13 レイチェル=ガブリザードについて(後編)
「どうして!? あの人を助けたりしていたら、逃げる時間がなくなってしまうかもしれないのに!」
「それで死んだら、あんたはそれを一生引きずることになると思う。父親を見捨てて自由を得たって、きっと心の底から自由を楽しむことはできないんじゃないかな」
たとえどんなに嫌いな相手だって、ないがしろにしすぎたらスッキリしないもんだ。少なくとも俺はそうだ。
それにそれまでの会話から、レイチェルがガブリザード卿のことをそこまで嫌っているわけではないというのも分かっていた。
母親を失って悲しい思いを味わったのはレイチェルも同じ。
自分に過剰な制限をかける父の所業には苛立ちつつも、一方でその気持ちを理解してはいたはずだ。
「正直な話、お父さんが死ぬのは嫌だろ?」
「……」
「力の使い方は教えた通りだ。いけるな?」
レイチェルは僅かに頷いた。
その後、俺とレイチェルは屋敷中を探索し、盗賊に追い詰められるガブリザード卿を見つけた。
「レイチェル! それにいつぞやのとんでもない提案をする奴!」
「……お父様、無事で良かった。もう安心して下さい。今から私が、お父様を助けます」
「なっ……」
「馬鹿なことを言ってんじゃねえぞ箱入り娘! そんな細腕で何ができる!」
きびすを返して、レイチェルに襲いかかる盗賊たち。
だが、レイチェルがひとたび指を打ち鳴らすと、たちまち彼女の背後から七色の光条が飛び出し、それぞれに分かれて動いては盗賊を鮮やかに撃ち抜いた。
「……な、なっ……」
自分を追い詰めた盗賊が目の前でばたばた倒されていくのを目の当たりにして、腰を抜かすガブリザード卿。
安全を確保できたことに安心してか、気が抜けたレイチェルもその場に崩れ落ちそうになった。
「おっと!」
俺はすかさずレイチェルを支え、ガブリザード卿に向き直って言う。
「娘さんは強くなりました。貴方の知らないところでね。まだまだ未熟なところもありますが、それは俺たち仲間が支えていきます。だからお願いします、ガブリザード卿。彼女を『暁の殲滅団』の一員として加えさせて下さい!」
しばし逡巡していたガブリザード卿だったが、結局根負けするような形で首を縦に振った。
きっと彼自身も気付いていたんだろう。娘をずっと縛り続けることなどできないと。
こうして自由の身になったレイチェルは、晴れて『殲滅団』の一員となった。
他のメンバーと違って上流階級の裕福な生まれだった彼女は、それからしばらく何度か他の仲間とソリが合わずにぶつかったりもしたが――――それはまた、別の話。
「……とまあ、以上が俺とレイチェルとの出会いにまつわる一連の出来事だ」
俺が話すのをやめると、アリソンが不服そうに頬を膨らませているのに気がついた。
「他の仲間に対する愚痴が特になかったようだけど?」
「そりゃそうだろ! なんでかつての仲間の陰口わざわざ言わなきゃならないんだよ!?」
「ええー? 何それー、つーまーんーなーいー。ブラックな裏話が聞けると思ったのにー」
なんで人の不幸を娯楽にしようとしてるんだこいつは。
「シャーロットもつまらなかったか? 今の話」
「い、いえ。『殲滅団』が成り立つまでの裏話を聞けてとっても楽しかったです! 流石は世界一の冒険者パーティ、加入一つとってもイベントが盛りだくさんですね!」
その割に微妙に落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。眠いだけかな。気にしすぎか。
「でも、殆どヴィンセントさん一人で解決してましたよね? レイチェルさんの時が、たまたまそうだったんですか?」
「いや? 仲間集めは俺のメインの仕事だからな。こういうことは俺が主導すると決めていたし、あいつらもそんなにやりたがらなかったし。大体いつもこんなものだよ」
「他の皆さんの時も、同じくらいごたごたがあったんですか?」
