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11 ハイデン亭の人々(後編)

「え、ええと、ここです……」


 シャーロットに連れられて俺たちがやってきたのは、ハイデン亭家屋の一番奥にある、どことなく異様な雰囲気を放つ部屋の前。


「寝てなければいいんですが……もしもし、ゼルシアねえ。今大丈夫ですか? お姉に会いたいと言う人がいるんですが」


 さあ、冒険者を辞めたという居候先輩は、果たしてどんな人物なのか。

 仲良くなれそうな相手なら、それに越したことはないのだが。


「駄目です。反応がありません。寝てるみたいです。ゼルシア姉、早寝早起きですから」


 そう言ってシャーロットが肩をすくめたとき、黒塗りのドアがおもむろに動き出した。


「……っと!」

「お出ましか」


 まず最初に、ドアと壁の隙間から白木のような細い指が顔を覗かせる。

 続いて陶器のような手。絹糸のような腕。

 最後に、儚く消えてしまいそうな線の細い体。

 それでいて、背丈は俺と遜色ないほど大きかった。


「こ、これはまた……」

「誰……ボクに、会いたい? そんなの何かの間違い……」


 まるで幽霊、あるいは墓標。優美でありながら陰鬱な雰囲気を漂わせるその女性に、俺は思わずたじろいだ。

 そうだ。何の問題もないのに追放される人間などいない。

 もし彼女が俺と同じように追放された身だったとしたら――――才能か人格か、そのどちらかに決定的な欠陥を抱えている可能性が高いんだ。


「あんたが、居候か」

「……知らない人。ボクに一体、何の用……?」


 彼女が本当に何らかの致命的欠陥を抱えているかはともかくとして、一筋縄ではいかないくせ者なのは間違いなさそうだな。


「ええと、こちらゼルシア=ブラックさん。二年ほど前からうちのお手伝いをしてくれている元冒険者のお姉さんです」


 向かい合う俺と居候先輩。その間に立って、シャーロットがそれぞれの説明をしてくれた。

 うちのお手伝い……か。店をガッツリ手伝ってるようなら誘うのは少しまずいかもしれないな。

 でもこんなインパクトのある女性、一度見たら絶対忘れないはずだ。

 だが前に店に来たときこんな女性を見た覚えがない。だから多分大丈夫だろう。


「それでこちらは、ヴィンセント=オーガスタさん。あの『暁の殲滅者』のメンバーだった、超一流冒険者ですよ! チームの中では目立った活躍は残していませんが、発足当時からずっとチームを支えてきた大黒柱的存在です。誕生日は八月十二日、身長は一七〇センチ。好物は唐揚げで――――」

「待て。シャーロットは一体何の説明をしているんだ」


 唐突に初対面の女の子から俺の個人情報がタラタラ流れてくるの怖えよ。


「何って、私が知りうるヴィンセントさんの全情報ですが」

「開示せんでいいわそんなもん! っていうかどこで知ったんだ、少なくとも俺はそんなの教えたつもりはないぞ!」


 教えたつもりはないのに正確だから恐ろしい。


「月刊冒険者の紹介記事に載ってました。私、定期購読者なんです!」

「月刊冒険者……」


 冒険者の活動に役立つ様々な情報が掲載された雑誌だ。

 なんで一般人のシャーロットがそんなもの定期購読してるのかは、まあさておくとしても。

 俺そこの取材を受けた記憶がないんだけどなあ? どこから情報が漏れてんのかな?


「……オホン。まあ、いい。『暁の殲滅者』だったのも今は昔。現在は追い出されて、そこの彼女と新しいパーティを作るために歩き回っているところなんだ」

「追放、された……?」

「ああ。色々あってな。詳しい説明は省略するけど、簡単に言うと折り合いが上手くいかなかったんだ。それで……」


 ゼルシアににこやかに話しかけながら、俺は同時進行で『目』の力を使う。

 念のためだが、ゼルシアが持つ才能(スキル)を確かめておきたかったのだ。すると――――


【自分自身が負った怪我や毒を、自動で瞬時に回復し治療する】

【視界内にいる他人が負ったダメージを、自分に自由に移し替える】


 ――――こんな才能スキルを持っていることが明らかになった。

 す、すげえ! なんだこれ!

