1 「もうお前に用はない」
「町に戻る前に言っておく、ヴィンセント。ここから先の探索は、お前抜きでやることにした」
「――――へ?」
「お前とはここでお別れだよ。お疲れ様。もうお前に用はない」
青天の霹靂だった。
早朝、長い探索を終えて、晴れやかな気持ちで最寄りの町へ戻る道中のこと。
今まで一緒に冒険の旅を続けてきた仲間から、俺は唐突に戦力外通告を受けた。
俺にそれを告げたのは、一番長きにわたって共に戦ってきた幼馴染みのラウレンツ。
剣士として圧倒的戦闘力で冒険者パーティ『暁の殲滅団』を引っ張る屋台骨で、俺もずっと頼りにしてきた男だった。
「ずっと思っていたんだよ。いつかは言わなくちゃならないって。お前は『暁の殲滅団』にふさわしくない」
「なっ……なっ……おいおい、冗談だよな?」
「悪いけど、これは真面目な話よ」
割り込んできたのは、一つ年上のパーティメンバー、リーゼロッテ。
「だって、考えてもみなさい? ラウレンツは地上最強クラスの剣士で、私は最高峰のヒーラー。ルートヴィヒはあらゆる敵をものともしないパーティの守護神だし――――」
彼女は、周りにいる仲間たちを一人ずつ順番に指さして褒め称え――――
「レイチェルは圧倒的火力で敵を殲滅する固定砲台。そしてロドヴィーゴは、近づくだけであらゆる脅威を丸裸にする天才斥候……皆、素晴らしい才能を持っているわ」
――――最後に俺を指さすと、蔑んだ目をこちらに向けた。
「だけどヴィンセント。貴方には何もないじゃない」
「何もないって、そんな、俺は――――」
「何かできるって言うなら、貴方がこの冒険でやったことを言ってみなさいよ。誰でもできる雑用をこなしていただけじゃない」
「そ、それは……」
「うむ。お主がおろうがおるまいが、儂らの探索に一切差し障りないだろうなあ」
続いて口を開いたのは、ルートヴィヒ。城のような鎧を身につけた大男。
背中に最年少のレイチェルを抱えている。彼女は疲れて眠ってしまっていた。
「そんなお主をいつまでも仲間の一人として扱い続けるのは、もう限界なのだよ」
「そういうこと! んで、この調子だと次の探索でデッカい山を当てられそうじゃん?」
最後に俺の前に立ちふさがったのは、斥候のロドヴィーゴ。
「そうなったら国からどでかい報酬をもらえるだけじゃなく、俺たちは叙勲されて世界中から賞賛されることになるんだぜ?」
俺より一回り年下の生意気な少年は、愕然とする俺の顔を見ながら、楽しそうに笑った。
「でもさ、それって天才である俺たちにこそ与えられるべきもので、凡人でしかない旦那には分不相応なものなんじゃないかって思うわけよ」
「分不相応……だと!?」
「っつーわけで、旦那にはここで『暁の殲滅団』を出てもらうことになったってわけ! 今までお疲れ様でした!」
「……なっ……まっ……」
「まあ、こっちとしてもこれまでの働きを無視するわけじゃない。それに応じた謝礼は渡すつもりだよ。ほれ」
そう行って、ラウレンツは俺に銅貨の詰まった麻袋を握らせてきた。
しばらく分の生活費くらいにはなるが、はっきり言ってはした金だ。
「それが手切れ金ってことで。びた一文渡したくないっていう奴もいたんだが、それはあんまりにも気の毒だったんでな。これは俺の優しさだと思ってくれ」
「優しさって……おいおい、冗談だろ」
怒りに手がわなわなと震える。確かに俺はここしばらく、目に見える活躍ができていなかったかもしれない。
だからって、長年連れ添った仲間に金を握らせて黙らせるだなんて、失礼にも程がある。
大体、そもそも――――……
「『暁の殲滅団』は俺が作ったものだ! 俺がお前らに勧誘をかけて結成した冒険者パーティだったじゃねえか! なのに、なんで――――」
「だからこそだろ、ヴィンセント」
ラウレンツの声色は落ち着いていた。
だがその裏側に明らかな苛立ちがあるのは、俺にも分かった。
「みんなうんざりしてるんだよ。たかだか発起人をやっただけの凡人のお前が、いつまでも俺たち最強パーティの一員面している事実にな」
開いた口がふさがらなかった。
まさかこいつら皆――――俺のことをそういう風に思っていたのか!?