「あったな」
「だったら恩義があるはずですよね?」
「そうと言えるかもしれないな」
「それなのに、『殲滅団』の方々はヴィンセントさんを追い出したんですか!?」
「そうなるな」
次の瞬間、シャーロットが突然勢いよく机を叩いた。
「それって人として……酷すぎると思います! カッコいい素敵なパーティだと思っていたのに! 幻滅しました!」
「落ち着けよ。別にシャーロットはそのせいで苦しい目に遭ったりしてないだろ?」
「そうですけど! 『殲滅団』のファンだった身として、怒る権利はあるはずです!」
ファンか。意識したことはなかったけど、きっとこの世界には彼女のように俺たちを遠くで応援してくれていた一般人が沢山いるんだろうな。
シャーロットはそんな人たちの中でもきっと特に強い思いを持ってくれていたうちの一人だろう。
そんな彼女が『殲滅団』に幻滅してしまったままというのは、俺としても残念だな。
……よし。
「だがな、シャーロット。今お前が見聞きした『殲滅団』関連の情報は、全部俺が出所だってことは分かってるか?」
「へ?」
「俺が口からでまかせを言って、元仲間の評価を不当に貶めている可能性だってあるんだ。それについてはちゃんと考えてるか?」
「う゛ぃ、ヴィンセントさんは嘘をつくような人には……」
「他の仲間のことだって、そんなことをする人間じゃないと思ってただろ?」
「それは……」
口ごもるシャーロット。
素直でまっすぐなのはいいことだが、もうちょっと警戒心は持った方がいいと思うな。
「一人の人間から見える景色なんて、所詮は一面的なものでしかないんだ。今回俺が追放されたのだって、俺から見た場合と他の仲間から見た場合で、見え方が全然違ってくるはずだ」
実際、俺という凡才について他の五人が四年から十年、どんな思いを抱いて接していたかは分からないんだ。
もしかすると俺が思っているよりずっと、あいつらは俺に苛立っていたかも知れない。
なんだかんだ、やりたいようにはやってきたわけだしな。
とすると、シャーロットが俺一人の意見で『殲滅団』に幻滅するようなことはあってはならない。
「まだしばらく、あいつらはこのフレスベンにいるだろう。会う機会もあると思う。もしあいつらと話すことがあったら、俺のことについて聞いてみるといい。そしたらもしかしたら、認識が改められるかもしれないぞ?」
「は、はい……」
シャーロットはすんなり納得した……わけではなさそうだったが、それでも飲み込むことはできたようで、俺に向き直って小さく頷いた。
ふう、これでちょっと罪悪感が薄れたぞ。最低限刺しておかなきゃならない釘を刺せて少し安心で期待。
「ほんと、甘いわねヴィンセント。まるで酢豚みたい。甘くないところでしっかり甘いわ」
「お前の謎の比喩のセンスは一体何なんだよ」
アリソンは深々とため息をついて、付き合ってられないと言わんばかりに肩をすくめた。
「捨てた仲間のことなんて、もっとボロクソにしたっていいのに。分かってないようだけど、それだけの仕打ちを貴方はされたのよ」
「アリソンの言い分も分かるが、これでも十年仲良くやってきた相手だからな。早々簡単に割り切れねえよ」
正直今でもたまに、朝の出来事は何かの間違いではなかったかと思うことがある。
『一時の迷いのことだった。また一緒に冒険しようぜ』
なんてあいつらが頭を下げにやってきたりしたら、俺はすぐに許してしまいそうな気すらする。
期待してないかっていうと嘘になる。
特にレイチェルなんてごたごたの真っ最中に寝てたわけだし、ワンチャン追放について知らなかったとか、あったりしないかなあ。
「……はあ」
なんて。そんな都合の良いことあるはずないよな。
レイチェルだって、全部織り込み済みに違いない。
いくらあいつらでも、残る仲間に了承も取らずに俺を追い出すことなんてするとは思えないんだから――――……。




