17 貧乏レストランを救済せよ!(4)
ともあれ。
昼時のタイミングを見計らって俺たちはシチューを外に運び出し、玄関横にあるテーブルの上に置いた。
今日も『シャトー・ローズマリアージュ』の前には行列が出来ている。
腹を空かせた冒険者や市民が、こぞってあの店に列をなしているのだ。
やれやれ、そんな店にわざわざ群がるように並んで大層なこったな。
ゼルシアが蓋を開けると、シチューの芳醇な香りがあたり一帯に漂ってくる。
「妙な流れになったけど……腕によりをかけて作ったから、味は、保証できる。さあ、召し上がれ」
粘っこいシチューの中には分厚い角切り牛肉を初めとして、人参やジャガイモなどの具がゴロゴロ入っている。
そのどれもに芯までルゥの旨味が染みているのが一目で分かるし、逆にそれぞれの具からのダシもシチュー全体に溶け込んでいることだろう。
ううん、美味そうだ。もう我慢できねえ。
「いただき……ます!」
小皿に取り分けられたビーフシチューに、俺は勢いよくがっつく。
う、美味い!
ルゥは濃厚で肉はジューシーでかみ応えがあって野菜もホロホロホクホクで……うまく言葉にできないけれど……とにかく絶品だ!
「う、美味~~~~!!」
俺は叫んだ。心の底から。
誇張表現なんて一切ない。
ゼルシアが作った渾身のシチューは、それだけ俺の胃袋に響いたのだ。
「たまんねえ! めっちゃ美味え! 最高だ!」
「す、すごく美味しそうに食べますね……」
「よっぽどビーフシチューが好きだったのね……私もレシピ把握しておかないと」
周りがなにやらざわついているが、知ったことか。
俺は腹が減っているんだ。
速やかに皿を空っぽにした後、俺は直ちにお代わりを要求した。
「次をくれ! もっともっと食べたいんだ!」
「い、いいけど。でも……今から、行列に売り込みに行く、んだよね?」
「はあ? 何言ってるんだ。こんな美味いもの、あいつらにくれてやるわけないだろ」
「へ?」「はい?」「……ど、どういう……」
唖然とする三人。
俺は三人に構わず、わざとらしく声を張り上げた。
「あーあー! こんな美味いものを食べられない奴らは可哀想だなー! ま、欲しいと言ってもあげねえけど!」
そして俺は受け取ったお代わりをまた一気にかき込んで、のどの奥で堪能する。
くぅ~~! 美味いっ! こらえられない!
「ほら、君らも座って食べなよ。流石腕によりを掛けたというだけのことはあってメチャ美味しいぞ」
「え、私たちが?」
「向こうに行って、振る舞ってくるべきなんじゃないんですか?」
「いいから、とにかく座りなさい」
困惑気味の三人を無理やり座らせ、ゼルシアからおたまを奪い取って次々によそっていく。
「さあさあ、いっぱい食べるといい」
「ど、どうしたのよヴィンセント。さっきからやってることが支離滅裂よ?」
「そうですよ。まさか心労でメンタルがボロボロになってしまったんですか!?」
「ぼ、ボクのシチュー、変なものは入れてなかったと思うけど……な、何かに、当たっちゃったのかな?」
心配されてしまった。むう。このまま突っ走るのは無理か。
俺は三人に近くに寄るように言ってから、囁くように言う。
「昨日の今日で普通に薦めても乗っかってくるわけないだろ? だから客の方から興味を示してくるのを待っているんだよ」
あいつらにあげるものとしてじゃなく、普通にこっちが食いたいから食おうとしていると見せた方が、警戒心は和らぐだろうからな。
「なるほど……流石はヴィンセントね。冴えてるわ!」
「で、でも……ただ食べている、だけの、ものを……浅ましく、私にも寄越せなんて……そんなことを言ってくる人、いるのかな?」
「正直いないだろうな。だが、今回おびき寄せようとしている本命は一般客じゃないんだ」
「……へ?」
「どういうことですか?」
「すぐに分かる。それと、アリソン。伝えるのを忘れていたが、お前にしかできない頼みがあるんだ」
「私にしかできない頼み? 何かしら! なんでも言って!」
「これからもし俺が『デミグラスソース』と言ったら……俺の目の前を猛ダッシュで通り過ぎて欲しいんだ」
「え? も、猛ダッシュ……なんで?」
「話はそれだけ。じゃあ、食べようか」
全員の目の前にシチューを並べ終えてから、俺は手元のスプーンをくるくると回した。
「出来るだけ楽しそうに美味しそうに食べるんだぞ。『シャトー・ローズマリアージュ』の前に腹を減らして並んでるあいつらが、できるだけ悔しがるようになァ!」
「……悔しがらせる理由、あるのかな?」
「ここ数日、一般人に手ひどい扱いを受けることが多かったから……多分苛立ってるのよ。そっとしてあげましょう」
「昨日も大変な目に遭ってましたもんね……」
そういう裏読みはしなくていいんだよ!
