24 かつて仲間だった男(3)
ロドヴィーゴ=エステラントは四つの才能を持つ天才だ。
一つはスピード特化の身体強化才能。
一つは自分の目や耳の分身を作り出して周囲一帯を監視する才能。
一つは砂煙を操り、他人を攪乱する才能。
そして最後の一つは――――散布された対象に染み渡り、そのものをひとかけらで人を殺す猛毒に変えてしまう液体を作り出す才能。
一度摂取してしまったらその対策は、死ぬまでに物理的に摘出するか、ただ特定条件を満たした『抗体』を与えることのみ。
ロドヴィーゴの才能を知っていた俺は、万が一を考えて俺自身の体を『抗体』に変えておいた。
当然、ロドヴィーゴが外敵に対して使った『毒』が誤って仲間の口に入ってしまった時の対策のつもりだった。
それがまさかこんな形で役立つとは思っていなかったし、思いたくもなかった。
気持ちを落ち着かせた後、俺は店内に戻り、モーリス氏とゼルシアに一通りの説明を行った。
食材に毒が仕込まれていること。
その毒は現状、俺の血を与えることでしか回避できないということ。
食材にどの程度散布されたか分からないから、今日買ってきた食材は今日のうちは全部使えないと思った方がいいということ。
時間経過できちんと解毒されるかも分からないので、大事を取るなら廃棄した方がいいということ。
そうなると、今日の店の営業も難しいのではないかということ。
全ての説明を終えた後、俺はアリソンを部屋まで運んで寝かせると、部屋に残って考える。
今回、アリソンとシャーロットが毒を飲まされたのは、間違いなく俺のせいだ。
何故かは分からないけれど、『殲滅団』の連中――――少なくともロドヴィーゴは俺に強く執着しているらしい。
そうでなければ、俺が今暮らしている店の食材に毒を混ぜたりしないだろう。
俺が抗体を使って対策することも想定の上で、奴は俺の居場所を奪い取るために毒を仕込んできたのだ。
「なんで……なんで俺のことが、そこまで憎いんだよ……!」
この毒の厄介なことは、後に全く証拠を残さないということ。
俺の『目』を使って術者を見れば、毒の特性を調べることはできる。
調べていたからこそ、対処できた。
だが、それだけだ。
『人を見る目』によって得られる情報は、俺の目にしか映らない。
俺が読み取った情報が真実だと証明してくれるのは、その才能の持ち主以外に何もないのだ。
俺は今まで、才能について嘘をついたことは一度もない。
信頼を失えば、俺の才能は一気に意味を失うということはよく分かっているから。
だがそれでも、俺が言うことを誰もが信頼してくれるわけじゃない。
少なくとも『毒を仕込んだのはロドヴィーゴ=エステラントだ、だからあいつを取り締まってくれ』なんて言ったところで、官憲が取り合ってくれるはずがないのだ。
「それが意味することはつまり、俺の手では奴の嫌がらせを完全には止められないということ――――俺がこの町を出て行かない限りは」
流石にフレスベンの外まで俺を追いかけてくるとは考えがたい。
それに一人になれば、少なくとも周りに危害が及ぶことだけは避けられる。
「くそっ……」
ここで俺が冒険者を諦めて地元に帰れば、一から十まで奴らの思い通りだ。
ぎゃふんと言わせたい相手にいいようにやられるのは癪で仕方ないが、所詮は感情のこと。
俺に手を差し伸べてくれたアリソンやハイデン亭の身に危険が及ぶなら、意地を張ってられる状況じゃない。
だったら、俺は――――
「冒険者の道を諦め――――」
ノックの音がした。
俺は慌てて立ち上がり、ドアを開ける。
無効に待っていたのは、大皿を持ったゼルシアの姿だった。
「……ゼルシア。それは……」
大皿の上には、山盛りのシーザーサラダと、付け合わせのバゲット。
「食材を買い直して、改めて作ったんだ。大丈夫……毒は混ぜられていないと思うから」
匂いを嗅ぐ。
例の『毒』に含まれている、甘ったるい匂いは感じられなかった。
言う通り、毒を振りかけられてはいないようだ。
「どうして、これを……」
「店はできないとしても……ほら、ヴィンセント君、朝から色々頑張ってくれたのに……結局何も食べられてないままだな、って。だから、何かお腹に入れておいた方がいいと思って」
なんだこの人は。気配りの達人か。
これだけ気の良い人だからこそ、仲間からも相当慕われていたんだろうな。
冒険者を辞めさせたいと思っていたというのもよく分かる。
「ゼルシアだってお腹すいてるだろ? ちゃんと何か食べたのか?」
「ぼ、ボクはいいよ。才能の応用で多少空腹は紛らわせるし……」
次の瞬間、ゼルシアの腹の音が部屋に響いた。
「……あぅ」
「一緒に食おうぜ。その方がこっちとしても楽しくやれる」
それにいくら腹が減っていると言っても、こんなに沢山平らげられる気はしないしな。
「ねえ、さっき言いかけてたこと……なに?」
皿の上が空になりかけた頃、ゼルシアが唐突に呟いた。
俺の額から冷や汗が滲み出る。
「言いかけてたことって、一体」
「冒険者の道を諦める……って言いかけて、なかった?」
まずい。聞かれていたか。
「……もしかして、ボクたちに……迷惑がかかったから?」
俺は頭をかきむしりながら、吐き捨てるように頷いた。
「シャーロットとアリソンを毒殺しようとしたのは俺の元仲間で、毒殺しようとした理由は俺を排除するためだ。つまり俺のせいだ。俺がいなくなれば、ハイデン亭にもアリソンにも平和が戻る。だから……」
「……それは違うよ」
ゼルシアは静かに、されど力強い声色で言った。
