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20 傷跡の在処(後編)

 まばたきを一度。

 それで『完全看破』によって暴いた情報は俺の視界から消え、再びゼルシアの体が露わになる。

 彼女は不安そうにこちらを伺っていた。


「見つけたって、その……何を……」

「あんたの仲間が死んだ理由だ。単刀直入に言うと、彼らは自分から死を選んだということになる」

「――――へ?」


 何を言っているのか分からない。

 そう言いたげに、ゼルシアはしきりに目を瞬かせた。

 そうだろうな。彼女はきっと、思いもしていないだろう。


「まず『完全看破』で分かったあんたの才能スキルの隠された機能を教えよう。あんたの二つの才能スキルのうち、傷を移し替える才能スキルの方には、こんな隠された条件があった」


 シャワーで濡れた体が乾いてきて、少し肌寒くなってきた。


「『傷の持ち主が移し替えることを拒否した場合、この才能スキルは使えない』――――ってな」

「え、えっと……それってつまり……」

「使えなかった理由はゼルシアの方ではなく、ゼルシアの仲間にあったってことさ。向こうが移し替えを拒んだんだ」


 ゼルシアは理解できなさそうに、首をかしげる。


「……な、なんで? あの場で移し替えないと……死んじゃうのに……?」

「まさかそんなことが発動条件だとは知らないだろうからな。ただ、『傷を移したくない』と心の中で思い浮かべたせいで、そのまま形になって出てしまったんだろう」

「それにしたって、なんで!?」


 ゼルシアは愕然とした表情で、頭をぶんぶんと振り回した。


「お、おかしいよ、そんなの! ぼ、ボクが傷を受け入れなきゃ、皆、し、死んじゃうよね!? 死んじゃった、よね!?」


 理由を想像できないということが、尚更原因が彼女にないという仮説を補強していた。

 きっと彼女は苦にもしていなかったんだろう。

 仲間のために役立てることが誇りで、そのためなら傷を受け入れることくらい、なんでもないことだと思っていたんだろうな。


「ぼ、ボク、知ってるよ。ボクの仲間たちに、だ、誰一人、死にたがってる人なんて、い、いなかったってこと! 小さい頃の付き合いで、ずっと友達だったんだから!」

「……まあ、普通はそうだろうな」


 幼い日からの友達だったなら、ゼルシアが『ああなる』姿を嫌というほど見てきたはずだ。

 だったら尚更、移し替えたくないと思う気持ちはよく分かる。


「だったら、全部ボクに集めればいいはずじゃん! ボクなら、何をされたって死なないんだから! どれだけ傷ついたって、ボクが――――」

「その過程でゼルシアが傷つくのが、仲間たちには耐えられなくなっていったんだと思う」

「……!」


 はっと、息を呑むゼルシア。


「ゼルシアの才能スキルはゼルシアが傷つくこと前提だ。いくらすぐに治るとは言っても、痛みはあるし、一度にあまりにも多くの傷を受け入れたら死ぬことだってあるんだろう?」

「……べ、別に、ボクはこれくらい、平気なのに……平気だったの、に……」


 ゼルシアの手が震える。


「だから、感情論なんだろうな。ゼルシアの仲間も、理屈の上では理解していたはずだ。ゼルシアが傷を負う今の仕組みが、パーティのためにどうしても必要なものなんだと。だが……」


 内心までは、理屈で制御できないよな。


「考えちゃったんだろうな。自分のために傷つくゼルシアを見たくないって、理性ではなく感情で。それで才能スキルが上手く作用しなくなって、傷が吸い取れなくなった」

「で、でも、全員同時にって、おかしい……よ! 今まで、そんな兆候、一つもなかったのに……!」

「裏で密かに相談してたんじゃないか? ゼルシアが怪我しなくても済むような方法を見つけたいと思っていた……とか」

「……」


 俺を追い出す話が、俺の知らないところで勝手に進行していたのと同じようにな!

