2 元のけ者の恩返し(1)
パーティを追放されたことをきっかけに改めて仲間を集め直すことを決意した俺だったが、新しい仲間は誰でもいいってわけじゃない。
まず第一に裏切らないような相手である必要がある。前のパーティの連中は、目先の利益とかつまらない虚栄心のために仲間を切り捨てるような奴らだった。もう裏切られてあんな辛い思いをするのは嫌だ。
第二に、俺を見捨てたパーティの鼻を明かすためには、奴ら以上の才能の持ち主の集まりでなければならない。
何様目線だよと言われるかもしれないが、今更凡才は要らないのだ。
だが、そんな都合の良い人間が簡単に現れるわけがない。
現れたとして、俺の仲間になってくれる算段も付かない。
よって最初の仲間を見つけるまで、最短でも一週間くらいは時間を要するはずだ。
「聞いたわよ、ヴィンセント=オーガスタ! 貴方、『暁の殲滅団』を追放されたそうね! だったら私が、新しい仲間になってあげてもいいわよ!」
そう思っていた時期が俺にもありました。
最寄りの町、フレスベンに戻ってまだ一時間。
何も始めていないのに何故寄ってくる奴がいる?
どう考えてもおかしい。
「……えっと?」
「ふふ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、随分と呑気なたたずまいね! だけどご存じ? 今貴方は恐らく貴方の人生始まって以来の、重大なピンチに陥っているのよ!」
フレスベンの街路を歩いていた俺の前に、突然満面の笑みを浮かべて現れた女。
名をアリソン=アクエリアスという。
超一流パーティ『弥終の行進曲』の前衛として、冒険者界隈に名を馳せる有名人だ。
派手な金髪。浅い褐色の肌。下着のように短いホットパンツ。下着のように露出の多い胸当て。申し訳程度の麻の羽織り物。
そんな刺激的な格好に見合う凹凸の激しいスタイル。
そして腰に佩いた巨大な太刀とくたびれた脇差しのせいで、見た目の上でもひときわ目立つ存在である。
「お前、どこでそれを……」
「貴方を追い出した『殲滅団』の馬鹿共が、酒場で吹聴していたのを聞いたからよ」
あいつら、そんなことをまるで武勇伝のように……馬鹿か?
そんなことしたら自分たちへの印象が悪くなるだけということが分からないのか!?
というか普通に俺も困る。
これからメンバーを集めるにあたって、パーティを追い出されたような無能というイメージがつくのは普通にマイナスだからだ。
「それで……なんだ? 俺が追い出されたことを知っている理由は分かったが……それで何故お前が近づいてくる?」
「貴方の仲間になりたいからよ」
何故。
「何言ってるんだ。お前には立派な仲間がいるだろ」
「ええ、いるわね。だけどもう、『行進曲』は抜けるって伝えてきたわ」
「……は?」
何故。
「どうしてそんなことをする必要があるんだ!? お前なら知っていると思うが、俺は『目』以外に何の取り柄もない男だぞ? はっきり言って戦場では足手まといだ。強い仲間を捨てて、俺の所に来る理由がどこにある!」
「疑問に思って、貴方に何か得があるのかしら? この私が仲間になってあげると言っているのよ? 喜んでその話を受け入れるのが普通じゃない?」
得意げに鼻息をふかすアリソン。
まあ、実際こんなうまい話はない。
アリソン=アクエリアスは太刀の達人だ。
持ち歩く一級品の太刀を振るえば、炎が舞い飛んで魔獣を狩る。
恐らくこのフレスベンにいる冒険者の中で、近接戦の腕は五指に入るだろう。
ラウレンツにも引けを取らない才能の持ち主で、俺が考える新しいパーティのメンバーに相応しい人材と言える。
――――だが、それだけに解せない。
話があまりにも上手すぎる。
そして俺は、信じていた仲間についさっきかなり手ひどい形で裏切られたことを思い出し――――一つの結論を出した。
「……」
「さあ、いいでしょう? 私、この機会をずっと伺っていたの! 貴方と一緒に――――」
「……罠だな」
「へ?」
目的も意味も分からんが、きっとアリソンは俺を騙そうにしているに違いない、と。
「そうやって甘い言葉で近づいて、俺のことを騙すつもりなんだろう! もう俺は騙されないからな!」
「えっ、ちょっと待ってよ。私、別にそんなつもりで……」
「俺のことを騙してお前に何のメリットがあるのかさっぱり分からんが、ともかく俺はもう人を信じて裏切られるのは懲り懲りなんだ!」
俺の脳裏にフラッシュバックするのは、ラウレンツと組んで旅に出たばかりの頃のこと。
あの頃ラウレンツは俺に言った。『一緒に最後まで冒険を続けて、誰もに認められる世界一の冒険者になろう』と。
あのとき、あいつは確実に本心からあの言葉を言っていた。少なくとも俺はそう思っていた。
なのに気付けば、ラウレンツは一番積極的に俺を追い出そうとして――――
「……うう、くそっ、ちくしょぉお……」
「えっ!? なんで急に泣き出したの!?」
「うるせえ! ともかくお前みたいな幸せな奴の助けなんて要らねえよ! 元のパーティに戻って、今まで通り順調にやりやがれ!」
思わず流してしまった涙を誤魔化すように、俺はアリソンに背を向けてその場を逃げ出した。
のだが――――……
「ま、待ちなさいよ! まだ話は終わってないわよ!」
嘘だろ、まだ追ってきやがる!
