25 かつて仲間だった男(4)
ここまでボロを出してしまえば、もはや誤魔化すのは不可能である。
俺とシャーロットは咄嗟に結託して何事もなかったかのように流そうとしたが、他の二人の追求を免れることはできそうになく。
結局観念したシャーロットの口から、彼女の才能とそれにまつわるあれこれが語られることになったのだった。
「……そ、そんなことが……」
「そう、シャロちゃんにそんなことがあったのね」
シャーロットの話を聞いて、唖然と彼女を見つめるゼルシアとアリソン。
暗い雰囲気になった部屋の中で、シャーロットが粛々と話を続ける。
「それで、私、ヴィンセントさんに冒険者に誘われたんですけど……」
「え。何それ。私そんな話聞いてないわよ」
「……あっ」
そういえば今回はアリソンに一度も話を通さず進めてたな。
「い、いや、別に内緒で話を進めるつもりはなかったんだ!」
「報連相――――! こないだも言ったわよねえ! 仲間なんだから、ちゃんと連絡しなさいってぇ――――!」
「ごはあっ!」
アリソンの頭突きが、俺の体に突き刺さった。
こ、こいつ……! 才能を使ってとんでもない威力の一撃を!
俺は強化才能持ってないんだぞ!
「……あっ、うぐあっ……」
「落ち着いて下さい、アリソンさん! 心配しなくても、私、お二人と一緒に行くことはできませんから!」
立ち上がるアリソンに、すがりつくように手を回すシャーロット。
彼女のそんな言葉に、アリソンは心外そうに眉を曲げた。
「えっ……? それはそれで困るわ!」
「だからお二人の邪魔者になったりはしな……あれ?」
「私、シャロちゃんのことを邪魔者だなんて思ったりしないわ! むしろ、シャロちゃんが来てくれたらパーティが賑やかになって楽しくなると思ってたのに!」
深く掘り下げはしないけど、さっきから失言が飛び交っている気がするぞ。
まあいい。俺はアリソンの頭突きで全身が痛いからどうせしばらくは動けそうにない。
これで骨とかは傷ついていなさそうなもんだから、アリソンの力加減は絶妙だ。
流石に、慣れているだけのことはある。
「しかし、この痛みは中々……うっ……あれ?」
その時、潮が引くように突然痛みが収まっていくのを感じた。
あっという間に痛みは消えてなくなって、平気で立ち上がれるようになる。
周囲を見渡すと、苦しそうに表情を歪めるゼルシアの姿があった。
「ゼルシア。まさかあんた……」
「……えへ、へ。ヴィンセント君が、苦しそうにしてたから……つい」
どうやら才能を使って俺のダメージを自分に移し替えたらしい。
こんな下らないことで受けたダメージなんて、吸い取る必要なかったのに。
「今回のは俺の不徳に対する罰みたいなものだぞ。あんたが持っていくほど高尚なもんじゃない」
「そ、そっか。ごめんね。でも、苦しそうな顔してるの見ると、ボク、なんだか辛くなって……」
「いや、辛くなってってゼルシア……ゼルシアの方がよっぽど苦しそうだったじゃないか」
「大丈夫だよ。ボク、これくらい……慣れてるから。あはは」
まさかこんな調子で、周りで起こったなんでもかんでも手当たり次第に吸収していたんだろうか。
ゼルシアの仲間が冒険者やめさせようとしていた理由が、日を追うごとに補強されていくな。
「いやいやいや! そんなことないって! シャロちゃんみたいな良い子、むしろうちのパーティに勿体ないくらいだから!」
「そんなことないですよ! 私なんて……才能もろくに使えないし、その他の取り柄もなにもないし……とにかく駄目駄目で、お二人についていっても何の役にも立てませんから!」
そして、向こうではアリソンとシャーロットがどこかで見たような謙遜合戦を繰り広げていた。
あれ? ひょっとしてこの場にいる面子って全員クソみたいに自己評価低いのでは?
