22 かつて仲間だった男(1)
早朝。開店の三時間前。
俺はシャーロットと二人で、厨房近くのテーブルに座って留守番をしていた。
、明け方帰ってきたモーリス氏と合流して市場の方に買い出しだ。
「なあシャーロット」
「なんでしょうか、ヴィンセントさん」
「今日は随分と元気がないようだな」
「……お腹が、空いちゃって……」
シャーロットは、起きてからずっとテーブルにうつぶしている。
理由は昨日から何も食べていないから。
突然の客の殺到を受けてありとあらゆる食材を客に振る舞ったため、俺たち住人が食べる分すらなくなってしまったのだ。
俺やアリソンは現役冒険者で空腹なんて慣れっこだし、ゼルシアもブランクがあるとはいえ元冒険者。
だが、ペーペーの一般人であるシャーロットの場合はそうはいかない。
昨日の昼から誰よりも甲斐甲斐しく店内を走り回って働いていた彼女は、昨晩の時点で実はかなりお腹がぺこぺこだったらしく、起きてきた頃にはろくに身動きできないほど参っていた。
「皆が帰ってきたら、いの一番に料理作ってもらおうな」
「……はい」
俺は重たい息を吐き出してから、シャーロットに静かに問いかける。
「なあ、シャーロットよ」
「なんでしょうか、ヴィンセントさん」
「お前――――自分の才能には気付いてるのか?」
「……!?」
シャーロットの肩がびくりと震える。
一晩考えたが、間怠っこしい探り合いはやっぱり俺の性分じゃない。
だから、真っ正面からぶつかって本音を聞き出すことに決めた。
「わ、私の才能……ですか?」
そして、シャーロットのこの反応。むくりと起き上がり、俺の方をじっと見て目を瞬かせた。
何も知らないならここまで過敏に反応することはないだろう。
やはり彼女は、自分の才能が何なのかを知っている。
「え、えっと、実は見つけられていなくて……」
「変身する才能」
「……!」
シャーロットのごまかしをかき消すように、俺は次々と畳みかけていく。
「悪いな。うっかり見てしまった。そういう才能、持ってるだろ?」
「……」
再び顔を伏せ、もじもじと体を揺らすシャーロット。
「なんで……それ、知ってるんですか……」
「そんなの、俺の才能を知ってれば当然のように分かるだろ」
「……そうですよね。『人を見る目』、持ってるんですもんね……」
シャーロットは体を起こすと、疲れ切った息を吐いた。
「……本当は、ヴィンセントさんたちに知られないまま、別れられたら最高だと思ってたんですけど。でも、バレちゃったなら仕方ないですね」
「興味本位でシャーロットの才能を覗いたのは悪いことをしたと思ってる。済まなかった」
「いえ。何も言わず、なあなあで誤魔化そうとしていた私が悪いんです」
健気で、決して相手のことを否定しない。
シャーロットは本当に、この歳で人間がよくできた良い子だ。
それはそれとして……シャーロットにとっては、やはりその才能はなかったことにしたい代物だったのだろう。
「……ヴィンセントさん。私の才能、どこまで把握してるんですか?」
「シャーロットが『醜い化け物』に変化するということと、その効果で非常に強くなるってことくらいかな」
俺がそう言うと、シャーロットは魂が抜けるような深い深いため息を吐いた。
「醜い化け物……あはは……そうですよね、やっぱりそうですよね……」
「あっ、いや。俺は実際に見てないから本当に醜いかどうかは知らないんだぞ! ただ、才能の説明に醜い化け物って書いてあっただけで……」
「つまり定義レベルで不細工ってことじゃないですか! ああもう嫌だ――――! 恥ずかしいです――――!!」
そして、また机にうつぶすシャーロット。
そこまで気にすることかとも思うが、やっぱり思春期の女の子にはデリケートな問題なんだろうな。
「ろくでもないことにしか使えない才能持ちなんて、世の中に一杯いるぞ。それに比べたら、いざというときの護身に使えるだけ大分便利じゃないか!」
「こんなもの……護身にだって使いたくないですよ。使ったが最後、周りからの目が変わりますもん」
一応フォローを試みるが、励ましにはならないだろう。
事実、シャーロットの周りに漂うどんよりとした空気は元のままだ。
「……ヴィンセントさん。私たち親子がフレスベンにいる理由、ご存じですか?」
「え? いや。知らないが……」
「私が才能をうっかり発動させてしまい、元々住んでいた町にいられなくなったからなんです」
「……!」
想定外。
まさか、過去にその才能で嫌な目に遭ってきたことがあったなんて。
しまった、完全に浅慮だった。思春期とか、そういうレベルの問題じゃなかったんだ。
今回は俺、完全に自分から地雷踏んでしまったぞ。
「知っていますか? 才能を持つのは、何も人間だけじゃないらしいですよ。町の外の異界に住む魔物の類も、時に魔物独自の才能を持つらしいです」
知っている。そんな魔物たちを相手に、これまでも冒険を続けてきたからな。
