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10 ハイデン亭の人々(前編)

 流れができてしまうと、容易には逆らえないのが俺という人間だ。

 結局押し切られるようにして、俺は二人と一緒にハイデン亭へとやってきた。

 もう店じまいしたのか、店内の灯りは消されていた。


「お父さん! ただいま戻りました!」


 真っ暗な店内にシャーロットが勢いよく飛び込むと、奥の方からのそのそと小太りの中年男性が現れた。

 シャーロットと同じ桜色の髪をしていたので、それがモーリス=ハイデンであることはすぐに分かった。

 それにしてもこの髪色は人を選ぶな。

 薄幸風美少女にはよく似合うが、恰幅のいいおっさんにはまるで合わない。


「お帰りシャロ! ところでその人たちは誰かな?」

「諸事情あって、行く場所がなくなっていた冒険者さんたちです! うちに泊めたいのですが、いいですね!」

「いいよいいよ構わないよ! 一人も三人も同じ事さ!」


 一人も三人も? どういうことだろう。


「モーリス=ハイデンだ! 君たちの名前を聞いてもいいかい!」


 いつの間にかすぐ近くまでやってきていたモーリス氏が、俺たちに握手を求める。

 軽く会釈をしてから、手を握り返して簡単な自己紹介をした。


「ヴィンセント=オーガスタです。冒険者をしています」

「かつては『弥終(いやはて)の行進曲』の先鋭として活躍し、今は脱退してこのヴィンセント=オーガスタと共に新たな冒険者パーティを作るべく活動を開始している当代有数の刀使い、美しき二刀のアリソン=アクエリアスよ!」


 長い長い長い。


「アリソン=アクエリアス……ヴィンセント=オーガスタ……聞いたことがある名前だね。ちょっと有名だったりするのかい?」

「するかもしれませんね。俺はともかく俺が作った『暁の殲滅団』は少々名の知れた冒険者パーティですから」

「ああ、『暁の殲滅団』!」


 はっとしたように、モーリス氏は手を叩いた。


「知っているよ! 今最も『開拓者パイオニア』に近いとされるパーティだよね!」

「……まあ、はい」


 『開拓者パイオニア』というのは、大きな功績を挙げた冒険者パーティと構成メンバーに送られる勲章であり、一生遊んで暮らせるだけの報奨金と貴族待遇の名誉が与えられることになる。冒険者にとっての一つのゴール地点であり、叙勲されることによる『上がり』を目指して日々危険に身を投じる冒険者は非常に多い。


「シャーロットに君たちの話は何度か聞かされているよ! へえ、全然強そうに見えないけど、意外とやるもんだねえ!」


 強そうに見えない……か。何も間違ったことを言ってないのが困りものだな。


「うちの子、冒険者が大好きでね! その中でも『殲滅団』のことはよく話題にあがっていたよ! ワッハッハ!」

「は、はあ……それはどうも」


 モーリス氏はゲラゲラ笑いながら、俺の肩を勢いよく叩いてくる。

 痛い。無駄に力が強いせいですごく痛い。

 これ、身体強化才能(スキル)補正入ってない?

 このお父さん、元冒険者だったりしない?


「そんな出世頭が一体どうして宿を失ったのかは知らないが、まあのっぴきならない事情があったんだろう! 部屋は空いているし、余り物で良ければ食い物は腐るほどあるから、様子が落ち着くまでうちでゆっくりしていきなさい!」

「ありがとうございます。お世話になった分のお金は入れますから……」

「私たちがそんなに金に困っているように見えるかい?」

「いえ、そういうわけじゃ」

「困ったときはお互い様! 冒険者は皆最前線で頑張ってるんだから、こんな時くらい私ら一般人に寄りかかりなさいな!」


 モーリス氏は頼もしく胸を叩く。

 な、なんていい人だろう……!

