15 貧乏レストランを救済せよ!(2)
「……一体何が起こっているんだ……?」
自信満々に差し出したサンドイッチをにべもなく突っぱねられた俺は、言葉にならない困惑をかみ砕けずに漂っていた。
「すみません。もっと早くに言うべきでした」
恐縮そうな顔で近づいてきたシャーロットは、とても困った顔をしていた。
「理由は分からないのですが、最近うちの料理が『まずくなった』と色んな人に言われるようになったんです」
「まずくなった……?」
「はい。ちょっと前に、ヴィンセントさんが今やったような感じで店頭販売をしてみたりもしたんですけど……その時も、まずいまずいって突っぱねられてしまいまして」
馬鹿な。
なんなら昔俺が食べたここの料理の方がずっとまずかっ……あれ?
そういえばあの不味い料理を食べたのも、時系列的にはこの店に人が集まらなくなりだした頃だよな。
それはつまり、目の前の『シャトー・ローズマリアージュ』ができて以降ということで……。
「オホーッホッホッホ! また駄飯の殿堂ハイデン亭の連中が営業妨害にやってきたのねぇ~~っ!」
「そのようですぜ、旦那様!」
「旦那様って呼ぶんじゃないわよぉ~っ! 奥様と呼びなさぁ~いっ!」
「!」
不意に響き渡る、豚の鳴き声のような不快な声。
声のする方に目をやると、モーリス氏よりさらに数段太った風船のような大男が、手下らしき痩身の男二人を連れてこちらに向かってきていた。
その胸には、『ローズマリアージュ』の看板にあるのと同じ薔薇印の文様。
「あの男は?」
「……ローズママリアージュの店長、ドルゲル=ローズマリーです」
なるほど、つまり敵の親玉ってことか。それにしてもローズマリーって名前はまるで似合わないな。
ローズマリーは、にやにや笑いながらシャーロットの側に近寄っていく。
「新しい店員を雇ったのね~っ? ろくに金もないくせに、無駄なことに費やすことにかけては一流じゃないの~っ!」
「……この人たちはうちの店員ではありません。ただうちの事情を同情して協力してくれている心優しい冒険者さんたちです!」
「なんでもいいわよ~っ! お前たちのまずい料理を店の前でばらまかれて、こっちは迷惑してるの~っ! さっさとどこかに散ってしまいなさ~い~っ!」
「きゃっ……!」
ローズマリーが腕を伸ばしてシャーロットを突き飛ばした。
地べたを転がったシャーロットは、砂まみれになって咳き込む。
「こいつ……!」
俺は思わず掴みかかりそうになったが――――
「何してんの! ぶっ殺すわよ!!」
「ひっ!?」
「おま、ちょっ――――」
俺以上の勢いで突っ込んできたアリソンの姿を見て、にわかに冷静になる。
こんな人目があるところで最強クラスの冒険者が全力パンチしたらまずいって!
俺は彼女にしがみついて動きを止めようとしたが、力で彼女に勝てるわけがない。
当然ズルズルと引きずられる形になる。
「落ち着けアリソン! お前がこんな往来で民間人をぶっ飛ばしたのを見たらどうなる!」
「何よ! あっちから手を出してきたんじゃない!」
「向こうは民間人同士、こっちは冒険者と民間人だぞ!? ましてやお前は冒険者の中でも最強クラスだ! 昨日あれだけ、冒険者の素行についてキレていたのを忘れたのかよ!」
「……っ!」
「たとえこっちに殴る道理があると思っても、見ている人が納得してくれるかは分からないんだぞ!?」
そう言うと、アリソンは苦々しい表情で歩みを止め、腕を下ろした。
ふう、良かった。なんとか落ち着いてくれたらしい。
「……んもう、びっくりするじゃな~いっ。冒険者はこれだから血気盛んで困っちゃうわぁ~っ」
ローズマリーは、身の危険がなくなったと安堵したのか再び悪態をつき始める。
冒険者だらけのレストランで営業してるって自覚あるのかこのデブ。
「随分と舐めた発言をするもんだな。冒険者のことをひとくくりに馬鹿にしてるなら、今すぐ店をたたんで別の所に引っ越すべきだぜ」
「あら、意外と良いこと言うじゃな~いっ。訂正するわ~。冒険者全部が困ったちゃんじゃないわね~。ただ、ハイデン亭みたいな不良店舗にすり寄るような冒険者には、碌な連中がいないってことね!」
よくもまあ、罵倒の言葉がつらつらと浮かんでくるもんだ。
だが、周りの待合客や通行人を見てもこいつの言葉に眉をひそめる奴は殆どいない。
それだけハイデン亭がまずいという情報が周知されているということか。
「ハイデン亭の何が不良店舗だ。店は清潔だし、値段もお手頃。店主も店員も善良で、何より食事が美味しいだろ!」
「ええ、店が無駄に清潔なのは認めてあげるわ~っ。客がいなけりゃ汚くなる余地もないもんねぇ~?」
「なんだと」
「値段もまあ、貧乏人が売る貧乏飯としては相応程度と言えんこともないかもねぇ~。店主や店員の善良さも……まあ、客のいない店をいつまでも開け続ける愚かさは、馬鹿正直って意味で善良と言えなくもないかもね~っ?」
人を苛つかせることにかけては、随分と達者なようだな。
「でもぉ~、食事が美・味・し・い? うふふ、冗談も休み休みに言いなさいよぉ~! 豚ちゃんの餌みたいな料理を出しておいて、美味しい料理なんて言えるわけないわぁ~!」
「馬の餌だと……!? だったら、お前が食べて確かめてみろ!」
俺はサンドイッチのひとつを掴み、ローズマリーに向かって突き出した。だが――――
「あらやだ。あたしは食べないわよ。そいつを食べるのはあんたのお仕事」
「むぐっ!」
サンドイッチはひらりと奪われ、ローズマリーは俺の口目がけてサンドイッチを突っ込んできた。
くそっ、デブのくせに身のこなしが早い!