「私、そんな魔物の類じゃないかと誹られました。あんなに気味の悪い姿になる奴が、人間であるはずがない。人間が化け物になったんじゃなく、化け物が人間のふりをしていたんだって……」
シャーロットの手が、僅かに震えているのが分かった。
俺が声をかけようとしたら、勢いよく体を起こした彼女は、頭を掻きながら気持ちのこもらない微笑みを浮かべた。
「酷いですよね! あはは! まあ、私には否定することもできないんですけど! どこかで人間の女の子とすり替えられていても、私には到底分かりませんし!」
「……違う」
気付けば俺は、立ち上がってシャーロットの頬を両手で掴んでいた。
「むごっ!?」
「お前は魔物なんかじゃない」
「な、なんでそんなこと……」
「俺の『人を見る目』には、魔物と人間を見分ける力があるからだ」
『目』で人間を見た時浮かび上がる光る文字列は、深い緑色だ。今、シャーロットの胸元にも、そんな緑色の文字列が並んでいる。
だが魔物を見た時、浮かんでくるのは薄い赤色の文字列。
魔物と人では、根本的に見え方が違うのだ。
「俺の『目』が見抜けることは高がしれているが、見抜ける範囲では決して嘘をつかない。だからシャーロット。お前にはっきりと現実を告げてやる。お前は、歴とした人間だ!」
シャーロットは何度も目をぱちくりさせた。
俺はシャーロットから手を離す。
「……あ、ありがとうございます……」
もっと元気になってくれるかと思ったが、いまいち反応が芳しくないな。
やはり空腹で元気が出ないのだろうか。
「そして、人間ついでに一つ提案があるのだが」
「……え?」
「うちのパーティに入る気はないか? シャーロットなら、きっと優秀な冒険者になれる」
俺がそう問いかけると、シャーロットは目を丸くした後、頬を染めた。
「えっ、ええっ!? 私がですか!?」
「ああ。シャーロットの人格面が優れているのは分かっているし、アリソンだってきっと喜ぶぞ」
人格面を一切考慮せず作った一代目最強パーティからは追いだされた。
二の轍は踏まないよう注意しないといけないからな!
「う、嬉しいです。まさかヴィンセントさんが、私のことをそんな風に評価してくれているなんて……」
しばらく照れるように体をくねらせた後、シャーロットの目に陰りが宿った。
そして彼女は俺の方をまっすぐに向くと、またさっきの冷え切った表情で無理に微笑んでみせた。
「……でも、大丈夫です。まだハイデン亭は落ち着いたとは言えませんから、父の手伝いをしないといけませんし……それに」
シャーロットは肩をすくめて、天井の方に視線を送った。
「私に、他の才能があるわけじゃないんですよね?」
「……まあ、そうだな」
「つまり、冒険者としてお二人の役に立つには、化け物に変わる才能を使わなければならないということですよね」
「……それは、そのつもりだが」
普段は間の抜けた雰囲気のシャーロットだが、今日は妙に鋭いな。
きっと地頭はいいんだろう。
それとも、普段はあえてお気楽なように振る舞っているのか――――感情を無闇に高ぶらせないために。
「……だったら、私がお二人の仲間になっても、きっと役に立てないと思います。だって私、もう二度とあんな才能使いたくありませんから」
ローズマリーとにらみ合ったときも、シャーロットの才能は発動しなかった。
それは多分、彼女が精神力で怒りを殺意に昇華しないよう押さえ込んでいたから。
脳天気でお気楽な性格をしているように見えた彼女の中にも、色々渦巻いてるものがあったんだ。
「……シャーロットは、冒険者に憧れてたんじゃないのか?」
「私にはなれないものだから、憧れていたんですよ」
シャーロットは立ち上がると、おぼつかない足取りで奥の部屋へと歩いて行った。
「さ、流石にもうすぐ帰ってくると思います。そろそろ準備を……進めましょう。私、アリソンさんを起こしてきますね」
俺は去って行った彼女を目で追いながら、自分もおもむろに立ち上がった。
そうか。少なくとも今の彼女には、冒険者になるつもりはないということか。
シャーロットの内側に隠れた闇も、思ったより随分と大きかったらしい。
しかし俺は決めたぞ。
シャーロットが自分の才能で過去にそんな嫌な目に遭っていたなら、その分良い目にも遭わないと不公平じゃないか。
醜い化け物がなんだ。モンスターに変身する力だって、シャーロットの立派な才能の一つじゃないか。
それをなんで、彼女自身から否定しなきゃいけないんだ。
別に誰を傷つけたわけでもないのに。
だから俺は、シャーロットが抱えた才能へのトラウマを克服してみせる。
そして必ず俺のパーティに入ってもらう。
これは決定事項だ。何があろうと変えるつもりはない。
「アリソンには、ゼルシアの時は諦めたのになんて笑われるかも知れないが――――」
ゼルシアと違って――――少なくともシャーロットは、本心では冒険者になってみたいと思ってる。
その気持ちがあるかどうかは、無茶苦茶大きい。