 思えば動機こそ若干不純だが、シャーロットだって義理もないのに俺たちをわざわざ父親に紹介してくれた。

 父娘揃って、つい先ほどまでの冷たい一般住民とは大違いだ。

 心が寒々としていた最中だったものだから、二人の優しさが胸にじんと染みてくる。

 っていうかよく考えたら、アリソンだってわざわざ俺のことを心配して探して追いかけてきてくれたんだよな……。


「……」

「うん? どうしたのかな?」

「世の中、捨てたものじゃないなって……!」

「泣くほどに!?」


 おっと、知らないうちに目から涙が。

 俺は手早く拭ってから、モーリス氏に深々と頭を下げた。


「ではしばらくお世話になります」

「お世話になりまーす!」


 俺に続いてアリソンも頭を下げた。

 モーリス氏は満足そうに何度か頷くと、大きく手を広げた。


「さあ、それじゃまずはご飯にしようか! シャロが帰ってきてから食べるつもりだったから、私らもまだ食べていないんだよね!」

「ご飯って、まさか……」

「当然! 私の手料理だよ! ハイデン亭シェフが腕によりをかけたディナーをタダで味わえるなんて、君たちも中々運が良いよね!」

「そ、そうですね……」



 そして振る舞われた料理は、今日の営業で余ったスープと炒め物、それと香味野菜のパスタ。

 前に食べたときと全く変わらない、コメントに困るタイプの味――――じゃない!

 普通に美味いぞこれ! どうなってる!?

 おかしいな。






 用意して貰った部屋に荷物を置いてからシャワーを借りて軽く汗を流し、部屋に戻るとパジャマ姿のアリソンとシャーロットが待機していた。


「お帰りなさいヴィンセントさん! お待ちしていましたよ!」

「貴方が『殲滅団』でどんな仕打ちを受けてきたのか、ゆっくり聞かせてもらおうじゃない」


 やっぱり当初の趣旨から大いに歪んでいる気がする。

 泊めてもらう建前、最低限期待には応えてあげるべきなんだろうが、正直『殲滅団』時代の話ってあんまりしたくないんだよな。

 どうしても愚痴みたいな内容になってしまうので、陰口みたいで憚られるし、そうでなくとも口に出しているだけで気が滅入ってくる。

 それになあ、アリソンに下手に内情を打ち明けると、また頭に血を上らせて今度こそ『殲滅団』に特攻仕掛けると言い出しかねないんだよなあ。

 宥めるのに一時間ぐらいかかったし、もう同じ事はやりたくないんだけどなあ。

 ところで。


「アリソンお前、そのパジャマはなんだ。悲鳴をあげてるぞ」


 アリソンの着ているパジャマは、胸の部分が限界まで膨らんではち切れそうになっていた。

 俺がそれを指摘すると、アリソンは何故か誇らしげに胸を張る。


「ふふ、すごいでしょ! ごく普通のパジャマも私にかかれば、こんなにセクシーに変わるのよ!」

「サイズの合わない服を着てるのは威張ることじゃねえよ!」

「ごめんなさい。それ私のです」

「ああ、なるほど。道理で」


 シャーロットから借りたものなら、これだけパツパツになるのも理解できる。

 女性的主張が激しいアリソンの体格と比べると、シャーロットの体型はどちらかというと慎ましやかだった。

 だが、そんな俺の納得がシャーロットには気にくわなかったらしい。


「道理でってどういうことですか! 今、私の何を見て何を納得したんですか!」

「そこ掘り下げたいことなのか?」

「いいですか! まだ私の体は発展途上です! これからいかようにも成長する余地があるんですよ!」

「そんな熱弁されても困るんだが」

「私のお母さんだって、かなりのナイスバディーだったって話ですし! 私だってまだまだチャンスはあるはずなんですよ!」


 俺たちより一段年下とはいえ、もう成長期は超えてるから望み薄だろ。血縁だって父母どちらの血をもらってるか分かったもんじゃないし……って、ん?


