[2]
王は優雅な動作で魔法使いの隣に座り、面白そうに俯いた少女を見つめている。
「私の魔法使いを借りたいと言うのは、どういうことかな? 理由を聞かせてもらいたいね」
「本人以外には話さないそうです」
「本人って、誰の事だ?」
「『世界一の魔法使い』殿」
魔法使いの説明に、王も眉を寄せる。そして、さらに険しい顔をして魔法使いを見た。
何か言いた気な王に、魔法使いは頷いた。そんな奴この城にいないだろっていう確認の為に。
「・・・まあ、いいか・・・」
王は小さくそう呟くと、また少女へと向き直る。
少女はまだ俯いたままだった。
「貴女の捜す魔法使いが私の魔法使いだというなら、なおさらその理由を聞かせてもらわなければならないな。貴女が他人に話せない事を願い、わが国にとってかけがえのない者を失うようなことがあってはならないからね」
「失うなんて、あたしはただ・・・」
少女が顔を上げた。でもすぐにその瞳は宙をさまよう。
いかにも世間知らずな風体の少女だ。行き当たりばったりでここまで来たのだろう。
現実を突きつけられて、すぐに言葉を返すこともできない。
「じゃあ、こうしよう。お嬢さんが貴女の願いを話してくれるなら、私は私の魔法使いを君に紹介しよう。貴女の話の内容がどうであれ、それは約束する」
少女が驚いて、目を見張る。魔法使いも驚いて、隣に座る王を見た。
「私の約束は信じられないかな?」
少女は取れるのではと思うくらい強く首を横に振った。
「ああ、もちろん、貴女の願いを叶えるかどうかは、魔法使い自身が決める」
続けられた言葉に、今度は大きく頷く。
「やるやらないは、私は関知しない。その内容がこの世界に反することであってもね」
少女はもう一度大きく頷くと、ポケットから一枚の紙を引っ張り出した。
「あたしのいた国の図書館で見つけたの。あたしが自由になるには、この方法しかないって思ったから」
くしゃくしゃになったそれを膝の上で一生懸命にのばし、テーブルの上にのせた。
王は少しだけ体を前に倒し、それを覗き込む。
「・・・読めん・・・お前読め」
と紙切れを魔法使いに押し付ける。それは何かの本の1ページだった。それもかなり古い本らしく、所々に穴が開き色も黄ばんでいる。
「魔法文字だな」
ぎっしりと並んだ細かい文字を見て魔法使いが呟いた。
「何て書いてあるんだ?」
「魔法のやり方だよ。えーと、何々、肉体を移動する方法・・・?」
タイトルの部分を読んで、魔法使いは声を裏返した。
「そう、よ。それがあたしが完全に自由になれる唯一の方法」
「だがこれは・・・」
「ちょっと、待て。何なんだ? 肉体を、何?」
見つめあう2人の間に、王が割ってはいる。
「体を動かすのに魔法が必要な誰かがいるのか?」
「違いますよ、これは・・・」
「・・・これは」
魔法使いの言葉を少女が遮った。そして、その視線を王に移す。
「これは魂を移動する魔法よ。生きた肉体から、生きた肉体に魂を移動させるの」
少女の瞳は強い覚悟を秘めている。王はさすがに声を失った。
魔法使いは溜息とともにソファに沈み込んだ。
「そう、あたしはこの体を捨てて、新しい体を手に入れる。そのためにここに来たのよ。だから、この魔法は絶対成功させなきゃならない。その為には『世界一の魔法使い』の力が必要なの、どうしても」
悲痛な声だった。どこからその声は出ているんだろうと思うくらい、少女には似合わない声だった。
長い沈黙が続き、王は外の兵にお茶を頼み、それをじっくりと飲み干してから、ようやく口を開いた。
「貴女が私の魔法使いに会いたい理由はよく分かった。この話なら本人以外に話したくないというのも頷ける・・・。では、私も貴女との約束を果たすとしよう」
すっかり真顔になった王は、魔法使いをその手で指して続けた。
「紹介しよう。ここにいるのが貴女の言う『世界一の魔法使い』で、私の魔法使いだ」