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18 貧乏レストランを救済せよ!(5)

「な、何事なのよ~っ! うちが営業妨害をやっていたなんて、いいがかりはよしてちょうだいな~っ!!」


 数分後、足音を響かせながらやってきたローズマリーは、汚い脂汗をどろどろと流していた。


「むしろうちの従業員に怪我を負わせたことを弁償なさいよぉ~っ!」

「んー? 別に俺の仲間は何もないところを走り抜けただけなんだが? それでたまたま、そいつが透明になって突っ立ってたのが悪いだろ?」


 実際、アリソンが責められるいわれは全くない。

 透明人間がいないか常に気にして行動しろというのは無理な話だ。

 だから責められるべきは本人か、そうでなきゃ俺ということになるな。


「それよりお大尽、こいつが持っていた『粉』について聞きたいんだが……」

「な、何よっ。それがなんだって言うの~っ!?」

「この『粉』、さっきうちのシチューをちょっと取り分けて注いでみたら、美味いシチューがあっという間にドブ水をさらったような液体に変わった。あんたの部下は、随分と物騒なものを持ち歩いてるんだな」

「……なっ……!」


 もちろんこいつに突きつける前に、『粉』の効果は周辺の一般人を実験台にして実証済みだ。

 俺たちの口から言ったことなら信じられなくても、実際に美味いシチューとまずいシチューを食わせられれば信じざるを得ないというわけだ。

 え? どうやって食べさせたかって? 普通に誘ってもどうせ乗ってこないし、その場にいた中から昨日ハイデン亭の料理に難色を示しやがった奴を適当にとっ捕まえて無理やり……とまあ、そんなことはどうでもいいんだ。


「この『粉』を持って、わざわざ透明人間になったあんたの部下が、俺たちのシチューに近づいてきていた。これがどういうことを意味しているか、分からないあんたじゃないよなあ?」

