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「買ってやろうか?」
居並ぶ露店の1つで足を止めた少女に、魔法使いはそう声をかけた。
少女に誘われて城下町に来ているというのに、当の少女はちっとも面白くなさそうな顔で歩きまわった挙句、宝石を使った装飾品を売る店で、細い銀細工の蝶を長い間眺めていたからだ。
当然魔法使いの興味がある分野でなく、早く立ち去りたいという気持ちからそういったのだ。
「え、ああ、いい、いらない。だって、もっていけないでしょ」
何気なく少女が言う。
魔法使いは、ああと口を覆った。
「・・・ごめんね。ありがと」
蝶を露台に戻して、少女は振り返って微笑む。
魔法使いはその笑顔に思い切り体を引いて、顔をゆがめた。
「なんだ、どうした? 気持ち悪いな」
いつもなら手か足が出てくるはずの行動なのに、今日の少女は違った。ニコニコと穏やかな笑顔で、魔法使いをただ見つめている。
「本当にどうしたんだ? まだ具合でも悪いんじゃないのか? 突然街に連れて行けとかいうしさ」
「どこも悪くないよ。魔法使いを誘ったのは、王妃様が一緒なら行ってもいいっていうから・・・」
「王妃が? ああ、黙って姿を消したからか」
ふらりと現れた少女が、「ちょっと行って来るね」という言葉を残して姿を消していたのは、10日位だったろうか?
城に戻ってきた少女は、疲れ果てた姿で庭に舞い降りた。
それから3日間寝込んで、ここ2・3日ようやく普通に生活をはじめたばかりなのだ。
「だと思う。・・・王妃様にすごい怒れちゃった」
「そりゃそうだろうな」
肩をすくめる少女に、魔法使いは大きく頷いた。
「まだ会って間もないのに、なんであんなに心配してくれるんだろう? 変なの」
「王妃は君のことすごく気に入ってるみたいだからな」
「それは分かるけど」
「王妃は女の子が欲しかったんだよ。君は王妃の理想の娘なんだろう」
少女は眉をひそめた。
「理想の娘・・・」
「王妃はちょっと変ってるから」
説明するのも面倒なので、魔法使いはそう頭をかいてごまかした。
少女はまだ首を傾げている。
「それより、王妃はよく外出を許したな」
「何か急な用事が出来たみたい」
「用事? 王妃に?」
「王様も一緒だったけど・・・」
「あいつも?」
魔法使いが聞き返す。
「血相変えて飛び出して行ったわよ」
「ふーん、なんだろうな? オレのとこには連絡なかったけどな」
腕を組んで考え込む魔法使いに、少女が軽蔑の眼差しを向ける。
「この期におよんで言うのもなんだけど、もしかして魔法使いってあまりアテにされてないの?」
「・・・」
「何か心配になってきた」
「・・・」
言って少女は背を向けて歩き出す。
その言い方に腹が立ったが、言い返すことはできなかった。
ある意味本当のことだったからだ。