にしても俺に食わせても何の意味もないだろ、俺はこのサンドイッチが美味しいことを知っているんだか――――
……あれ?
「……げほっ! ごほっ!」
口の中に広がったのは、パンの柔らかい舌触りとマヨネーズの爽やかな香りではなく、吐瀉物を攪拌したような名状しがたい香りと濁った泥のような食感。
我慢できなくなって、俺は思わず口から吐き出してしまった。
「な、なんだこれ……」
「あらあら、どうしたのかしら~? そのサンドイッチはお勧めだったんじゃなかったのかしらぁ? まさかあなたは、自分でも吐き出すようなものをあたしに食べさせようとしてたのぉ~? いやん、怖い~っ」
「……て、てめえ……一体何をしやがった」
「何もしてないわよぉ。ただあなたが持ってきたサンドイッチをあなたに食わせてあげただけ。それであなたが吐き出しただけ」
さっきまで美味しいサンドイッチだったものが、この数秒でドブにも劣るような劣悪な味に変わるなんてことがあるものか。
こういうときには必ず裏があるものだ。
そしてローズマリーは知らないだろうが――――この俺には、その裏を暴く才能がある。
俺は黙って、『人を見る目』でローズマリーが隠し持つ才能を確認した。
すると――――
【振りかけることで料理をまずくする微細な『粉』を作り出す。粉は手から出る】
――――あるじゃないか、どんぴしゃりな才能が。
手で触れる瞬間にこれを混ぜ込んで、折角のサンドイッチをまずくしていたんだな。
だが、種が割れた以上もうその下らない嫌がらせには屈しない。
俺は奴に触れられていない大皿の上のサンドイッチを手に取った。
「お前が何もしていないなら、こっちのサンドイッチだって不味いはずだよな」
「……」
ローズマリーはにやにやと笑っている。
取り巻きの一人も、同じように笑っていた。
なんだこいつら? 何がおかしい。
俺は困惑しながら、もう一つのサンドイッチを口に含んで――――
「……げほっ! ごほっ! うぐっ!」
――――馬鹿な。なんでこっちも不味いんだ。
「同じ事を繰り返して、何がしたいのかしら? うふふ、オホホ、オーホッホッホッホ!!」
……ローズマリーが持つ粉の力を使って、『シャトー・ローズマリアージュ』の連中が悪さをしているのは疑いようもない。
だが、具体的にどうやってこの料理にそれを振りかけているのかまでは分からないし、そもそもローズマリーがそういう才能を持っていると証明することだってできない。
『人を見る目』は、あくまで俺が見えるだけ。俺が見た内容を誰かに証明するには、昨日の『狐』との一件のように実際にその力を使ってみせる必要があるのだ。
俺がそれ以上突っかかる気がないと見るや、ローズマリーは肩をすくめて身を引いた。
「あらあら、随分と時間を無駄にしちゃったわねぇ~! そろそろ戻らないといけないわ~! だってあたしたちの料理を待っている人が、まだまだ沢山いるんだも~ん」
「ま、待て……まだ話は……」
引き留めようとした俺だったが、二つの理由で上げた腕を引っ込めざるを得なかった。
一つは、シャーロットが泣きそうな顔で俺の腕を掴んでいたこと。
そしてもう一つは、行列に並ぶ待合客たちの目が、俺たちのことを強く睨んでいたからだ。
飢えによって気が立った冒険者たちの殺気を前にしては、さしもの俺も引き下がらざるをえない。
そんな俺たちの様子を見て、ローズマリーとその取り巻きは、心底楽しそうにゲラゲラと笑った。
「あたしたちは忙しいから、あんたたち貧乏人の暇人と違って時間にルーズではいられないの~! それじゃあねえ、貧乏メシマズレストランさんっ。いい加減、諦めて廃業した方が身のためだと思うわよ~っ!」
そして連中は、行列をかき分けながら店内へと消えていった。
今日は午後にもう一度更新します。
(本来一話で収める予定だったものが長くなりすぎたので分割したため)




