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21 少女の中身

 仮定の話をする。

 恐らく、ゼルシアの仲間たちは前々から彼女に冒険者をやめさせたがっていたのではないだろうか。


 彼女はかつてのパーティを幼馴染み同士の集まりだと言った。

 それは冒険者パーティとしては非合理的な腐れ縁が、その当時まで継続していたということを表している。

 気性が明らかに冒険者向きではないゼルシアなどは、その典型的な例だ。

 そしてパーティの仲間は、人格面では不向きながら才能スキルと強靱な精神力のおかげで冒険者をやれてしまっているゼルシアを、どこかのタイミングで一線から退かせたいと考えていたのではないだろうか。

 そしてくだんの事件が起こったのは、そんな最中のことだったとすれば。

 自分たちが死ねばゼルシアが冒険者から解放されると思ったパーティメンバーは、あえて死に逆らう事をせず、モンスターに殺される道を選んだのではないか――――と。


 馬鹿げた仮定だが、あり得ない話ではないと思う。

 そしてもしその仮定が本当に正しければ――――ゼルシアを誘うという話はなお一層遠ざかることになる。

 何しろ、幼馴染みたちが命を賭してまでカタギに戻したほどの女だ。

 今更俺たちみたいな知り合って間もないだけの冒険者が、引きずり戻していい相手じゃないよな。






 それはさておき。

 シャワールームでの一悶着があった、三十分後。


「……落ち着いたか?」

「う、うん……ごめんね、色々迷惑掛けて……」

「気にするな。取り乱すようなことを言ったのは俺の方だ」


 ハイデン亭の裏口に置かれたベンチに座って、俺はゼルシアと再び向かい合っていた。


「……ヴィンセント君、ありがとう」

「何が」

「二年前のこと……ヴィンセント君が、教えてくれなかったら、ボク、きっと、最後まで知らない、ままだった」

「知ってどれだけ意味があったかと思うと、言わない方が良かったかもしれないけどな」


 もっと気楽になれるようなどうしようもない理由だったら良かったんだけどな。

 ゼルシアのことを周りが気遣った結果の死亡と思うと、


「う、ううん……! そんな、こと、ないよ……! ボク、本当のことを知れて、不思議と……心が、軽くなったような気がしたんだ」


 ゼルシアは、水の入ったカップを両手でそっと握りしめた。


「分からない……ままよりは、はっきりと……分かった方が……いいね。知らないままだと、皆が最後、どんな気持ちでいたのかも……分からな、かったから」

「あくまで俺の想像だぞ」

「うん、それでも……いいんだ」


 よく分からないが、ゼルシアが納得できて、彼女の気持ちが少しでも晴れたなら、よしということにしておこうか。


「ところで、ゼルシアよ。一つ聞いてもいいか?」

「へ? な、なに……?」

「なんであんた、わざわざシャワールームに乱入してまでこんな話をしにきたんだ?」

「……あ」

「ただパーティに入りたいっていうだけのことなら、別にシャワールームに突っ込む必要はなかっただろ? 何か別に、人目を避けなければならない話があったんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、ゼルシアはあたふた手を動かしながらあたりをきょろきょろ見渡し始めた。

 どうやら図星だったらしい。


「そ、そうだった。わ、忘れてたよ。え、えっと……こ、ここで話した方がい……いいのかな?」

「アリソンは手伝い疲れでもう寝たみたいだし、シャーロットはゆっくりシャワーを浴びるタイプのようだからあと一〇分は出てこない。話すなら今がチャンスだぞ」

「う、うん……」


 咳払いした後、ゼルシアは探るように喋り始めた。


「その、君たちは、今後もパーティメンバーの候補を……探し、続けるんだよね?」

「ああ、そうなるだろうな」


 フレスベンの外にある探索領域は超弩級の危険地帯。

 アリソン=アクエリアスという特級の主戦力を擁するとはいえ、二人で飛び込めるほど生やさしい環境じゃない。

 できれば回復術師ヒーラーを含めた四人くらいは顔ぶれを揃えて臨みたいところだ。


「あ、当ては……あるの?」

「今のところはないな」

「そ、そっか……だったら、良かった」


 ゼルシアは居住まいを正すと、俺の方にまっすぐ視線を合わせてきた。

 先ほど、『完全看破』を使おうとして目を合わせた時よりも、その視線には力がこもっているように感じられた。


「じゃ、じゃあ、ボクから君たちに、一つ、お願いが……あるんだ」

「お願い……? ああ、別に心配しなくても、これ以上ゼルシアのことを誘って困らせたりは――――」

「シャロちゃんのことを、誘ってあげて欲しい」



「……へ?」



 正直、青天の霹靂だった。

 シャロ……シャーロットを? 冒険者に?