「なんだか妙な言い方だな。その言い方だと、シャーロット自身が母親の姿を見たことないみたいに聞こえるが……」

「はい! 私のお母さん、私が小さいときに死んじゃったんです」

「……なんだと」


 そんなに元気よく言うことじゃないだろ。

 え、何。俺地雷踏んだ?


「実は私、顔も見たことないんですよね。お父さんから聞いた話でしか、お母さんのことは知らないんです」


 踏んだというか投げつけられた気分だが、気まずい気分になったことには変わりない。

 俺が二の句を継げないでいると、シャーロットの方が困ったようにあたふたし始めた。


「あ、えっと、別に! 私は全然気にしてませんからね! 私にとって、お母さんがいないのは当たり前のことですから!」

「もうその発言が重いんだよ」


 冒険者になるような連中なら親がいないのは珍しくないが、彼女のように生まれつき知らないとなると少々話が変わってくる。だが、気にしないで欲しいと言うなら気にしない風を装うのが本人のためか。

 ただ、母親がいないとなるともう一つ気になることが出てくるわけで。


「でもここに来る前、三人暮らしって言ってたよな」

「はい。そうですよ」

「両親とシャーロットの三人暮らしだと思っていたんだが……兄弟がいるのか?」

「いえ――――」


 シャーロットは、しばし考え込むように顎に手を当ててから、やがて何かを決めたように頷いて話を続けた。


「……居候さんがいるんです。元冒険者で、今は療養のためにうちで暮らしている方が」

「居候」


 しかも元冒険者……だと?


「あんまり他人に会いたがらない人なので、お伝えしようか迷っていたんですが……」

「その元・冒険者っていうのは、フレスベンまで自力でたどり着いた冒険者なのか?」


 俺は思わず身を乗り出して詰め寄った。

 こんなに食いつかれると思っていなかったのか、シャーロットはきょとんとして目を何度か瞬かせた。


「へ? あ、はい。そうですね」


 フレスベンに自力でたどり着いた冒険者。だったらその実力には一定の期待が持てる。


「辞めた理由については何か聞いてるか? ここから先のレベルについていけなくなったからとか、怪我して冒険できなくなったとか……」

「いえ、詳しくは知らないんですけど……そういうのではないみたいですよ。なんでも、チームにいられなくなったとかなんとか……」


 つまり追放か!


「しめた!」

「へっ!?」


 俺たちにとって、一番誘いやすいのは同じ境遇にある冒険者――――つまり、冒険者パーティから追放されたあぶれ者だ。

 ハイデン亭に住む元冒険者の居候がどんな人物かは知らないが、チームから追放された過去を持つなら俺たちと共感するところもあるはず。

 上手くやれば、パーティの新たな一員として引き込むことも可能かもしれない。


「なあ、シャーロット。その居候の人を、俺たちに紹介してくれないか?」

「へ?」

「同じ冒険者同士、親睦を深めたいと思ってな。今から会うことはできないだろうか?」

「ええ!? 今からですか?」

「ああ、今からだ! 鉄は熱いうちに打てというからな!」


 今である必要は正直そこまでなかったのだが、俺はシャーロットに詰め寄ってごり押しを試みた。


「ちょ、ちょっとヴィンセント、別に今じゃなくても……」

「いいや今しかない! しばらくここで暮らさせてもらう以上、先住者に挨拶しておくのは当然だからな! 礼儀の問題として、今会わないと駄目だと言ってるんだよ!」

「え、貴方そういう礼儀とか気にするタイプの人だったの?」


 そういうことにしておこう。


「大事だろ! というわけで今すぐ行くぞ! 居候先輩はどこの部屋にいるのか教えてくれ!」

「え、ええ……?」

「さあ、早く早く! 遅くなりすぎると、居候先輩が寝床についてしまうだろ!」

「も、もう既に割とそういう時刻ですけど!」

「だからこそ急ぐんだよ!」


 困惑するシャーロットとアリソンを無理やり押し流す形で、俺は二人と一緒に部屋を出た。目指すは居候の寝室だ。

 よし。これで今晩は過去の話をしなくてよくなりそうだな。

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