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人間観察部の活動記録  作者: ニカ
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人間観察部の悩み相談1

 今日は4月20日(金)。

1年生である俺は今日までに部活に入らねばならないのだ。

中学時代に部活で苦い思いをした俺としては、部活なんぞ入りたくもないんだがそう決まっているので仕方ない。活動日の少なそうな文化部にでも入って、進級したらすぐに辞めてやる。

ただ、どうせ入るなら人が少なく、できれば1年生だけの部活がいいかな。そう思い担任に聞くと、どうやらあるらしい。場所はA棟3階奥の第3講義室。この学校で最も人気(ひとけ)が無い場所だ。

ドアの前に立ち深呼吸をする。よし。最初が肝心だろう。元気よく戸を開けた。

挨拶しようとしたときに、奇妙な光景が目の前に広がった。思わず言葉を無くした。

「…………」

講義室の窓際に3人の生徒の背中が見えた。体は窓の外、グラウンドを向いており、手には望遠鏡が握られている。女子が2人で男子が1人。男子といっても細身でなで肩なので、ズボンを見なければ分からなかっただろう。やがて1人の女子が振り返った。ショートカットのその子はかなり可愛く俺好みであった。学年でもトップ10には入るレベルだろう。

「この部に入りたいんですが……」

と言うと窓の外からやっと目を離してもう2人の生徒が振り返った。

「お、男子じゃん。楠木、オレの勝ちだな」

男子の方がそう言った。

「ええ、そのようね。私の負けみたい」

「それで、悔しいか?」

「いえ、あまり……というか全然」

「そうか。難しいな」

「原因は何かしら」

俺に全く興味を示さずにその2人は話し続けた。

「あの!この部に入りたいんですが!」

強めに言った。すると細身の男子が

「聞こえてるよ」

とだけ言った。するとショートカットの子が

「それだけじゃ戸惑ってしまいますよ」

おお。まともな子がいた。すると男子は面倒くさそうに

「入部届けは持ってる?」

と聞いた。持っていたので渡すと

「ふーん。隣のクラスの奴だったのか。ま、これからよろしく」

「よ、よろしく」

隣のクラスの奴だったのか。知らなかった。俺はA組だからこいつはB組ってことか。

「楠木は知ってた?こいつのこと」

「いえ、知らないわ」

楠木というのか、この子は。ロングヘアーが似合っているな。結構可愛いな。いや、かなり可愛いかも。あれ?めちゃめちゃ可愛いぞ!楠木、楠木さんか。学年で1,2を争うレベルだ。そういや自己紹介がまだだったな。

「俺の名は田宮勇也(たみやゆうや)。1年A組だ」

「……なんで?」

男子に言われた。こいつの名前はなんだ?まだ聞いてないな。

「なんでってなんだ?」

意味が分からず聞き返すと

「疑問だ。Whyの方がよかったか?」

余計分からなくなった。

戸惑っていると

「入部届けを見れば今の情報は聞くまでもない。だから何故名乗ったのかな、と」

補足をしてくれた。

「それは一応、礼儀としてな。それにお前の名前も知りたかったし」

男子は嬉しそうに目を見開いた。

「なるほど!田宮と言ったな。歓迎するぞ。オレの名は窪木盆(くぼきぼん)。人間観察部、副部長だ」

歓迎してもらえたみたいだ。

「副部長なのか」

「ああ、こっちが部長の楠木だ」

ロングヘアーの女子が少しこっちに寄った。

「私が部長の楠木理恵(くすのきりえ)。よろしくね」

やっぱり可愛い。ま、俺はもう1人の方が好みだがな。ショートカットの子を見ると

「初めまして。荒木響子(あらききょうこ)と申します。この部は理恵ちゃんと窪木くんが作ったもので、私は理恵ちゃんに勧められて入ったんです。正直この2人は変わっているので、苦労するかとは思いますが、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、丁寧にありがとうございます」

なんていい子なんだ……

「この部は何をやっている部なんだ?」

窪木に聞いた。

「文字通りの部だよ」

「人間を観察していると?」

「ああ。……そうだ、あんたにも聞いてみたいな」

「ん、何を?」

「さっき楠木と勝負をしてオレが勝ったんだが、なんか嬉しくなかったんだよな」

窪木は楠木の方を見た。それに答えるように楠木が言った。

「私も特に悔しいと思わなかったの」

「勝負って、なんの勝負だ?」

とりあえずそこから聞いてみた。

「次に入ってくる部員は男子か女子かって勝負だよ」

窪木が答えた。

「入ってこないとは考えなかったのか?」

「1年は部活に入部しなければならない。しかし部活に入りたくない奴も中にはいるだろ。とりあえず入部して進級したら辞める、そんな考えの奴もいると予想した。辞めやすい部活といったら思い付くのは?」

