EX1.『暁の殲滅団』の夜
※今回は『暁の殲滅団』パートです。
「ヴィンセント様が、『殲滅団』を辞めた……?」
「ああ。俺たちにはもうついていけなくなったんだったとよ。今朝のことだ。レイチェルが寝てるうちに、あいつ荷物をまとめてさっさとどこかに行っちまったぜ」
レイチェルが今日起きた未曾有の事態に気付いたのは、夜ドミトリーに戻って目を覚ましてからのことでした。
ベッドの上で起き上がった私に、枕元に座っていたパーティのリーダー、ラウレンツ=デステルシアは、まるで他人事のようにそうこぼしました。
私の才能、『七色星条』は、使いすぎると体力を消耗してしばらく昏睡状態に陥ってしまうという欠点があります。
だからヴィンセント様には昔から、力を使いすぎないように気をつけろと言われていました。いざというときに自分の身を守れないのは問題だから、と。
でも私は、誰かの役に立てるのが嬉しくて、ついつい力を使いすぎては探索中に何度も寝落ちを繰り返してしまっていた。ヴィンセント様にはそのたびに叱られていたけど、役に立てるならその方がいいと思っていましたし、他の皆さんは私の戦い方の方を支持してくれました。
――――まさかこんな形で、自分の軽率さを後悔することになるなんて。
「どこかに行ったって……! 皆さん、誰も引き留めなかったのですか!? 仲間が一人、いなくなるというのに!」
「引き留めたさ。だけどあいつ、一度言い出したら聞かねえんだもの」
あまりにも興味がなさそうな空返事に、私は思わず詰め寄ってしまいます。
「それは貴方の引き留め方が足りないだけですわ! どうして無理やり拘束してでも引き留めなかったんですか! 貴方ならそれができたはずでしょう!?」
私が睨むと、デステルシアは乾いた笑みをこぼしました。
「……そんなことできるわけないだろ。俺とヴィンセントは幼馴染みで、親友だ。親友の意思は尊重してやりたいし、力尽くで押さえつけるなんてそんな……お姫様も随分酷いことを思いつくもんだ」
親友、幼馴染み。デステルシアの口からこぼれるそんな言葉が、私には空虚な空言にしか聞こえませんでした。
普段ヴィンセント様をあんな風に小間使いのように使っておいて、親友を語るなんてあり得ない。
ヴィンセント様が優しいからあれで許されていたようなものなのに、どの口で親友を名乗れるのでしょう。
「……いいでしょう。それならそれで、足で探して連れ戻すだけです。ちょっと出かけてきますね」
「無駄だぜ。パーティを抜けたあいつは、フレスベンのどこにも寝泊まりできない。とっくに都行きの馬車に乗ってこの町を離れているだろうさ」
「……そうなることが分かっていて、何故!」
「そういきり立つなよ。俺たちの方が被害者なんだぜ? これから遺跡の最深部目指して大規模探索しようっていう最中に抜けられたら、計算が狂ってしょうがない」
その時、私ははっとしました。
デステルシアの言い分に一理あると思ったのではありません。
ヴィンセント様はとても責任感のある人です。
そんなあの人が、これから大規模探索に臨もうというこのタイミングで、パーティを抜けようだなんて言い出すはずがない。
何より、あの人は私をパーティに引き入れるときに約束してくれました。
冒険を続ける限り、私の身の安全は責任を持って確保し続けると。
そんなあの人が、そういった義理を全部投げ出して一人パーティを抜けるはずがありません。
「……計算が狂って、どうするつもりですか」
「さあてね、どうするかなあ。幸いここはフレスベン。優秀な冒険者が最も多く揃う、冒険者稼業の最前線だ。代わりの人材ならいくらでも見つかるさ」
デステルシアの物言いから、私は一つの可能性に思い至りました。
ヴィンセント様が自分からパーティを出たのではなく、私が眠っているうちにデステルシアが皆を煽動してあの人を追い出したのではないか――――と。
「……代わり、ですか」
「ああ。もっともうちのパーティはあいつ抜きでも完璧だから、案外今の五人でなんとかなるかもしれないけどな」
せせら笑いながら、デステルシアは私一人が眠る寝室を後にしてどこかに去って行きました。
その完璧なパーティを作ったのは一体誰の功績なのか。
それを思えばとてもそんな口はきけないはずなのに、あの男は平気でヴィンセント様を侮辱する。
昔からあの男のことは嫌いでした。
ヴィンセント様が嬉しそうにするから表向きは仲良しを取り繕うようにしていたけれど、あの男の心の底で私を舐めきっているような侮蔑の視線が耐えられなかった。
きっと恩人であるはずのヴィンセント様にも、同じ感情を抱いてきたのでしょう。
だとすればあの男の言葉は何も信用できませんし、奴がヴィンセント様を追い出したという仮説は十分に検証の余地ありです。
「少なくとも真相を探ってみて損はなさそうですわね……」
何より、ヴィンセント様がいないパーティなんて耐えられませんわ!
何としてでも見つけ出して、戻ってきてもらうか……それが駄目なら、パーティを抜ける準備も進めておかないといけませんね。
「……どうだった? あの子、やっぱり怒ってた?」
寝室を出てすぐ、ラウレンツ=デステルシアはリーゼロッテ=ラスターニャと顔を突き合わせる。
レイチェルの動向を尋ねるリーゼロッテに対して、ラウレンツは煩わしげに肩を揉んだ。
「ああ。ヴィンセントがいなくなったのが納得できないって様子だった」
「あの子はダントツでヴィンセントに懐いていたものね。あの子がいないうちに話を進めたのは正解だったわ」
リーゼロッテは手元の杖をラウレンツの胸元に押しつけると、冷え切った目で彼に言う。
「いい? ヴィンセントはどうでもいいけど、レイチェルの才能はこれからの未知領域探索に絶対に必要よ。あの子が間違ってもパーティを抜けたいなんて言い出さないように、しっかり見張っておきなさいよ」
「分かってる分かってる。安心しろ。俺は女をいいように扱うのは上手いんだ」
ラウレンツはまるで真剣味のないへらへらとした笑みを浮かべて、自信ありげに胸を叩いた。
「世間知らずのお嬢様なんて、ちょっと騙くらかしたらすぐに手のひらで転がせるだろ。だからお前は安心して、追加戦力を探しに行ってくれ」
「病で最も危険なのは治りかけ。パーティも、膿を吐き出した直後が最も不安定なものなの。くれぐれも気を抜くんじゃないわよ」
「わーった、わーってるから」
ふらふらとその場を去って行くラウレンツを、リーゼロッテは訝しげな目線で見送った。
「……人を見下しきった精神、常に不真面目な態度。率直に言って最低の人間だけど――――」
足音が消えた頃合いで、リーゼロットはふと漏らす。
「強さだけは疑いようもないのが厄介ね」
最高クラスの回復術を持つリーゼロッテだったが――――未だかつて、ラウレンツ=デステルシアに対して彼女の才能が必要になったことはない。
それはパーティを結成して以来、彼がただの一度として傷ついたことがないということを示していた。
次回からまた本編に戻ります。『殲滅団』パートは今後も散発的に挟んでいく予定です。
また、次回からしばらく更新時刻を1日の中でランダムに変更してみたいと思います。