「……っ、あたしが、その粉を入れるよう指示したっていうの!? 言いがかりよぉ~! そいつが勝手にやったことよぉ~っ!」

「そ、そんな! 旦那様!」

「旦那様って呼ぶんじゃないって言ってるわよねぇ~っ!」


 透明人間男は、見捨てられて愕然としていた。

 そうやって尻尾切りをするつもりか知らないが、親玉だって逃がすつもりはないからな。


「へえ、じゃああんたは、この『粉』のことなんて知らないし、関わったこともないと言うんだな?」

「そうよぉ~!」

「ふぅん。だったらあんたの手から追加の『粉』が出ることは絶対にあり得ないと……そういうことだな?」

「……え、ええ~! そうよぉ~っ!」


 手から出る、という情報まで抜かれていると気付いたからか、ローズマリーは一瞬たじろいだが、それでも強気を押し通すつもりらしい。

 奴はその『粉』が、自分の意思でしか出せないと思っているんだろうな。

 だが生憎、『才能スキル』ってものはそれほど人に従順じゃない。

 俺はこれまでの人生で、才能スキルの不本意な発動や不発で身を崩した例をいくつも知っている。

 つい、たった数日前にも一度。


「アリソン……ちょっとローズマリー(そいつ)を取り押さえててくれないか」

「え? え、ええ。分かったわ」

「ちょっと!? 離しなさいよ! 何する気ぃ~っ!?」


 ローズマリーはじたばたと藻掻いたが、流石に最強クラスの前衛に羽交い締めにされては全く身動きも取れなさそうだ。

 身体強化才能(スキル)は持っているようだが、奴のそれはこの状況では使えないし。

 俺はローズマリーの頭を左手で挟み、ガッチリと固定して俺と目線が合うようにした。


「なっ! なによぉ~っ! 触らないでぇ~! わ、分かったわっ! 私に乱暴する気でしょう~っ!」

「それをして俺に何のメリットがあるんだよ! いいからこっちを、『向け』!」

「ひっ……!」


 俺とローズマリーの目線が合った瞬間、光り輝く大量の文字列が現れて、奴の全身をすっぽりと包み込んだ。


「『完全看破』」


 俺が持つ才能スキル、『人を見る目』には二つの段階がある。

 一つは、一目見ただけで大まかな才能スキルの概要を掴むことができる『簡易看破』。普段俺が使っている方の機能だ。

 そしてもう一つは、目を合わせた時にのみ使用できる、『完全看破』。

 これを使えば、成長の余地から出力制限、状況によって微細に変化する効果の違いや、特定条件下でのみ発動する追加能力、あるいは普段使っているのとは別に備わった隠された発動条件など、才能スキルが持つ全ての可能性を把握することができる。

 ただ、才能スキルにできることを全部文章にするとなると、このように一目しただけではとても読み切れない膨大な情報量となる。どこが要点なのかも分からない。

 条件が厳しいというのもあって、通常時は『簡易看破』ばかり使っていて、こっちの『完全看破』を必要とすることは殆どないのだが―――――


「……見つけた」


 今回のように、その執拗なまでの詳しさが役に立つこともある。

 俺は壁のように連なる文字列を貫いて、ローズマリーの鼻をつまんだ。


「もっ、もごっ……!?」

「お前の『粉』を出す力の発動条件は、一つは料理のことを想像しながら両手を握りしめること。だが鼻をつままれた状態で誰かに食べ物を無理やり食わされたときも、お前の才能スキルは勝手に発動するらしい」

「ふ、ふざけ――――」


 そして俺は、右手に持っていたスプーンをローズマリーの口の中に突っ込んだ。

 スプーンの上には当然、さっきのシチューが載っている。

 もちろんこいつ自身が作り出した『粉』がたっぷりかかった、最低最悪のダメシチューだ。

 本当はあの絶品シチューに粉をかけたくはなかったが、どうしてもこいつにだけは返してやらないと気が済まなかった。


「ふぎょぉおおおおおっっっ~~!!」


 あまりのまずさにか、悶絶して白目を剥くローズマリー。

 それと同時に奴の手からは、先ほど回収したのと同じきめ細やかな微粒の粉が蛇口のように噴き出した。


「お、おい……!」

「あれって、さっきの……」

「食べ物をまずくする粉って、本当にローズマリーシェフから作られてたの……!?」


 衆目がローズマリーの手に集まり、口々に驚きの声をあげる。

 これだけ人目があるところで証明してやれば、流石のローズマリーも言い訳のしようがないだろう。


「――――……というわけだ。見ての通り、ドルゲル=ローズマリーは他人の料理を不味くする粉を出す才能スキル持ち。透明人間の部下と組んで、今まで散々好き勝手してきたんだろうが……」


