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14 貧乏レストランを救済せよ!(1)

「お店の手伝い、ですか?」

「ああ。お世話になってるわけだし、少しでも力になりたいと思ってな」


 次の日の朝。

 いち早く起きた俺は、店ので掃き掃除をしていたシャーロットにそう提案した。


「その気持ちはすごくありがたいですけど……にしても、なんでまた?」

「お世話になってるわけだから、何か一つくらい恩返しがしたくてな」

「そんな! 昨日は殲滅団の裏話を聞かせてくれたじゃないですか!」


 気にしなくてもいいですよ~、と軽くあしらおうとするシャーロット。

 それでは困るので、俺はシャーロットの手を握って彼女に詰め寄った。


「シャーロットに対してはそれで済むとしても、モーリスさんには対してのお返しにはならないだろ?」

「え? あ、それは……」

「俺たちは野宿する寸前でシャーロットとモーリスさんに救われたんだ。冒険者として、その恩義に報いようとするのは当然の礼儀だろ?」


 当然、礼儀なんて本気で真面目に考えてるわけじゃない。ただの口実だ。


「は、はあ……」

「だから頼む! 迷惑は承知の上だが、俺とアリソンにハイデン亭の仕事を手伝わせてくれ!」


 俺たちがハイデン亭の仕事を手伝おうとする理由は三つ。

 一つに、真っ当な恩返しとしてのお手伝いのため。

 二つに、飲食店という人の行き交いの激しい場所で『目』を使うことで、次なるパーティメンバー候補を見繕うため。

 そして最大の理由は、ゼルシア=ブラックと仲良くなるためだ。


 俺はまだ、ゼルシアを仲間に引き入れるのを諦めてはいない。

 だが今のまま説得を続けても、ゼルシアはきっと俺たちになびいてくれないだろう。

 彼女の心を解きほぐすには、まず彼女との心理的な距離を縮める必要がある。

 そのために、彼女と同じ仕事を共有するのは急務なのだ。


「もし駄目というなら大人しく引き下がるから――――」

「ああいえ、駄目というわけではなくてですね」


 シャーロットは一呼吸置いてから、気まずそうに外の方へ視線を逸らした。


「手伝うほどの仕事がないかもしれません」

「……仕事が、ない?」

「実はうち、最近近くにできた新しいレストランにお客さんを取られ気味でして……今いるメンバーでも、暇を持てあますくらいなんですよね」


 今いるメンバーって、シャーロットとモーリス氏、それからゼルシアの三人だろ?

 三人で暇を持てあますって、いくらなんでも暇しすぎじゃないだろうか。

 ……と思ったが、実際に開店してからの様子は俺の想像を超えていた。

 何しろ昼の十二時に至るまで、ハイデン亭のドアをくぐってやってくる客はただの一人もいなかったのだから。






「まさか、ここまでとは……」

「ね。すごいですよね」


 閑散とする店内を眺めながら、俺は玄関前に立ってため息をつく。

 俺とシャーロットは、ハイデン亭の前に立って客引きをやっていたが、店に入ってくる客は誰一人いなかった。

 ハイデン亭の空きっぷりは、はっきり言って中心街のレストランとしては異常だ。

 味か、内装か、値段か。どれか一つに問題がなければ、ここまで悲惨なことにはならないだろう。


「でも、ハイデン亭にそういう大きな問題があるとは俺には思えないんだが……」

「そうよね。こんなに美味しい料理を作ってくれるのに。もぐもぐ」


 背後から現れたアリソンは、サンドイッチが山盛り盛られた大皿を抱えながら頬をパンパンにさせていた。


「お前は何を食ってるんだよ」

「これ? 実はさっき厨房でゼルシアさんに作ってもらったの! 昼ご飯にしましょうって!」


 俺が下らない策略を練っている間にアリソンの方がゼルシアとの距離を詰めている!?

 いや、こういうのは確かに同性同士の方が距離を縮めやすかったりするか……。


 皿の上に盛られたサンドイッチには様々な具が彩り豊かに挟まれていて、見ているだけで楽しくなってくる。

 俺はそのうちの一つを手に取り、口に含んだ。

 辛子ソースがぴりりと利いた、中々に美味いハムサンドだった。

 続けてタマゴサンドとベーコンサンドも食べたが、どれもソースと具、パンのバランスが完璧で、そこらのサンドイッチよりずっと美味かった。

 それなりに料理慣れしてないと、こういうものは作れないよな。


「ゼルシアがこれを?」

「ええ。あの人、冒険者時代から仲間の食事を作ったりしてたらしいわよ。それで引退後ここに拾われてからは厨房を担当するようになって、今では昼のメニューはあの人が考えたりもしてるんだって」


 そんな屋台骨ポジションだったのかよ。

 俺てっきり配膳だけやってるもんだと思ってたぜ。

 そうなると、パーティメンバーに誘うのはハイデン亭にも迷惑がかかることになるんだな。

 恩人に迷惑はかけたくないし、これ以上の勧誘はしない方がいい、のかもしれないが……


「それでもなあ……! あの才能スキルが使われないまま腐っていくのは勿体ないよなあ……!」


 レストランのコックをやる上であの才能スキルはほぼ活かしようがない。

 彼女の才能は、冒険者かそれに類する危険な職業に従事することによって初めて十全に活かされるのだ。

 俺には、その無駄が我慢ならない。


 いいじゃないか過去のことくらい!