急に質問され、少し驚いた。そうだな

「上級生がいない部とか、人数が少ない部なら辞めやすいかな」

「うちの部はそれに該当しているし、部員が入ってきてもおかしくはない。勿論、入ってこなくてもおかしくはないんだがな」

俺は見事にこいつの予想通りの行動をとった訳か。

「お前は男子が来ると予想したんだな」

「ああ。そしてお前が来て、勝負はオレの勝ちという訳だ」

「なにか賭けたのか?」

「……へ?」

おそろしく間抜けな反応を見せやがった。

「負けた方が勝った方にジュースでも奢るとか、そういう条件はつけなかったのか?」

「……そういうもんなのか?」

窪木は楠木の方を見た。楠木もさあ、といった反応を見せた。

「じゃないと、あまり悔しくないだろうし、嬉しくもないだろ。失うものや、得るものがないとな」

「なるほど、そうだったのか」

「ええ、そういうことだったのね」

窪木と楠木がえらく納得している。

「いやぁ、お二人を納得させるなんてすごいです」

荒木が褒めてくれた。悪い気はしない。

「俺は当たり前のことを言ったつもりなんだけどな。褒められることをした覚えはない」

「いえいえ。まだ時間は全然経っていませんが、この二人が変わり者だってことは分かったと思います」

「まぁ。それは分かったけど……」

「この二人には、常識や、当たり前、普通というものがないんです」

「ひどい言われようだが、いいのか?」

窪木の方を向くと

「事実だしな」

かなりの変わり者だな。そういや、まだ疑問は残っているな。早いうちに聞いておかないと

「この部は結局、何をする部なんだ?」

今度は楠木の方を見て言った。

「文字通りよ」

言われると思った……

「具体的な活動を知りたいんだが」

「今やっているのは、校内の人間の悩みを募集していることね」

「悩み……?」

「ええ。人間は何に悩み、またその時何を考えるのか。それを知りたくてね」

なるほど。そんな事をしているのか。

「というか、知らなかったんだな」

窪木に言われたが、意味が分からない。

「どういうことだ?」

「部活動の勧誘ポスターに悩みを募集していますって書いてあるんだが、読まずにこの部に来たんだな」

知らなかった。俺は教師にこの部のことを聞いたからな。詳しいことは何一つ知らない。

「それで、誰か悩みを持ってきた生徒はいたのか?」

「まだ誰も来てないな。ま、気長に待つことにするよ」

ふーん。気長に待つ、か。そういや活動日と活動時間をまだ聞いてなかったな。聞いておかないと

「そういやさ……」

言い出したところでコンコン、と音がした。ノックのようだ。

「どうぞ」

窪木が言う。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは小柄な女生徒だった。見覚えがある。確か隣のクラスの……隣のクラス?

「あれっ?窪木くん。……それに楠木さんも」

女生徒は驚いた。

「とりあえず、話を聞こうか」

窪木が進めた。すると女生徒はしぶしぶ話し始めた。

「うん。実は、クラスメイトに嫌われているかもしれないの」

クラスメイトに嫌われている、か。それをクラスメイトに相談するんだな。そのクラスメイトこと窪木の方を見ると、これまた嬉しそうな顔をしている。頭イカれてるんじゃねえのか、こいつは。

「詳しく聞かせてくれるか?」

「えっ!?えっと、その……」

女生徒は詳しくは言いたくなさそうだ。しばらく考え込んで、女生徒は

「そこの、楠木さんに嫌われているかもしれないの」

と言った。思わず振り返った。楠木は無表情だ。

「なんでそう思った?」

窪木が聞いた。

「私が話しかけても無視してばっかりなの。私以外の人とはしっかり話しているのに、私だけを無視するの」

窪木は黙っている。楠木も。黙って次の言葉を待っているように見える。

「なんで私とは話してくれないの。私が何かしたの?」

二人の変人はまだ黙っている。

「何か、言ってよ……私の気に入らないところがあるなら教えてよ。直せるところならちゃんと直すからさぁ」

女生徒は今にも泣き出しそうだ。やっと口を開いたのは窪木だった。

「つまり、あんたは自分が嫌いな相手に話しかけられても無視するんだな?」

何を言ってるんだ?どこからその話がきた。今まで何を聞いていたんだ。今にも泣き出しそうな女生徒を前に何故平然と自分の質問に答えさせようとしているんだ。人をなんだと思っているんだ、こいつは。