 要するに超速再生とダメージ移し替えを組み合わせて、パーティ全体を不死に保てるようなもの。

 リーゼロッテとはまた違う方向で、不世出の回復術師ヒーラー向き才能スキルだ。

 ただでさえ前衛メインアタッカー斥候スカウトに比べて担える人材が少ない回復術師ヒーラーはのどから手が出るほど欲しいのに、しかもこんな逸材だなんて。

 雰囲気が異様だとか、もうそんなことはどうだっていい。

 この人材は是非とも俺が作る新たなパーティに欲しいぞ!


「……それで? それで、何?」

「おっと失礼。つい見とれてしまってな」

「見とれて……?」

「それにしても美しいな」


 ここまでシナジーが噛み合った才能スキルの組み合わせは中々見ない。


「君は一体、何を言ってる、の……?」


 困惑したように首をかしげるゼルシア。

 若干語弊を招く言い方になってしまった気もするが、些細なことだ。


「続きを話そう。それで俺は、俺を追い出しやがった連中をぎゃふんと言わせるために、新しいパーティを作ることに決めた! それでメンバーを探しているんだが……」


 俺は勢いよく手を取って、ゼルシアに顔を近づけた。


「あんたも追放された口なんだろう? 俺たちと一緒にもう一度、冒険者をやってみるつもりはないか!?」

「……! それは……ボク、を、誘っていた……の?」

「そういうことになるな」


 彼女は驚いたように目を見開くと、しばらく黙って俺の顔をじっと見た。

 その後、俺の肩に手を押し当てて距離を置くと、数歩後ずさりして頭を下げた。


「……あり、がとう。君の気持ちは……素直に、嬉しい。だけど、ボクはもう……冒険者を……やるつもり、ないから」

「なんだって?」


 一度断られる可能性は視野に入れていた。

 だが、まさか冒険者をやるつもりがないとまで言われるとは予想外だ。

 だって最高クラスの回復術師ヒーラー才能(スキル)持ちだぜ!?

 こんなところでじっとしてたら完全にただの宝の持ち腐れじゃないか!


「そんなに素晴らしい才能を持っているのに、どうして冒険者をやらないんだ?」

「……? まるで、ボクの才能スキルを知っているみたいな……。 君は、冒険者時代の、ボクを……知って、いるのかい?」

「いいや知らないね。だが、俺の目があんたの内側に秘められた才能を見抜いたのさ」


 意味ありげに瞬きしてみせると、ゼルシアは胡散臭そうに眉をひそめた。


「どういう、こと……?」

「それはあんたが、俺の仲間になってくれれば分かる!」


 俺は大げさに胸を叩いて、ゼルシアに手を差し伸べた。


「さあ、俺たちと一緒に冒険者しようぜ! 前のパーティでは辛い経験をしたかもしれないけど、次は絶対そんなことにはさせないと約束するから! あんたほど優秀な冒険者がいてくれたら、俺たちもとっても心強……」

「……買いかぶりだよ、そんなの」

「へ?」


 俺が伸ばした手を払い除けて、ゼルシアはまた一歩後ろに下がる。


「どうやって……ボクの才能スキルを知ったのか分からないけど、ボクはそんな、すごい人じゃない。仮に才能スキルそのものがすごくても、それを使うボクが、てんで駄目」


 心胆が寒くなるような深い拒絶が、俺とゼルシアの間に線を引いている気がした。


「駄目って、そんな……」

才能スキルを上手く使えなくて、大切なものを……全部失ってしまうような、無能だとしても?」

「――――!」


 俺はその時、ゼルシアのか細い腕が、僅かに震えているのに気付いた。


「あれは三ヶ月くらい、前のこと。フレスベンの近くの遺跡を……仲間と一緒に探索していたとき、ボクたちはモンスターの群れに襲われた。その時のボクたちが全力を出せても、勝てるかどうかの数だった」