 言われてみれば、なんで今まで思いつかなかったのかというくらいアリな選択肢だ。

 彼女はポジティブで前のめりで、なにより冒険者に憧れている。

 性格的な適性は、アリソンと遜色ない。

 加えてシャーロットがハイデン亭でやっている仕事は、言っちゃ悪いが誰でも出来る仕事で、ゼルシアよりは替えが効く。

 だが、思いつかなかったのには思いつかなかっただけの理由があるのもまた事実。

 何しろ彼女は――――


「シャーロットはハイデン亭のことを誰よりも大切に思ってるはずだ。これから再び盛り上がろうって時に、俺たちが連れ出しちゃまずいだろ。本人も、出たがらないと思うんだが」

「……うん。そう、だろうね。そう言うと思う。少なくとも表向きは。だからこそ、年長者のボクたちが、あの子の代わりに、言ってあげないといけない」

「遠慮してる、ってことか」


 ゼルシアは小さく頷いた。


「あれだけ冒険者が大好きなあの子が、冒険者になりたくないわけ、ないよ。自分から名乗り出ないのは、店のことを心配している……から。でも誰かが背中を押してあげないと……きっとあの子は、ずっと同じことを繰り返すと思う」


 それに。と、ゼルシアは俺の目に向けてウインクした。


「シャロちゃんが……冒険者になれなかった理由は、もう一つある。それは、まだあの子が自分自身の才能スキルを見つけられていないから」

「……!」

「きっと、自然に生きているだけでは発動しない才能スキルなん、だと、思う。でも……見つけていない才能スキルはないのと同じ。一時、ハイデン亭が落ち着いていた頃……顔見知りの、冒険者パーティに、声をかけてたらしいけど……」

「!」


 俺は思わず、シャーロットと初めて出会った公園での出来事を思い出した。


「どこの冒険者パーティも、シャロちゃんのことを……拾ってくれなかったんだって」

「ま、まあ、無能力者はな……」


 かつてのアリソンが。そしてついこの間の俺が。

 どんな扱いを受けたかを考えれば、それをさらに下回る境遇のシャーロットがどういう扱いを受けるかは想像に難くない。


「もしかしたら、シャロちゃんが冒険者になりたいって言わないのは、その時に辛い思いをしてきたから、なのかもしれないね。だけど」


 ゼルシアの細い指が、俺の鼻先に突きつけられた。


「君なら、シャロちゃんのそんな闇を吹き飛ばすことができるはずだ。君のその、『人を見る目』の力があれば」


 そして彼女は、俺が初めて見るほど屈託のない笑顔を浮かべた。


「ボクのことを助けてあげたみたいに……さ。今度はあの子のことを助けてあげてよ」

「……」


 俺としても、有力な仲間候補が得られるならそれに越したことはない。

 フレスベンでは、そもそもパーティに入ってくれるフリーの人材自体が不足してるからな。

 それに――――自分の才能スキルが分からなくて困っている奴がいるなら、それに手を差し伸べないのは俺じゃない。

 俺、ヴィンセント=オーガスタの原点は、才能スキルに振り回される人々を助けることにあるのだから。


「ああ。どれだけのことができるか分からないが、やれることはやってみるよ」


 シャーロットの才能スキルが優秀かどうかは分からない。

 もしかしたら、取るに足りない才能スキルしか持っていないかも知れない。

 それでも、全くの無意味な才能スキルなんてないし、知るということに意味はあるはずだ。






「あれ? お二人とも、一体どうしましたか?」

「いや別に? 深い意味はないんだが……」

「……ぼ、ボクたちはただ、シャロちゃんを迎えてあげようと思っただけだよ」

「私シャワー浴びてただけですよ!?」


 そんなわけで、ゼルシアと二人でシャワールームを出たばかりのシャーロットを迎え撃った。

 風呂上がりの彼女は、長い桃色の髪をタオルでグルグル巻きにしてまとめていた。


「そうか。シャワーを浴びてるだけだったか……だったらいいんだ」

「ヴィンセントさんは私のことを何だと思ってるんですか……?」


 安心したように頷きながら、俺はシャーロットに向かって『目』の力を発動させる。

 この才能スキルの便利なところは、外に全くエフェクトが出ないから外からは才能スキルを使っていることが全く見えないということだ。

 『完全看破』しようと思ったら不自然な動きになるが、『簡易看破』でよければその必要もない。

 そして大枠を掴むだけなら『簡易看破』でいいわけで――――ん?