「二人が殺されそうになったのは、毒を仕込んだその元仲間の人のせい。そして二人を助けたのは、君の力だ」
「……」
ゼルシアから飛び出したとは思えない圧力のある声音に、俺は思わず気圧される。
「……だとしても、俺がいなくなればこれ以上皆に迷惑がかからないのに変わりはない」
「君は、ボクの仲間が死んでしまったのは、ボクのせいなんかじゃないと教えてくれた……じゃないか」
彼女の細い指が、風にさざめく柳のように細やかに揺れ動いた。
「もしボクの……仲間の……死について……ボクがボクを、責める必要が……ないと、いうのなら。今日の毒のことについても、君が君を責めるようなことは……あってはならない」
そして彼女は空になった皿を小脇に抱えて、勢いよく立ち上がり微笑んだ。
「なんて。毒を飲んだわけじゃないボクが言うのは、変な話だけど。でも少なくともボクは……君が、昔の仲間の嫌がらせに屈するところなんて、みたく、ないかな」
「そうです! 私だって!」
いつの間に来ていたのだろうか。
ゼルシアの後ろから、シャーロットがひょっこり顔を出した。
眉をつり上げて、なんだかとても腹立たしげだ。
「シャーロット……」
「ヴィンセントさん! 助けてくれてありがとうございます! ヴィンセントさんがいなかったら、私たち、ひょっとすると死んじゃってたかもしれません!」
「でも俺がいなかったら、そもそも殺されそうになることもなかったわけで……」
「毒を仕込んだ人自身がいなくなったなら、ヴィンセントさんが悩まされることもなくなりますよね!」
「それはそうだが、しかし……」
なおも言葉を続けようとした俺の頭が、後ろからむんずと掴まれる。
振り向くと、起き上がったアリソンが細い目で俺を睨んでいた。
「……あ、アリソン……」
「ガタガタ言い訳してんじゃないわよ……あんたがそんな舐めたことを言い続けるなら、私は直接『暁の殲滅団』のいる部屋に殴り込みをかけるわよ!」
「な、なんでだよ!」
「私自身の鬱憤を晴らすためよ! 話を聞いてたら、あのクズ共のためにこっちはあれやこれやと面倒ごとばかり……私、本当にむかついてるんだから!」
そんな直情的な。
いや、アリソンはそういう奴だった。
「落ち着けアリソン。それだけは勘弁してくれ」
じわじわと元仲間に対する情が薄れつつあるのは事実だが、それでもアリソン一人じゃ勝てっこないのは変わらない。
俺が両手を握って首を振ると、アリソンは呆れたようにため息をついた。
「そう。だったら私たちに、言うべきことがあるんじゃないかしら?」
「言うべきこと……?」
何のことだろう。首をかしげていると、間もなくアリソンの頭突きが俺の顔に飛んできた。
「あいたぁっ!!」
「元仲間にストーキングされてます! 鬱陶しいから追い払うのを助けて下さい! でしょ!」
「……!」
俺は振り返り、シャーロットとゼルシアの顔を見る。
どちらも俺の方を見て微笑んでいた。
「ボクも……できることは、手伝うよ。ヴィンセント君には、色々お世話に……なったから」
「私も協力します! 何ができるかは、分かりませんけど……」
「……三人とも、冷静になれ。相手は即死毒使いだぞ!」
「それが何かしら。エステラントを怖いと思う気持ちより、むかつくからぶっ飛ばしたいって気持ちの方がよっぽど強いって言ってるのよ」
「そうだね。ボクは、むかつくというより……ヴィンセント君が、嫌な目に遭うの……見過ごせない、だけだけど」
こ、こいつら……。
どこまで人間ができているんだ!?
本質的には赤の他人に過ぎない俺のためなんかに、ここまでやってくれるだなんて!
ちょっと俺の中の常識では計り知れないほどの善意を感じる。
ああ、俺は最初の仲間にこそ恵まれなかったかもしれないが、その代わりに本当に素敵な人々との縁を繋いでもらえたんだな。
思わず泣きそうになったが、今は我慢だ。
「本当に、手を貸してくれるんだな……? ロドヴィーゴの嫌がらせを辞めさせるのを……!」
「勿論よ。というか、やめさせないと貴方ここを出て行くつもりでしょ? それが私には一番許せないのよ!」
「じゃあ……頼む。あいつらを追い払うまでの間、もう少しだけこの家にいさせてくれ」
俺がそう言うと、ゼルシアは自信ありげに笑顔を浮かべて、自分の胸を拳で押さえた。
「勿論……だよ。やっつけるために、才能だって……なんだって、使ってあげるつもりだから」
シャーロットも、大げさなくらいに頷いた。
「はい! 私は、流石に才能を使って化け物になるのはちょっと無理ですけど……」
「二人とも、ありが……――――」
――――――……。
ん? シャーロットお前、それ言って良い奴なの?
「……え? 化け物?」
「シャロちゃん、化け物って何?」
シャーロットの才能について知らない二人は、当然彼女の発言に食いついていく。
シャーロットは目をぱちくりさせた後、怯えたような目で俺の方を見た。
「あ……あれ? う゛ぃ、ヴィンセントさん? ゼルシア姉とアリソンさんにも、私の才能のこと伝わってるんですよね……?」
ああ、伝わってるだろうな。
今お前が言ったから。
「……いや。その。なんだ。知られたくないことだと思ってたから、二人には言わずに黙っておいたんだが……」
「ああああああっっっ!」
愕然と腰を抜かし、その場で手をついて悶えるシャーロットを見ながら、俺も頭を抱えた。
詳しく言ってなかった俺にも責任あるけどさ……やっぱりこの子、結構抜けてるところあるだろ。




