プロローグ
人間は必ず一つ才能を持って生まれてくる。
この世界は、そういう世界だ。
★★★
僕は例外的な人間だ。
悪い意味で。
普通の人間なら、言葉が話せるようになる時期に直感的に自分の才能に気付く。
遅い人でも、小学校入学前までには自分の才能に気付いている。
しかし、僕は小学校に入学しても自分の才能に気付くことが出来ていなかった。
周りのみんなはそれぞれ個性豊かな才能を発揮していたが、僕は才能を持っていなかったので、その光景をただ茫然と眺めているだけだった。ずっとそんな人生だった。でも、そんな脇役人生でも後悔はなかった。才能を持っていないからといって差別されたりいじめられたりしたことは一度もないし、才能がなくても普通に暮らせていけたし、僕自身も才能に大した憧れはなかったし、だから今まで才能がないことなんてほとんど気にしたことがなかった。
大学二年生の春、僕は生まれて初めて才能について真剣に考えた。
きっかけはとある人物の言葉である。その人物は、僕がこの世界で一番尊敬している人物だった。そんな彼女がふと口にした言葉を聞いて、僕は何の才能も持っていない自分が恐ろしくなった。
「才能ってのは、その人を表す色みたいなものだよ」
つまり、僕には色がない。
真っ白でも、真っ黒でもない。
無だ。
これからもずっと僕は無なのだろう。
僕は生まれて初めて、才能がないことに対して「どうしよう」と思った。
丸一週間アパートと自分の殻に引きこもって、ひたすら考えた。
考えた結果、僕は才能を探す旅に出ることにした。
人間は必ず一つ才能を持って生まれてくる。
この世界は、そういう世界だ。
だから、きっと僕も何かの才能を持っているはずだ。
僕は他人よりも鈍感だったから、今まで自分の才能に気付かなかっただけなのだ。だから、その気付かなかった才能を探し出してしまえばいいのだ。
才能を探し出すには、普段通りの生活をしていても駄目だ。普段通りの生活をしているから、才能に気付けないのだ。
だから旅をしよう──特殊な環境に自分の身を置いてみよう。
僕は直感的にそう思った。
「才能の旅」──僕はこの旅をそう呼ぶことにした。本当は「才能を探す旅」と呼ぶのが正解なんだろうけど、長ったらしいし、あまりにそのまんま過ぎてつまらないので「才能の旅」と呼ぶことにした。
まず、旅に必要な物リストを作って、それらを全て買い揃えた。次に、旅に必要な物が全て入る大きなリュックサックをスポーツ用品店で購入。既に大学には適当な理由をつけて休学届を提出している。自慢じゃないけど、大学での成績は悪い方ではないので休学ぐらいチョロかった。残る問題は資金のみ──実はこれも大した問題ではない。僕には大学一年生の頃にバイトで貯めたお金があった。それもかなりの額だ。普通の大学生がバイトで貯められる額じゃないだろう。それもそのはずで、僕は大学一年生の頃ほぼ毎日バイトをしていて、給料は貯金していた。僕は特に欲しい物も無ければ友達と遊んだり旅行したり飲みに行ったりもしないので、どんどんお金が貯まった。小さな好奇心で始めてみたバイトだったけど、今となってはやっていて良かったと思う。
旅に必要な荷物をリュックサックに詰め込んだ。キャッシュカード入りの長財布をジーパンのポケットにしまった。アパートの戸締りをした。玄関を出ると鍵をかけてちゃんと閉まっているかどうか二回確認した。
さぁ準備は整った。
僕は大きなリュックサックと大きな期待と少しのワクワクを背負って、才能の旅に出る。