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「いいのか、行かせちゃって」
「お、王!」
部屋の両脇に積み重なった資料の間からやけに不満そうな顔を覗かせた人物に、魔法使いはソファーからすべり落ちそうになった。
「何やってるんだ? そんなとこで」
「盗み聞き」
「盗み聞きって、そこなら見えてただろう?」
悪びれた様子もなく王は、もぞもぞとそこから這い出してくる。
「まあね。結構面白かった」
「・・・いつからいたんだ?」
ようやく地面に足をつけて、王は片眉を上げた。
「あの子より先にこの部屋に入ってたぞ・・・気が付かなかったのか?」
「・・・」
「らしくないな、我が魔法使い殿」
ニヤリと笑われて、魔法使いはソファーに倒れ込んで舌打ちした。
このことでしばらくからかわれるのかと思うと、うんざりする。
「なんとかは盲目とはよく言ったもんだよな。お前でさえこうなるんだからなぁ」
「何が言いたい?」
「いや、別に。古今東西ありとあらゆる人間がその罠に落ちて辛苦を飲むって奴だよ。凄い話だろ」
肩をすくめて笑う王に、魔法使いは顔をしかめる。
「首、絞めるぞ」
「分かったよ。やめるさ。でもこういう事はお前より私のほうが得意みたいだからな・・・相談にならいつでものるぞ」
「王」
強い口調に、王は面白そうに笑う。
「それにしてもあれはわざとか? あの子があそこまでしたから、私はこれ以上進んだらどうしようとびくびくしてたんだ。目と耳は一緒に閉じれないからな」
「そんな簡単に手だすかっての。お前じゃあるまいし」
「・・・私だってそんなことはしないさ。そんなことするのは、家のガキぐらいだろう」
「そうだな、あいつならやりかねないな」
魔法使いは、王に良く似た少年の姿を思い出す。
「一体誰に似たんだか」
「私じゃなければ、あいつしかいないだろう?」
「王妃? そんなこと言うと、また怒鳴らるぞ」
「誰かさんが告げ口しなきゃ大丈夫さ」
王が、両手をあげた。それは降参の合図で、この話は終わりということだ。
「私はこれでも、心配してるんだよ。お前がこの城から出て行ったら、どうしようかとね。何せあの年で女の尻ばかり追い掛け回しているガキを持つと、これからのことが心配で心配で考えるとハゲそうだよ」
「出て行くって、オレが? 何で?」
「・・・勘」
王は言いにくそうにうめいた。
「最初に言っただろ。そうゆうことは私のほうが得意みたいだって・・・お前が女を連れこんだってだけで、私もあいつもこれはやばいと思ったんだよ。だからあの娘に手をかすことも禁忌とか言う魔法のことも許したんだよ」
「連れ込むって・・・」
人聞きの悪いことを言うなと続けようとして、魔法使いは王の表情に言葉を失った。
王の顔はいつになく真剣だ。こんな顔を見るのは、いつかの夫婦喧嘩以来だった。
「私には国民の為に、私のガキの周りにいい人材を残す義務がある。あの調子じゃあ政権を維持するのだって難しそうだからな」
「そんなこと、王子だって年頃になれば」
肯定するのも気が引けて、魔法使いはとりあえずそう言った。
王は頭をかかえる。
「年頃になれば殺されるかもしれないぞ」
「まさか」
「こないだ。わざわざ隣国まで行ったのは何でだと思う? あのガキこともあろうに二股かけて、片方に殺されかけたんだぞ」
特大の溜息。
「相手がまあそれなりの家の娘で、話が大きくならなかったからいいものの・・・本当に先が思いやられるよ」
だからな―――と、王は続ける。
「私はお前を今、失うわけにはいかないんだ」
「大丈夫だよ」
魔法使いは、苦笑いしながらいつか言った言葉を繰り返した。
「オレはここにいる。死ぬって日まで、ちゃんと見届ける。そう約束しただろ」