「……」
場が混沌としつつあることを悟った俺は、手を勢いよく叩いてこちらに視線を集める。
「それはさておき! ロドヴィーゴに対抗するなら、そこから先のことを考えないとな」
「それから先のこと?」
「ただ黙って警戒してるだけじゃ、ハイデン亭に延々嫌がらせを続けられるだけだ。根本的解決のためには、問題を根から断つ必要がある」
「確かにその通りね。つまり『殲滅団』に殴り込みを掛けてくればいいってことよね!」
「ステイ。お前は本当に……ステイ!」
流れるように抜刀してんじゃねえよ。
気を抜くとすぐにエンジン全開にする暴走機関車か。
「おおっぴらに喧嘩を起こせば、冒険者資格の問題になる。俺はわざわざ、そんなリスクを取ってまであいつらに立ち向かう意味を見いだせない」
「つまり暗殺……そういうことね?」
「言葉の端々を拾うな! 大人しくしろって言ってるんだよ!」
俺の独断専行については確かに反省すべきところだが、アリソンの暴走癖についてもちょっとは反省して欲しいものだ。
「俺が言ってるのは、もっと捻った姑息なやり方だ。あまり気分の良い方法ではないんだが……」
「……一体何をするつもりなの?」
本当は、あんまりこのやり方は取りたくなかった。
ほぼ完全な敵対状態にあるとはいえ、かつての仲間に対してこういうことをするというのは大変憚られることではあるのだが――――……
「ロドヴィーゴの悪事の証拠を掴んで、それを官憲に叩きつける! そしてあいつの冒険者資格を剥奪させ、投獄に追い込む!」
「……!」
「これが最善で、唯一の解決策だと俺は思っている! 胸が痛むのは間違いないが、だが!」
「……あ、あの。ちょっといいでしょうか。ヴィンセントさん」
「なんだ、シャーロット!」
「それのどこが、胸が痛む姑息なやり方なんですか?」
シャーロットが俺を見つめる目には、大きな困惑の色が宿っていた。
あれ? 俺何か変なことでも言ったのか?
「え? なんでってそりゃお前……あいつらにいくら恨みがあったとして、冒険者資格を失うまでやるのはやりすぎかなって……」
「私思うのだけど、正直人の食べ物に毒物混ぜてる時点で即刻逮捕されるべき存在でしょ、あいつらは」
「冒険者、続けてたら……駄目な人だと思う……よ?」
言われてみればそれもそうかもしれない。
だがアリソンはともかく、温厚なゼルシアすらそう言うなんて……もしかして俺の感覚って平均から著しくズレてるんだろうか。
「でも、それで済むならそれが一番早いですね。もう解決したも同然じゃないですか」
シャーロットはにっこり笑って、階下を指し示すように指を動かした。
「うちには、毒物を撒かれた食材がまだ残っています。これをギルドの治安課に送り届ければ、それでお仕事完了ですよね?」
ギルドの治安課とは、フレスベンのような僻地の警察業務を国家に変わって担っている、冒険者ギルド内部の部署である。
治安課の職員の多くはかつて冒険者をやっていた者であり、フレスベン勤務の職員の中には顔見知りもいくらか混ざっていた。
それは俺にとってもそうだし、ロドヴィーゴたちにとってもそうだ。
「……それで済むならな」
「え?」
俺は三人に、ロドヴィーゴが操る『毒』の性質について説明した。
一度注ぎ込んでしまえば、毒と食材を分離することがほぼ不可能であることと、そもそもロドヴィーゴが作った毒だと証明する方法が何もないということを。
「……というわけで、今手元にある食材だけでは官憲を動かすには一歩足りない」
「じゃあどうするのよ! 他にいいやり方があるっていうのかしら?」
「それを今から考えるんだろうが。ともかく落ち着け。さっきも言ったけど、ロドヴィーゴはそう容易い相手では――――」
「……官憲を動かせれば、それで……いいんだよね?」
ゼルシアが、重みのある声色でぽつりと呟いた。
自然と俺たちの意識が、彼女の方へ集中させられる。
「あ、ああ……」
「何かアイデアがあるの? ゼルシアさん」
「アイデアってほどじゃない、けど……ひとまず、あの食材を、治安課まで持っていくだけ持っていけばいいと……思うよ」
「持っていってどうする? どれだけ主張したって、食材とロドヴィーゴとは結びつかないんだぞ」
「それでも、何らかの事件性が……あることは、証明できる……はず」
ゼルシアはそう言って、小気味よく笑った。
「毒とエステラントさんとの、関連性を……用意できないなら、現行犯で現場を目撃する……しかないね。だけど、ボクたちが……現行犯で、捕まえたところで……やったやってないの水掛け論になるだけだよ」
「だから治安課の人間を動かし、公平である彼らの目に犯行の現場をはっきり目撃させる、と?」
頷くゼルシア。
なるほど、それは名案だ。
少なくとも毒物となった食材を突きつけることで、治安課にこれが事件だと認識させるというのは大事なことかもしれない。
「その案、もらった。じゃあ、まずは皆で治安課を動かすところから始めるとしようか。ありがとう、ゼルシア」
「……うん。役に立てた……みたいで、良かった」
こうして俺たちは、下準備のためギルドの窓口まで毒物化した食材を持っていくこととなった。
目指すはロドヴィーゴの逮捕。必要条件は、奴の悪事を暴くこと。
勿論、向こうも黙ってこちらの動きを放置しては来まい。
「……そもそも、今の会話ですらあいつの才能で聞かれている可能性があるんだよな」
問題は山積み。まだ先は見えない。
だが立ち止まれば、今の仲間に迷惑が及ぶ。
俺は自分を奮い立たせるように、首の後ろを強く握りしめた。