「何を言っているの?」

女生徒も状況が読めないみたいだ。当然だろうな、俺にもサッパリだ。

「自分が嫌いな相手を無視する。だから自分が無視されたら、そいつは自分のことが嫌いってことだろ?」

「違うっ。私は人を無視しない」

「だったらなんで嫌われていると思うんだ?」

「それは……」

「なんでわざわざ自分とは違うと決めつけ、かつ自分とは違うと思っているのにも関わらず、そいつの考えを決めつけることができるんだ?」

「決めつけてなんか……」

「決めつけているだろ」

窪木は真剣な眼差しで女生徒を見ている。というか観察しているのか。

「……窪木くんは、楠木さんの味方をするんだね」

「お前は楠木の敵なのか?」

「……!!」

女生徒は恐らく皮肉を言いたかったんだと思う。だが、こいつにはまるで通用しない。理由はなんとなく分かる。こいつ、窪木にとって自分以外の人間は観察対象なのだ。何を言われようが、同じなのだろう。

「……まぁ、そろそろいいか」

言いながら窪木は楠木の方を向いた。

「そうね。とりあえずこんなものでしょう」

楠木が答える。俺には、俺と女生徒は状況を飲み込めない。そうだ、荒木はどうだ?荒木の方を見ると、何やらメモを録りながら頷いている。

「お前が無視された理由を教えよう」

窪木が切り出した。こいつは答えを知っているというのか。

「窪木くんは知っているの?」

当然の疑問だ。俺も驚いている。

「お前に非はない。別に誰でもよかったんだが、お前は都合がよかったんだ」

「都合……?」

「後は私から伝えるわ」

そう言ったのは楠木だった。やはり本人から伝えるのが一番とふんだのか。

「あなたは積極的にクラスメイトと関わろうとした。私によく話しかけてくれたわね。無視したのは今窪木くんが言った通り、都合がよかったから。……観察対象としてね」

「観察対象……」

女生徒は呟いた。俺にもそう聞こえた。観察対象と。

「人間は無視されるとどう思うのか。また、どう思われていると思うのか。それを知りたくてね。さっきも言ったけど、あなたは積極的にクラスメイトに関わろうとした。だから都合がよかった。多少無視されてもしばらくは話しかけてくるとふんだの。予想通りだったわ」

楠木は嬉しそうに言った。……異常だ、こいつらは。

「そんなことのために私を無視したっていうの?」

「そうよ。まぁ、あなただけではないのだけどね」

言いながら窪木の方を向いた。それに答えるように

「ああ。誰とは言わないが、オレにも無視している対象がいる。まぁ、お前はこの観察のことを知ってしまったからな。もう無視はしないだろうよ」

「私もそのつもり。まさかそこまで悩んでいたとはね。ごめんね」

「…………」

女生徒は信じられないといった表情で固まってしまった。

「ああ、でも最後に聞かせてくれ」

「「無視されていた理由を知って、今どんな気分?」」

窪木と楠木が声を会わせて問いかけた。

しかし

「し、信じられない!!!」

そう言って女生徒は第3講義室を後にした。

「なんで怒ったんだ?」

「さあ?」

こいつらはこんな調子である。

この連中をほっとくのは危険だ。俺が見張っておかないと。荒木までこんな思考になってほしくないからな。

「さて、今日の活動は終わり」

部長の楠木がそう言った。活動内容はとても学生らしいとは言えないな。

「そうだ、田宮。人間観察部は土日祝は基本休みで、平日は毎日活動日だ。オレは予定がない限り毎日部活には来る予定だが、お前に強制はしない。ただまぁ、週に1回は顔を出せよ」

「毎日こんな感じなのか?」

「しばらくはこんな感じだろうな。興味が失せたか?」

「退屈凌ぎにはなりそうだから、暇な日は来るよ」

窪木は満足そうに頷いた。

月曜日は特に予定はなかったはずだ。

さっきのが楽しかったわけではないが、月曜日が少しだけ待ち遠しくなった。

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