異常な執着を感じる。どうやら俺を騙せば相当いいことがあるらしい。
これは一層全力で逃げなければならない。ふと気を許したら、その瞬間奴の魅力的な誘惑に思わず乗っかってしまいそうだからだ。
俺は建物と建物の間に入り込み、フレスベンの入り組んだ地形を利用して攪乱しながら逃げを打った。
身体能力では俺は奴に勝てっこない。だったらこういう小細工も活用しないとな!
「はぁ、はぁ……」
そして五分ほど走った頃、見覚えのない裏路地に出ようとするあたりで背後から追ってくる気配もなくなったので、俺は安堵してようやく立ち止まった。
くそっ、息も絶え絶えだ。戦士の才能を持ってる奴なら、これくらいへでもないんだろうけどな。
つくづく『目』以外に俺の才能がないのが悔やまれる。だがこればっかりは生まれ持ったもので、どうにも――――
「……ようやく立ち止まってくれたわね……」
「!?」
不意に、アリソンの声が聞こえた。
馬鹿な。いつの間に追いつかれたんだ!?
背後には来てない……前も……左右は建物で囲まれてるし……上?
「捕まえたわよ、ヴィンセント=オーガスタ!」
見上げると、建物と建物の間につっかい棒のように手を当てて、こちらを見下ろすアリソンの姿があった。
くそっ、流石は一流パーティの前衛クラスの身体強化才能……って、おぶっ!?
「さあ、いい加減落ち着いて私の話を聞いてもらおうかしらあ?」
「く、くそっ……」
落下してきたアリソンに馬乗りにのしかかられ、俺は身動きが取れなくなる。
絶体絶命だ。
アリソンの目的は未だに見えないが、絶体絶命に決まっている。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は貴方に危害を加えるつもりはないのよ?」
「……」
その時。
『……だから、そろそろ君には僕たちのパーティを……』
『嫌だよ、私まだ……』
裏路地の向こう側から、興味深い会話が聞こえてきた。
ので。
「だからあくまで私は、貴方のためを思って……むごっ」
「……悪いがちょっと、静かにしていてくれ」
うるさいアリソンの口をふさいで黙らせ、聞き耳を立てる。
盗み聞きをしていることが向こうにバレても困るからな。
姿勢をもぞもぞ動かし、俺は壁に隠れながら路地の様子を窺った。
案の定そこには冒険者パーティの一団がいて、その中の一人の少女を他の全員が取り囲んでいる。
「もう君を守りながら戦うのは無理なんだよ。僕たちだってもっと一緒に冒険をしたい。だけど……」
「だからって、私にあの町へ帰れって言うの?」
見た感じ全員同年代のように見えるし、きっと今までは仲良く一緒に冒険を続けていたんだろうな。
だが、いい加減そうもいかなくなってきたんだろう。
「もちろん戻るための金とか、しばらく分の生活費は渡すよ。だから……」
「嫌だよ! みんなはこれからも旅を続けるのに、私一人だけ置いてけぼりなんて嫌だ!」
「……エヴァ……」
「ねえ、お願い。なんでもするから。私にできることならなんだってするから、出て行けなんて言わないで!」
俺が待ち焦がれていたのは、こういう場面との遭遇だ。
俺と同じように冒険者パーティを追放される冒険者が現れる瞬間。
同じ境遇を抱えているなら、追放される苦しみを知っているはず。
裏切ってくる可能性はかなり低いと言っていい。
残る問題は、追い出されるそいつに隠された才能があるかどうかだが――――それは俺の『人を見る目』が解決してくれる。
「『目』」
俺が左目に力を込めると、目線の先にいる冒険者たちの胸元付近に、膨大な光る文字列が浮かび上がる。
それは、俺だけが見ることができる冒険者の個人情報。
皆人がどんな才能を持っているかが詳細に記された、珠玉のデータベース。
「人は誰しも才能を持っている。しかし多くの者は、自分の才能を完全に理解することはできない」
だが俺の力を使えば、完全な形で個人の才能を明らかにすることができる。
これこそが俺が持つ唯一の強み。
さあ、見せてもらおうか。
無能の烙印を押され、追い出されようとしているお前の中に、一体どんな才能が眠っているのかを!
「ねえ、いつまで黙ってればいいのかしら?」
「もう少し我慢しててくれ」