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「お腹すいちゃった。どこかお勧めのお店ってないの?」
街をぶらぶらと歩き回っていた少女が、不意にそう振り返った。
「店、ねぇ。オレは街のことはよく知らないからなあ」
「・・・分かる、気がする」
言葉も途中に少女はそう言って、溜息を漏らした。
「とりあえず、どっか入ってみる?」
「ああ、そうだな」
少女といるとなんだか自信がなくなっていく。魔法使いはこっそり肩を落として、少女の跡を追った。
少女はおのぼりさんよろしくキョロキョロと辺りを見回し、やがて何を気に入ったのか1件の店に入った。
店構えに見覚えがあったので、魔法使いは一瞬躊躇したが結局扉をくぐった。
「あれ、お城の・・・入り口から来るなんて、珍しいですね」
入ってすぐにそう声をかけられた。えっと思ってそちらを向くと、見覚えある店員が笑顔で立っていた。
「お久しぶりですね。それも、こんなかわいいお嬢さんをお連れなんて・・・」
「ああ、2階、いいか?」
「勿論ですとも」
店員はそう2階を示した。
魔法使いは少女を促して階段を登り、いつもの席に着く。
「何だ、いい店知ってるんじゃない」
にやにやとしながら少女がそう席に着く。
これには絶対裏があるはずだ。
魔法使いは少女を睨みつけた。
「お前、何でこの店選んだんだ?」
「えーと、それは店構えとか、匂いとか・・・」
しどろもどろの少女の言葉に、魔法使いはさらに身を乗り出す。
そして、低い声で一言。
「あいつだろ」
「・・・やっぱり分かる? 王が街に行くならここに行けって言ってたから」
「ここに来たかったなら最初に言えばいいだろう。そしたらこんなに歩かなくってもすんだのに」
疲れたようにソファーへと沈み込む。
「街も見たかったのよ。それより、何で歩かなくていいの?」
「抜け道があるんだよ」
「いいの? そんなこと言っちゃって」
「みんな知ってることだ。それに秘密でもお前になら話すだろ、あいつもお前のことは気に入ってるみたいだから」
何も注文してないのに、店員はいつもの料理と飲み物を運んできた。
1階と違い『金持ち』を対象にした作りになっている2階は、豪華とは言えないが上品さが売りらしい。木の椅子のかわりにやわらかなソファー、明かりにも飾りの入ったフードがかけられ、柔らかな光が店内を照らし出す。
料理も1階とは違い、高価そうな皿にそれなりの形で盛り付けられてくる。当然値段は高い、中身は1階と一緒なのに。
最後に少女の前にも軽めの酒が置かれた。
「酒飲めないってことはないよな」
「まあね、これでも結構年寄りだから」
と杯を持ち上げる。
「乾杯でいいのかな?」
「いいんじゃないのか。問題は何に乾杯するかだけど」
「うーん、何だっていいや。乾杯」
無理矢理、魔法使いの杯に押し付けて、さっさと飲み始める。そして料理に手を伸ばす。
「うん、さすが王様のお勧めだけあって、美味しいわね」
気に入ったのか、出された料理をパクパクと平らげていく。
魔法使いは勢い良く食べる少女を、黙って見つめていた。
そして、すべての皿が片付いた頃、不意をつくように尋ねた。
「ところで、10日も何してたんだ?」
「えーと、ちょっと迷子になってて・・・」
「迷子?」
困ったような顔の少女に、聞き返す。
「空を飛べるお前が何で迷子になるんだ?」
「近道しようと思って森に入ったら、方向間違えて出られなくなっちゃって・・・飲まず食わずだったから、力出なくて」
へへと笑う。
病み上がりのせいなのか、落ち込んでいるのか、今日少女の言葉はどれも歯切れが悪い。
魔法使いは杯に残った最後の一口を流し込んでから、少しだけ笑って見せた。
「嘘、だろ?」
わざと区切っていった言葉は、かなり効果的だった。
少女は眼を丸くしたまま、固まってしまった。
「何、隠してるんだ?」
「・・・ああ、もう。今日は全然駄目だなぁ。・・・そうだよ、嘘だよ。あ、でも迷子になったのは本当だからね。あたし方向音痴みたいだから」
とってつけたような説明とともに、少女はテーブルを軽く叩いてソファーに沈み込んだ。
ふてくされたように、唇を尖らせ天井を見上げる。
「ここに来る前に話はつけておいたから、《彼女》の都合さえつけばいつでも良かったんだけど・・・」
何を言っているのか、一瞬魔法使いには分からなかった。
尋ねようとして、少女の真剣な表情と暗い声に その理由を思い出す。
少女はしばらく目を閉じて、そしてゆっくりと口を開いた。
「・・・契約・・・してきたよ・・・」
やがて小さな声が、そう、告げた。
それは、数日の間にあの魔法を行うという、予告。
魔法使いは、黙って、頷くしかなかった。