 その場に崩れ落ちたローズマリーを見下ろして、俺はドスの利いた声で言う。


「これ以上の狼藉は、俺のこの目が許さねえ。それと、うちの頼れる用心棒がな」

「ぐっ……!」


 ローズマリーは、周囲をキョロキョロと見渡して――――


「……さ、最悪の言いがかりよぉ! きょっ、今日はもう店を閉めるわぁ~っ! 覚えてなさい……覚えてなさい~っ!!」


 自分の味方がその場にいないことに気付くと、そそくさと立ち上がり店の中に逃げ帰っていった。

 やれやれ、これにて一件落着だな。


「うぃ、ヴィンセント君……!」

「ヴィンセントさん!」


 全てが終わった後、シャーロットとゼルシアが俺の所に駆け寄ってきた。


「おー。これで店の悪評はなんとか振り払えただろ。すぐに効果が出るかは分からないが、じわじわ客足も戻っていくはずだぜ。だからもう安心して――――」

「ありがとうございます!」

「……ありがとう、本当にありがとう!」


 二人は、俺の側に辿り着くと、同時に深々と頭を下げる。

 そこまでのことをしたつもりがなかったので、俺は面映ゆくなって顔を背けた。


「! よせよ、恥ずかしいだろ」

「アリソンさんもヴィンセントさんも……ただちょっと知り合っただけの私たちのために、こんな手の込んだことまで……」

「失敗、したら……二人が、冒険者としての資格を、剥奪されたり、したかも、しれないのに……」

「お二人とも、最高に格好良かったです! 私もいつか、お二人みたいな冒険者になりたいです!」

「……」


 ああ、そういえばあまりに素行が不良すぎる冒険者は資格を剥奪されるルールとかあったな、一応。

 ほぼ形骸化したルールだったから忘れてた。


「……ちょっと知り合っただけの俺たちを迎え入れてくれたのはシャーロットとモーリスさんだ。美味い飯を作ってくれたのはゼルシアだ。俺たちはただ、されたことを返しただけだよ」

「そうそう! だから頭を上げて! そんなに下げられたら、私たちの方は地べたをこするくらい頭を下げないといけなくなるわ!」

「アリソンさん……ヴィンセントさん……」

「そんなことより、今のうちに明日からの準備をしておいた方がいいと思うぞ。いや、今からかな?」


 突然シャトー・ローズマリアージュが締まったことで行き場を失った行列客が、ハイデン亭の方をちらちらと伺っていた。

 シャーロットははっとしたように顔を上げると、両手を大げさに動かして宣伝に努める。


「皆さん! ハイデン亭は本日も営業中です! 空腹の方は、是非うちの店にお越し下さーい!」

「う、腕をふるって……美味しい、料理を……作り、ます!」


 押し寄せる人波。楽しそうに笑いながら、店内に走って行くシャーロットとゼルシア。

 きっと昔は、こんな風に活気ある店だったんだろうな。

 不当に苦しめ続けられて今まで辛い思いをしてきたけど、これからはきっと毎日が楽しくなることだろう。


「いやー……終わったわねえ」


 アリソンが背中からもたれかかってきたので、俺はため息をつく。


「まだ何も終わってないぞ。あの人数を二人で捌くのは大変だと思うから、俺たちもすぐヘルプに行かないとな」

「そうね……」


 アリソンは深々と息を吐いて、空を見上げた。


「でも、良かったのかしら」

「ん? 何がだ?」


 ハイデン亭は賑わいを取り戻し、シャーロットもゼルシアも心から嬉しそうだ。

 考え得る限り最良の結果の、一体どこにケチをつける要素がある?


「いえ、私もついさっき気付いたんだけどね?」


 アリソンは言いにくそうに体をくねらせながら、小声で俺に囁いた。


「ハイデン亭が繁盛しちゃったら、ゼルシアさんをうちに引き入れるのが難しくなったりしない?」

「――――……あ」


 そうじゃん。

 冷静に考えたらそうじゃん!

 昨日までの閑散としたハイデン亭では、いつまでも余剰の店員を雇っておけない。

 そうしてあぶれたゼルシアを俺たちが引き取るという流れは、ある意味誰も損しない綺麗な収まり方だったはずだ!

 なのに俺は! 助けてしまったがために!

 ハイデン亭は繁盛して! 人手が足りなくなって!

 これでは、ゼルシアを誘うどころの話ではなくなってしまう。

 こんな状況で、彼女が冒険者を再開するものか!


「やっちまったあぁぁ――――ッッッ!!」


 『殲滅団』を超えるパーティを作り上げるため、パーティメンバーを集めなければならないというのに、俺は何をやっているんだ。


「……ふーん、後悔はするのね……」

「ああっ、俺はどうしてあんなことを……完全に作戦ミスじゃあないか……」

「すみませーんヴィンセントさん! アリソンさん! ちょっと手伝ってもらってもいいでしょうか!」

「なんでもいいけど、シャロちゃんが呼んでるわよ。早く行きましょ」

「くっ……この落ち込んだテンションで手伝いをしなきゃならないというのは、軽く拷問だな! まあ行くけど! 行くけどさあ!」


 その後、入れ替わり立ち替わり訪れる津波のような客の流れにひたすら気を取られ続けて、気付いたら夜になっていた。

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