ともあれ。
ビーフシチューパーティはその後も滞りなく進行する。
途中からゼルシアがこっそり用意していた焼きたてパンも仕上がって、食卓はますます彩り豊かになった。
「これ本当に美味しいわね! 流石ゼルシアさん、なんでも美味しく作れちゃうのね!」
「そ、そんなこと、ないよ……たまたま、得意な料理の、一つだったから……」
「ゼルシア姉、得意な料理が三桁くらいありますもんねー」
「三桁! それはすごいな。そのどれもがこのクオリティーと思うと、もうプロの料理人として問題なくやっていけるんじゃないか?」
「問題どころか! 都の一流レストランでもシェフとして働けるくらいよ!」
「そうだな!」
「……あ、あう、あうう……」
褒められ慣れていないのか、パニックに陥るゼルシア。
絶品のシチューを堪能する俺たち。
鍋の中身は少しずつ減っていったが、まだまだなくなる気配はない。
まあ、配り歩くことを考えて作ったはずだから、そう簡単に減ったりしないよな。
さて……そろそろか。
俺はシチューに背を向け、シャトー・ローズマリアージュの方に目をやる。
長い行列を為す待合客の視線が、ちらほらこちらに寄っているのが分かった。
よし、悪くない。
流石の俺でも、シチューだけで向こうが頭を下げて「お願いします私たちにもそのシチューを恵んでください」なんて言ってくるとは思っていない。
目的は一つ、奴らの視線をこちらに集中させて、『目撃者』を増やすことだ。
そして、俺の予測が正しければもうそろそろ――――……
「そういえば、昨日からモーリスさんの姿を見てないけど、どうしたのかしら?」
「ああ、お父さんは昨日から仕入れの話のために隣町まで出てるんです。明日には帰ってくると思いますよ」
「……よそえたよ、お代わり」
「わあ! ありがとうございます! でもあんまり食べ過ぎたら太っちゃいますねー」
「もしヴィンセントの企みが失敗したら、これ全部私たちで食べなきゃいけないことになるのよね。まあ私は燃費が良い方だから、困った時には私が――――」
今だ。
「――――なあ、アリソン。デミグラスソースについてどう思う?」
「え?」
アリソンが振り向いたとき、俺は席を立ち、シャトー・ローズマリアージュとハイデン亭のちょうど中間地点の路上に立っていた。
「え、えっと……」
「どう思う? と聞いているんだ!」
アリソンは困惑した表情のまま、俺のいるところまでダッシュで近づいてくる。
よし。流石はアリソン、困惑しながらも俺の意図しているところを汲んでくれた。
周囲の注目も俺のところに集まっている。
これでようやく――――全てを明らかにすることができるというわけだ。
「ヴィンセント、一体貴方何を考えて――――」
「ぐはあっっっ!!」
「……あら?」
土煙を巻き上げる猛ダッシュで、俺の前までやってきたアリソン。
だが俺の所にたどり着く直前、彼女は何もない空間で一瞬立ち止まる。
それと同時に男の薄汚い悲鳴が周囲に木霊して、次の瞬間、痩せぎすの男が一人、放物線を描いて俺の目の前から遠くの方へ吹き飛ばされていった。
「あ、あが……」
「これでようやく尻尾を出したな」
その男は、昨日ローズマリーの背後に控えていた二人の取り巻きのうちの一人。
途中から、何故か突然に姿を消していた方の一人だ。
息を呑む周囲。唖然とするアリソン。何事かとこちらに気を向けるシャーロットとゼルシア。
そして痛みに悶え地面を這いつくばる取り巻き野郎。
驚愕と困惑に包まれたその場の中で、俺一人だけが優越感に浸っていた。
「こいつには、『透明人間になる』才能があった。その力を使って、俺たちの所に近づいていたというわけさ」
「ど、どうして、分かっ……」
嗚咽混じりに男が問う。俺はにんまりと笑みを浮かべて男に近づいた。
「俺の『目』は特別製でな。姿を消していようと、そこに才能があることまでは誤魔化せない」
「……は? 何を言ってるのか、意味が……」
「分からなくていいんだよ。どうせ理解させる気もないし」
俺の『人を見る目』は、実は相手そのものを明確に認識している必要はない。
仮に夜の闇が人影を覆い隠そうとも、その場に才能を持つ人間がいさえすれば、才能は通常通り浮かび上がる。
そして才能は俺の能力によって視覚化されるものだから、夜の闇の影響を受けることもない。
今回の透明人間に対しても、全く同じ要領で看破が可能というわけだ。
俺は、シチューを食べている最中に『粉』を混ぜるため誰かが必ず何らかの方法で迫ってくるはずだと思い、ローズマリアージュとハイデン亭の間の道を『目』を使いながら凝視していた。
すると、必ず人の姿とセットになって浮遊している才能の説明文の中に、唯一単体でふわふわ浮かんでいる怪しい影を見つけた。よく読んでみたら、透明人間になれるとかなんとか。
これは間違いないと思い、俺はそいつの近くに立って、アリソンが吹き飛ばすように仕向けた――――というわけだ。
「さあ、透明人間さんが近づいていた理由についてだが――――」
俺は男の胸ポケットに手を突っ込む。
男は咄嗟に抵抗しようとしたが、アリソンに吹き飛ばされたときの衝撃が残っているせいか、満足に動けない様子だった。
おかげで俺は邪魔されることもなく、ポケットの中に入っていた一つの小瓶を無事に発見することが出来た。
「――――この粉の正体も交えて、お話伺っても構わないな?」
証拠押収。
ここから反撃の幕開けだ。




