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『人殺しって言われたって、かまわないよ。あたしにはもうこれしか方法がないんだから』
開き直ったのか、少女は淡々とした口調でそう言った。どちらかというと怒りたくなるような口調だったのに、魔法使いの耳にはただただ耳障りな声として心に残った。
そして、その声は一週間たっても消えなかった。
「チクショウ・・・」
いつも通りの職務を終え部屋に戻った魔法使いは、不意に思い出した少女の声に頭を振って、部屋の奥に置いたソファーに身を沈めた。
少女には一週間会っていない。
王妃がことのほか少女を気に入ってくれたおかげで、寝るとき以外傍を離さないから会わなくて済んでいるのだ。 返事をしなくては・・・そう思いながらも、答えを出せずにいた魔法使いにはありがたいことだった。
考えるまでもないはずなのに、失われた太古の魔法への好奇心と自分自身の力を試したいという欲求に折り合いをつけれずにいたのだ。
勿論、少女のことも気がかりの1つだった。
やはり断ろうと心に決めても、少女のあの声と言葉が脳裏をよぎると、何故かまた考え直してしまうのだ。
「はあ」
大きな溜息を1つして、魔法使いは天井に向けて手を振った。
天井には南の方で取れる黒い魔法石が埋められている。この魔法石は一度行ったことのある場所なら何処でも、今現在を映し出せるという優れものだ。もちろん精密さを求めるなら細かな作業は必要だが。
しばらくして、魔法石は魔法使いの思うままいろいろな景色を写しだした。
代わり映えしない山とか海とか町とかを一通り回ったあと、ふと魔法使いは意識を城に向けた。
やがて、石は城の中心にあるホールを浮かび上がらせた。
城の者すべてが集まっても余りある広さのホールでは、王妃主催のティーパーティーが開かれている。色とりどりのドレスを纏ったご令嬢たちがそこかしこで談笑している。
魔法使いはホールの中を一巡りするように眺めてから、1番大きな集まりへと近づいた。
思ったとおり、その中心には王妃と少女が座っていた。
一応笑顔をはっつけてはいるものの、その顔のあちこちが引きつっている。
我慢は限界にきているのだろう。手に持ったカップが震えている。
もっとよく見ようと、魔法使いはもう少しだけ視線を降ろした。
その時、少女が顔をあげた。
なんだかおかしくなって、思わず『ざまあみやがれ』と言おうと体を起こした、その瞬間である。
その瞳は、まっすぐに魔法使いを捕らえていた。
「!?」
少女の目が細められ、ひくついていた顔が不敵な笑みを刻む。
魔法使いは慌てて両手を振って魔法を消した。
「な、なんだ? 見えんのかよ・・・ま、まさかな」
ちょっとした悪戯のはずなのに、自分のほうがビクついているのに気付いて、魔法使いは立ち上がった。
嫌な予感がする。
「あの顔は、何か企んでやがる・・・」
逃げよう・・・。
少女の不敵な表情を思い出して、魔法使いはドアに向かった。
ホールからこの部屋まで結構距離はある。それに、あの王妃がそう簡単に少女を手放すはずがない。
手をドアノブにかけて、動きを止める。
素朴な疑問。
「なんで逃げなきゃないんだ?」
別に悪いことをしたわけじゃない。城の警備の一環をちょっと逸脱しただけだ。
そう、ちょっと少女が困っているところを見て、笑ってやろうとしただけだ。
だから、逃げる必要なんて、ないはずだ。
ドアの前で固まったまま、魔法使いは自問自答する。
もしかしたら、少女はここへこないかもしれない。
あの笑いも実は魔法使いを見たのではなく、他の誰かをみたのかもしれない。
「きっと大丈夫だ」
「何が大丈夫なの?」
呟いた魔法使いに、剣呑な少女の声が尋ねた。