 わざとやったわけでもないなら死んでいった仲間もそこまで恨んだりしてねえって!

 むしろ世間にはあんたほどの才能がなくて藻掻いている二流三流の冒険者が一杯いる。

 俺だってその一人だ。

 自分よりもっとすごい力を持った人が、ただの気持ちの問題で力を持てあましているのを見るほど、悔しい気持ちになることもないだろう。

 つまり、ゼルシアは死んで行った数人の仲間のためではなく、今生きている数千数万の冒険者のために再び旅に出るべきなのだ――――。

 というのは流石に俺の押しつけが過ぎると分かっているので口には出さないが。


「まあ、それはさておきだ。俺たちの目的のことは置いておくとして、まずはハイデン亭の客不足問題をなんとかしなくちゃならない。正直、このままだとまずいだろ?」

「……ええ、まあ。そうですね」


 シャーロットは強張った笑顔でそう言った。


「おかしくなったのはここ数ヶ月のこと。向かいにあるあのレストランができてからでした」


 彼女が指さす先には、行列を作る一軒のレストラン。

 『シャトー・ローズマリアージュ』という看板がでかでかと飾られた、ハイデン亭より一回り大きな店だ。


「あのレストランができてからというもの、どんどんと店に来てくれるお客さんが減ってしまって。今では、殆ど貯金を切り崩すようにして店を続けている状態なんです」


 手に持った宣伝用の立て札を、ぐっと握りしめるシャーロット。


「そして俺たちを迎え入れたおかげで、余計に苦しめることになってしまったということか」

「いっ、いえ! それは気にしないで下さい! 困っている人に手を差し伸べるのは、お父さんから教わった我が家の家訓です!」


 華奢な胸を強く打って、シャーロットは空元気を振るうように声を張った。


「ご飯は、一緒に作ったら三人分も五人分もそんなに変わりませんし! 部屋を提供する分には、何か出費があるわけでもありませんから!」

「……そうか」

「はい! だから気を遣うことじゃありません! 無事に部屋が見つかるまでの一週間、気兼ねせずに私たちを頼って下さ――――」

「だったら、俺たちが困っている人(ハイデン亭)に手を差し伸べたっていいはずだ」

「……!」


 俺はアリソンの方を振り向く。

 諦めたような、納得したような、そんな顔をしていた。


「アリソン。予定変更だ。一週間のうちに、この店の閑古鳥問題を解決する。それでいいな?」

「ええ、いいわよ。私もこの店のために、何か一つくらいしてあげられたらいいって思ってたし」

「アリソンさん、ヴィンセントさん……!」


 シャーロットは、目に涙を浮かべて震えていた。

 まだ何もしてないのにそんな反応されちゃ、結果を残すまでは止められないな。


「でもヴィンセント。私たちに飲食店経営のノウハウなんてないわよ。一介の冒険者の私たちが、手伝えることなんて思いつかないわ。何か良いアイデアでもあるのかしら?」

「そうだな。ひとつずつだと思うが、まずは――――」

「わっ」


 俺はアリソンの手元から大皿を取り上げて、上に乗ったサンドイッチを口の中に放り込む。

 たまたま手に取ったそれはハンバーグサンドだった。

 うん、美味しい。この料理が日の目を見ないなんてどう考えてもおかしい。


「原因を調査するところからスタートだ! まずはこのサンドイッチを使って、ハイデン亭の料理の美味しさを皆に知ってもらおう!」

「ま、待って下さいヴィンセントさん。それは――――」


 シャーロットが何か制止しようとしてきたが、構うものか。


「さあさあ、そこ行く冒険者の皆様! 長い行列に並んでいて、お腹もすいた頃でしょう! 小腹を満たすサンドイッチはいかがかな!」


 大皿をくるくる回しながら行列に近づき、高らかに叫ぶ。

 人通りの多い街路の注目が、俺一人に集中する。

 難しいことじゃない。食べてもらえばすぐ分かるはず。

 だってこのサンドイッチは、本当によく出来ているんだから。


「それは……ハイデン亭で作ったものか?」


 中年の冒険者が、興味を惹かれたのかこちらに寄ってきた。

 よしよし。こうやって興味さえ持たせれば食べさせられる。そして、食べさせることさえできれば後は気を遣う必要などなくなるのだ。


「ああそうさ! 滅茶苦茶美味しいから、食べてみるとい――――」

「あ、なら要らないや。あそこの飯美味しくないし」

「――――なんだと?」


 俺は思わず耳を疑った。

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