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魔法使いは突然自分に向けられたその言葉に、勢い良く体を起こした。
少女も呆然と王を見つめている。
「・・・う、そ」
微妙な沈黙の後、少女がうめいた。
魔法使いも同じ感想だ。
魔法使いが現王の専任魔法使いであるのは間違いないが、『世界一の魔法使い』などと、何だそりゃって感じだ。
「だって・・・だって・・・この人すごい若いじゃないっ!」
少女がまたも立ち上がって叫んだ。
「それに、こんなに性格わるい奴が『世界一の魔法使い』なんて、信じらんないっ!」
思いっきり少女に指差されて、魔法使いも立ち上がる。
「おい、さっきから黙って聞いてりゃあ失礼な女だなっ! オレは間違いなくこいつの魔法使いなんだよっ!」
黙っていた反動なのだろうか? 王を指差してそう叫んだ。
「オレに用があるなら最初からそう言えっての。紛らわしい言い方しやがって! オレは自分が世界一なんて言わないつーの! それにだ」
そしてさらに、指差した手を上下に振って強調する。
「若い若い言うけどな、オレはこいつより実際年齢年上だっての。オレは魔法使いなんだよっ! 外見変わらないのは常識だろーが、世間知らずめっ!」
鼻息も荒く、少女の方へ身を乗り出す。しかし、少女も負けてはいない。
頭を突き合わせて、視線で火花を散らす。
「2人ともやめないかっ!」
取っ組み合いでも始めそうな勢いの2人に、王が一喝する。2人ともその声にビクリと体を震わせ、小さくなった。
王は咳払いを1つして、座れと手で合図する。
「まったく、魔法使い。君が怒るのは見物だけど、こんな少女相手に叫ぶのは大人気ないだろう。それにお嬢さん、貴女もだ。私の魔法使いに喧嘩を売るのはやめてもらいたい。もちろん、貴女がこの魔法使いには協力を望まないというなら別だが、協力を願うならその態度は控えた方がいい」
「・・・ごめんなさい」
王に言われて、納得いかない顔のまま少女が謝った。
先に言われて、魔法使いも渋々口を開く。
「悪かったよ。でもさ、『世界一の魔法使い』なんて呼ばれたら気色悪いさ」
「そうか? 私など『伝説の選ばれし王』だったぞ」
「なんだそりゃ」
にやにやしながらそう言う王に、魔法使いは眉を寄せた。
「だからいつも言ってるだろ。たまにはパーティーとかに出てみろって。本当に面白いんだから。とにかく見目麗しい男が楽器ひきながら歌うわけよ。ありもしない物語をさ」
もともと人付き合いが苦手な魔法使いだ。パーティーなんて数えられるほどしか出席してない。それだって、歌や踊りが始まるまで長居したことなんてないのだ。吟遊詩人になんてついぞ出会うことがなかった。
「お嬢さんもどこかで、歌を聞いてここにきたんだろう? 私が王になった頃から、魔法使いの呼び名には『世界一』がつくようになってたからね」
少女が小さく頷いた。
世間知らずにしか見えない少女が一体何処で情報を仕入れるか・・・考えてみれば、そんなものだろう。どこかの宿屋で歌う唄人の歌を聴いて、ただひたすらこの城を目指した。唯一の願いのために。
「私が魔法使いと出会ったのはもう20年以上前だ。私の方が確かに年下だったし、たくさんの冒険もした。でも今の私はここにいるしかない。この年で冒険にはいけないからね」
少女はますます小さくなる。王はひどく優しい瞳で少女を見つめた。
「私にはもう吟遊詩人の歌うような力はないが、私の魔法使いの力は今も変ってないよ。君の願いだって、必ず叶えられるだろう。それは私が保証しよう」
そう言って、王は口を閉ざした。
少女は瞳をふせ、長い間考え込んだ。
そして、ゆるゆると魔法使いを見ると、静かに尋ねた。
「あたしの願いを叶えてくれますか?」
弱々しい声に魔法使いは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
だが、すぐに頷くことは出来なかった。
そして、少女の声より小さな声で告げた。
「この魔法は、禁忌に触れるなんてものじゃない。この魔法は殺人と同じだ」