 とか言ったら流石に台無しすぎるので言わない。


「前日にこっそりそんな話をしていたせいで、全員にゼルシアを怪我させたくないという認識が強まり、拒絶の精神が才能スキルの発動を阻害するまでに至ったと……あくまで推測だが、ゼルシアのパーティを襲った悲劇の原因はそんなところだろうな」


 これはあくまで、推測に推測を重ねた仮説未満のようなものでしかない。

 下らない妄想だと、跳ね返されることも覚悟していた。

 だが、ゼルシアは納得できないながらも完全にははねのけられない様子で、しばしその場で固まった。

 恐らく、心当たりがあったのだろう。


「そういえば、皆……よく言ってた。『ゼルシアに冒険者は似合わない』って。まるで……ボクに、冒険者を、辞めさせたがっているみたいだった」


 なるほど。言われてみれば、彼女の内向的な性格自体は、冒険者向きではないように思える。

 誰かのためならどれだけ傷ついたって構わないという無私の精神は、自我の極致のような冒険者とは対極の資質と言えるかもしれない。


「まさか、皆は……ボクに、冒険者を辞めさせるためだけに……自分から、死ぬことを」

「いや! いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないだろ!」


 顔を青くしていくゼルシアを宥めようとしたら、咄嗟にちょっと口が滑った。

 会ったことのない相手を馬鹿というのはやりすぎだったか? と思ったが、少なくともゼルシアの意識は逸らせたようなので良かった。

 変に勘違いして思い詰められても困るからな。


「馬鹿……って?」

「あー……いや。別にゼルシアの仲間が馬鹿ってわけじゃなくてだな。仲間たちは才能スキルの発動条件を知らないから結果としてそうなっただけで、命を捧げようと思ってやったわけじゃないと思う。ゼルシアのことを心配しているうちに、最後まで才能スキルが発動しなかっただけだ」


 俺は咳払いしてから、ゼルシアの顔をまっすぐに見つめた。


「ただ一つ、間違いないことは……あんたの仲間たちは、死ぬ直前までずっとあんたのことを気に掛けていたってことさ」

「……あはは、何それ」


 ゼルシアは乾いた笑いを浮かべた後、ぽたぽたと大粒の涙を落としはじめた。


「……馬鹿だよ、みんな。大馬鹿だよ……!」


 崩れるようにその場に倒れるゼルシア。

 俺はそっと彼女を支え、抱きかかえる。

 すすり泣く彼女の背中をさすってやると、痙攣するように何度も震えた。


「……うっ、ううっ……」


 あともう少し、仲間たちがゼルシアに冷たければ。

 後もう少し、ゼルシアが我慢強く優しい女性でなかったなら。

 この悲劇は起こらなかっただろうと思うと、なんだかやるせない気持ちになる。

 彼女の仲間が死んだのは、いわば下らない巻き込み事故のせいのようなものなんだから。


 才能スキルは人の世界を彩り豊かにしてくれるけど、一方で誰もが才能スキルがある前提で行動するものだから、思わぬところで足下をすくわれることもある。




 ――――ところで、俺は全裸だしゼルシアも裸同然なんだけど、この状態で抱き合うのは流石にちょっとまずくね?


「うっ、ううっ、うわああんっ……!」

「お、おい! 流石にそんな大声で泣くのはまずいって!」


 っていうかそもそも、ゼルシア(こいつ)なんでシャワールームに乱入してきたんだっけ!?

 今のところ必然性をまるで感じないんだけど!


「あんまり大きな声を出すと――――」

「ヴィンセントさーん! そろそろシャワー終わりましたー?」

「ほら来た――――!」


 シャワールームで裸の男女が抱き合っているところを見られたら、誰もがこう考える。

 そんな場所で盛ってんじゃねえと。

 最悪この家を叩き出されてしまうだろう。


「ちょっ、ちょっとだけ! あとちょっとだけ待ってくれ! すぐに終わるから!」

「おや、おかしいですね。ルームの中からゼルシア姉の声が聞こえた気がしたのですが」

「うわああ(シャ――――――――)んん!!」


 俺は慌ててシャワーを全開にしてゼルシアの声をかき消した。


「な、なんのことだろうか! 多分シャワーの音と聞き間違えたんだと思うぞ!」

「そうですか――――? そんなこと、ありますかね!?」

「あるある! 俺なんて二日に一回はシャワーの音と人の声を間違えるぜ!」

「それもどうかと思いますけど! 病院行った方がいいんじゃないですか――――!!」

「とにかく、今は立て込んでるからもうちょっと後にしてくれ――――!!」

「立て込んでるって、シャワールームの中で何を立て込むことがあるんですか!?」


 結局シャーロットを誤魔化すのに五分くらいかかって、その間も俺とゼルシアはひっついたままで。

 終わった頃にはお互いの汗とゼルシアの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、俺はもう一度シャワーを浴びる羽目になってしまった。

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