
その後、あくまで納得できない様子のシャーロットの手を無理やり引っ張って、俺は治安課を後にした。
帰り道、シャーロットはずっと納得できない様子で、俺の方を冷ややかな目で睨み続けてきた。
突然俺が日和ったと思われたのだろう。
それも無理はない話だ。
だが俺がこういう行動に出たのにも、一応理由がある。
その理由をシャーロットに説明してやることができればいいんだが、困ったことに彼女に説明しようとするとそれ自体がリスクに繋がる。俺が今やろうとしていることが、頓挫してしまう可能性がある。
それにしても、こんな機嫌のシャーロットと二人っきりというのはどうしても胃に悪いから、さっさと帰って他の二人やモーリス氏と合流したいな。
なんてことを考えていた俺だったが――――その数分後、ふくれっ面のシャーロットなんて何の苦にもならないほどの出会いに巡り会うとは流石に想像していなかった。
それは、唐突にやってきた。
「――――よう。相変わらず辛気くさい面してんな、旦那」
聞き覚えがある声。
聞きたくなかった声。
そんな声が俺の耳に届いたのは、ハイデン亭まであと徒歩五分程度という街路の途中でのことだった。
反射的に振り向いた俺の背後に立っていたのは、飄々とした軽妙な美少年。
ロドヴィーゴ=エステラント本人だった。
「てめえ……!」
「お? なんだい、イキナリ怖い顔をして。そんな顔したって全然怖くないからやめとけよ、旦那。みっともないぜ?」
「なんだと……」
こいつ、何をしにきやがった。わざわざこちらを苛立たせるため、煽りにきたのか。とことん性格の悪い奴だ。
だがこれは好機だ。今の俺たちにとって、ロドヴィーゴは獲物。
向こうから接触してきてくれた今は、そんな獲物を確実に仕留めるこれ以上ない良い機会だ。
「まあ、そう怒るなよ。折角しばらくぶりに元パーティ仲間同士出会ったんだし……ちょっと立ち話くらい、付き合ってくれたっていいだろ?」
ロドヴィーゴは俺を侮っている。
『殲滅団』の中でも、俺のことを最も過小評価しているのは間違いなくこの男だ。
しかし、だからこそ付け入る隙があるというのも事実。
精々侮っていろ、ロドヴィーゴ。
お前のその自惚れが、お前自身の未来を奪う致命打となる時が――――そう遠くないうちに、やってくるだろうから!