 まさか、パーティにいられなくなったというのは追放されたわけじゃなく……。


「前衛の仲間は、当然……少しずつ、傷ついていく。ボクはいつものように才能スキルを使って、仲間を助けようとした。だけど、突然才能(スキル)が使えなくなって……皆の怪我をボクに集められなくなった」

「まさか」

「きっとパニックになって……上手く力を使えなかったんだと思う。……それで、皆がモンスターに殺されていくのを、ボクはただ眺めていることしかできなかったんだ」


 ――――パーティそのものがなくなったという意味だったのか。

 俺が唖然としていると、ゼルシアはどこか諦観するような目で息を吐いた。


「ボク自身は、再生能力があるから傷つけられても殺されない。モンスターに滅多切りにされながら再生を繰り返して、ボクは助けが来るのを待った。助けが来たのは三日後で、当然仲間は皆手遅れだった」

「……」

「分かった? ボクは肝心なときに力が使えなくなるような、駄目な奴。そんなボクを仲間にしても、いいことなんて一つもないよ。何より……」


 ドアにかけられた手が、ゆっくりと引かれていく。


「皆を見殺しにしておいて、今更冒険者をやるなんて……できるわけが、ない」


 扉が閉まる乾いた音がその場に響いて、それっきりゼルシアは俺たちの前から姿を消してしまった。






「突然勢いで行動するからこういうことになるのよ。これからはちゃんと私に相談してから動く事ね!」

「……悪かったよ」


 ゼルシアの部屋から俺たちの部屋への帰り道。

 俺はアリソンにお叱りを受けていた。

 安易に地雷に踏み込んでしまったのはつくづく反省点だ。軽挙妄動が思わぬ失態になってしまった。


「でも私、知りませんでした。ゼルシア姉、自分のことは話したがらない人でしたから。まさかそんな理由で冒険者を辞めていただなんて……」


 シャーロットは深々とため息をついた。

 それなりに長い付き合いだろうに、彼女が自分に内心を打ち明けてくれていなかったのが少しショックだったようだ。


「話しにくいことってのはあるだろうからな。俺たちにあっさり打ち明けたのだって、帰らせるために仕方なくって感じだったし。だからこそ自分でもちょっとやらかしたとは思ってるんだが……」


 だが、才能スキルがパニックで使えなくなるというのは妙な話だ。

 今までだって何度も死線を越えてきているはずだし、何よりあんな才能スキルを平時も運用しているなら、突然パニックになったりするようなことは絶対にないと思うんだけど。


「それで、あの……新たな仲間を探しているんですか?」

「ああ。流石に二人じゃ冒険者パーティは成り立たないからな。最低限あと二人、できれば三人は確保したいところだが……」

「だ、だったら!」


 シャーロットが突然声を張り上げたので、俺とアリソンは同時に彼女の方を振り向いた。

 するとシャーロットはなんだか萎縮してしまったようで、二の句が継げなくなってしばらく口をぱくぱくさせた。


「……い、いえ。すみません。何でもないです」

「そうか? だったらいいんだが」


 シャーロットが何を言おうとしたのかはともかくとして、ゼルシアを取り巻く環境についてはもう少しだけ気になることがあるな。嫌がられるかもしれないけど、もうちょっとだけ調べてみてもいいかも――――


「それはそれとして、部屋に戻ったら改めて『殲滅団』にいた時の話を聞かせて下さい!」

「忘れてなかったかー……」


 まあ、十分に時間を稼げなかったしそういう流れにもなるよな。

 夜もかなり深まっているし、疲れたということで無理やりこの場を流すことはできるだろう。

 でも、約束したのを違えるのもよくないか。

 無条件で泊めてもらっている身、せめてそれくらいの礼儀は果たすべきと言えるかもしれない。


「……分かった。じゃあ、具体的に誰の話が聞きたい?」

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