 こ、この才能スキルは――――。


「……それにしても、良かったです」


 俺が目の前の文字に愕然としていると、不意にシャーロットが口を開いた。


「え、何が?」

「ヴィンセントさんと、ゼルシアさん。数日の間に、すっかり打ち解けたみたいで」


 何をいきなりと思ったが、そういえばそうだった。

 俺とゼルシアとのファーストコンタクトは、決していいものとは言えなかったな。


「あー……」

「私、お二人が最初に険悪な感じで別れたの、地味に気にしていたんですよ? でも、こうして一緒に私のこと迎えに来てくれたってことは仲良くなれたみたいで! 私、とっても嬉しいです!」


 そう言ってシャーロットが浮かべたキラッキラの笑顔に、俺とゼルシアは同時に心臓を撃ち抜かれた。


「……くっ、なんて眩しいんだ!」

「ごめんね……普段から迷惑、かけてる……のに、塩対応で余計な心配まで、させて……!」


 いかん。このままこの場にいると余計なことを口走りそうだ。

 取りたい情報は取れたし、ここは一時退散としよう。


「それじゃ、俺たちはこれで! シャーロットも遅くならないうちに寝ろよな!」

「ええっ!? 今来てもう行っちゃうんですか!? なんのために私を迎えてくれたんですか?」

「な、なんのため……だろうね? と、ともかく、お休み……!」


 要らぬことを勘づかれる前にと、俺はゼルシアの手を引いてその場をそそくさと離れていった。

 そして。




「で、どう……だった? シャロちゃんの、才能スキルは……優秀だった? それとも――――」


 廊下を歩きながら、ゼルシアが聞く。

 前を歩く俺は、彼女に背を向けたまま息を吐いた。


「優秀だったよ。ある意味ではな」


 背を向けていても、ゼルシアが表情を華やがせたのが伝わってきた。

 根暗で陰気な性格だと思ってたけど、あれで中々意外と感情表現が豊かだな、ゼルシア。


「そ、そうなんだ! 良かったね。だったら……」

「だが、誘うことはできない」

「な、なんで……?」

「何故って……それは、言えない」

「ええ……? どういうこと……?」

「色々事情があるんだよ。とりあえず今日のところは寝るんだ。いいな?」

「……納得、できないん、だけど……」

「いいから」

「……わ、分かったよ」


 俺の言外の圧を感じ取ったのか、ゼルシアは不承不承引き下がって部屋の中に戻っていった。

 さて……と。

 自分の部屋に戻った後、俺はついさっき見たシャーロットの才能スキルについて思い返す。


「……この展開は、完全にノーマークだった」


 思えば、不思議な話だった。

 冒険者に憧れているシャーロットにとって、自分の中に隠された才能スキルは是非とも知りたいもののはず。

 にも関わらず、あいつは俺の『目』について知った後も、一度だって自分を見て欲しいとは言わなかった。

 だが彼女の才能スキルを見た途端、俺は不思議とそれに納得してしまった。


「……そりゃ、知られたくないよな。年頃の女の子が……」


 彼女が持っていた才能スキルはこうだ。


【自分を一時的に醜く強大な化け物に変える】


 具体的にどんな化け物かは分からなかったが、『簡易看破』で醜いと称される以上、相応に醜いのだろう。

 そしてその発動条件は、殺意を持って誰かを睨むという、ただそれだけ。


「……多分あいつは、この才能スキルの存在に気付いている。その上で、見て見ぬ振りをしているんだ」


 こんな簡単な条件だ。うっかり発動したのは間違いなく一度や二度じゃないし、自分がどういう条件で『変身』するのかも自然と理解しているだろう。

 それでもシャーロットがその才能スキルの話をしないのは、きっとそれをなかったことにしようとしているから。

 醜い化け物になる才能スキルなんて、花も恥じらう年頃の彼女が認められるわけがない。

 変身能力は見なかったことにして、その上で眠っているはずの別の才能スキルに自分の活路を見出そうとしているということなのかもしれないが――――


 だが、それは無駄な努力だったと言わざるを得ない。

 何故ならシャーロット=ハイデンの中に眠っている才能スキルはそれ一つきりしかないからだ。


「怪物に変身する力――――……具体的な性能については未知数な部分も多いにせよ、決して冒険者やれない才能スキルじゃないと思うんだが……」


 もし彼女が本当にその力を忌み嫌っていたならば、その話題は地雷だ。

 自分を慕ってくれている可愛い恩人の女の子のハートを無闇に傷つけるような真似はしたくない。


「とはいえ、もし気にしてなかったら誘えるはずの優秀な人材をみすみす逃がすことになるわけで……うーん……!」


 とりあえず明日、ちょっと探りを入れてみることにするか。

 後のことはそれから考えよう。

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