「だから、あんまり渋ってくれるな。仮にも共に過ごした連れ合いで、米粒くらいの情はあるんだ。せめて別れくらい、綺麗に済ませたいだろ?」
もうこんなことになっている時点で俺にとっては綺麗でもなんでもない。
知ったことかと言いたいところだったが――――ここでどう逆らっても、状況は俺にとって良い方には傾かない。
それだけははっきり分かっていた。
「……分かったよ。抜ければいいんだろ、抜けれ――――」
言うか言わないか、俺の顔面に拳が叩き込まれる。
「がはっ……!」
俺はそのままバランスを崩して地面に転げた。
やったのはロドヴィーゴだな。
ラウレンツやルートヴィヒだったらこんなもんじゃ済まないだろうから。
「ははは! それじゃ旦那、バイバーイ! これからは身の程を弁えて暮らした方がいいぜえ!」
「拾ってくれるパーティが見つかるといいわね。もっとも、あんたくらいの実力だとどこも欲しがらないでしょうけど」
「渡した駄賃は、都までの帰り賃だけで尽きてしまうかもしれんのう」
「それじゃあな。ふう、これで大きな仕事をひとつ終わらせられて、肩が軽くなったぜ」
「浮いたお金で、今日は焼き肉でも食べに行きましょうか。長旅の疲れも癒やしたいもんねー?」
ラウレンツたちは、談笑しながらその場を離れていく。
もう俺のことなんて、一顧だにするくらいの価値も感じていないようだ。
俺はしばらくその場に留まって、悔しさに涙をにじませた。
確かに……確かに俺は、今となっては『暁の殲滅団』のお荷物だったのかもしれない。
だが、そもそもお前たちがどうして『俺をお荷物だと呼べるほど』成長できたのか、お前らは完全に忘れてやがる!
リーゼロッテ! 昔適性皆無の狙撃手をやっていたお前が、ヒーラーに転向したのは誰のおかげだ! もちろんすごいのはお前自身だけど、俺のアドバイスだって意味があったはずだ!
ロドヴィーゴ! お前だってそうだ! 中二病の戦闘狂を気取って正面戦闘に拘ってた頃のお前じゃ、とてもこんなところには来られなかった! 俺が長い時間説得してスカウトに転向したから、今のお前があるんだぞ!
ルートヴィヒ! 嫁さんを寝取られてボロボロになっていたあんたを励ますために俺が費やした、あの半年間をなんだと思ってるんだ! 俺あんたがうっかり自殺するんじゃないかと、立ち直るまでずーっと心を痛めていたのに!
レイチェル! 引きこもりだったお前が旅に出て仲間に馴染めるようになるために、俺がどれだけ手を焼いたと思ってる! お前が皆と打ち解けて談笑できるようになった時、俺はすっげえ嬉しかったんだぞ!
それにラウレンツ――――お前を冒険に誘ったのも! お前の素質を見いだしたのも!
お前が強くなれるように十年以上修行に付き合ったのも、全部俺だ!
なのにお前らは、それを忘れて俺を足手まといだと蔑むのか!
そう、叫びたくてたまらなかったが、流石にそれは言えなかった。
恩着せがましいにも程がある。
……。
いいだろう。
お前たちがそのつもりなら、俺にだって考えがある。
俺は確かに、冒険では殆ど役に立たない。
戦闘力も皆無だし、偵察や治療のような援護も不得手だ。
お前たちが持っているような、分かりやすく素晴らしい才能なんて、俺は持っていないさ。
だが俺には、人の才能を的確に見抜くこの優れた『目』がある!
「見てやがれよおおおおお……俺は、ヴィンセント=オーガスタ――――転んでもただでは起きない男!」
お前らなんかよりよっぽどすごいパーティを作って! お前らより早くより大きな功績をあげ!
俺のことを追い出したこと、必ず後悔させてやるからな!
バーカバーカバ――――カ!!