いつのまにかドアが半開きになり、その間から顔半分だけ覗かせた少女がにらみつけている。
当然、魔法使いは後退った。
少女はずかずかと部屋へ入り込み、後ろ足でドアを閉めさらに魔法使いへと詰め寄る。
後ろめたさも手伝って、しっかり部屋の奥まで追い詰められた。
「ふーん、結構広いんだね」
言いながら少女はキョロキョロと辺りを見回し、最後に天井を見上げた。
「やっぱり。覗いてたんだ」
不信感たっぷりの目で見つめられて、魔法使いはさらに小さくなった。
「『世界一』なんて歌われてるくせに、やらしいのねぇ」
「や、やらしいって・・・オレは別に・・・そ、その警備の一環で・・・」
どもりながら言い訳を試みる魔法使いを、少女は胡散臭そうに眺めていた。
「ふーん。・・・まあ、どうだっていいんだけどね。そんなこと・・・それより、そろそろ返事聞かせてもらえない?」
「えっ」
「えっ、て・・・なに、まだ決めていないの? トロくさいのねぇ」
しかめた顔をさらにしかめる。
「やるならやる。やらないならやらない。早くハッキリしてよね。もう時間もないんだし」
「時間なら、腐るほどあるだろう? お前らは世界一長寿な一族だろーが」
嫌味たっぷりに魔法使いがそう言うと、少女は驚いたように目を見開いた。
「何だ、知ってるんだ。あたしの一族のこと・・・そうだよね、羽見ても驚かなかったものね」
「まあな、これでも世界一の魔法使いだし、かつては冒険者だったからな」
「さっきから嫌味くさいわね。ノゾキ魔の癖して」
少女はムッとして背を向け、ソファーへと座ろうとした。
「待てっ!」
「なっ、何よっ!」
細い腕を思い切りつかんで、ソファーから遠ざける。
「ここには、座るな」
低い声で告げ、睨みつける。
自分でも何処からその声が出たか分からなくて、魔法使いは驚いて少女の手を離した。
「悪い・・・つい・・・」
「いいよ。気にしないで。でも、ソファーが駄目なら、椅子出してよね」
「ああ」
言われたとおり椅子を出す。少女が座るのを待って、魔法使いもソファーへ沈み込む。
「大事なソファーなの?」
「まあ、ね。師匠の唯一の遺品。帰ったらこのソファーで・・・」
「ごめん」
最後まで言わないうちに少女が謝った。そして、首を振る。
「そんな辛そうな顔して話すことなら、聞かない。それより、一週間も返事できないくらい悩んでたのに、あたしに質問とかないわけ?」
「いや、別に・・・お前のことで悩んでた訳じゃないし」
何の気なしにそう答えると、少女はがっかりした顔をする。
本当のことを言ったとはいえ、さすがにその表情を見て罪悪感が生まれた。
魔法使いは一応フォローを試みた。
「あーと、お前のことに興味がないわけじゃなく、そのあるわけでもないが・・・えーと」
「・・・墓穴ほってる」
同情たっぷりの瞳で、ぼそりと少女が呟いた。そして、笑う。
「興味ないの当たり前だよね。あたしこそ、ひどいや。話せば協力してくれるんじゃないかって思ってたし。同情でやってもらえることじゃないのにね」
そうだ。同情なんかでやっていいことじゃない。
魔法使いはうんうんと頷いた。
「分かってるよ。人殺し、だもんね。でも・・・同情でも、協力してもらいたいの」
「しないって言ったら?」
「協力しないで、2人を見殺しにするか、1つの命を助けるか」
「脅迫だな。まるで」
呆れてそうもらす。
「究極の選択って奴だよ。どうする?」
魔法使いはもう、声もでなかった。
驚きすぎて吹き出しそうだった。
「分かったよ。とりあえず話を聞こうか」
両手をあげて降参を示すと、少女は満足そうに笑った。
「あ、話す前に聞いとこ。魔法使いの師匠って、もしかして女?」
「いや、じいさんだった。それもかなりモウロクした」
「なーんだ。面白い話が聞けると思ったのに」
答えた少女の声は、口調の割にはちっとも残念そうじゃなかった。