第003夜 黄昏時
前回のあらすじ
以前、稲荷から聞いていたお狐様が見えるようになりました。
「いつもとは違う夢でね、怖い夢を見たの」
「ふむ」
稲荷は先を催促するようにこちらを見ている。
いつも以上に真剣な面持ちで聞いてくれている。
「能力は使えないし、得体の知れない者がずっと追いかけてくる夢」
「それで大丈夫だったのかの?」
「うん、何とかね」
「そうか、それなら安心じゃの」
いま話をしているから大丈夫だったのは分かっているのだろう。
そこまで心配はしてないようだ。
「・・・その夢ね、前に一度見た事があるの」
「む?お主からはファンタジーな夢の話しか聞いたことが無い気がするのじゃが」
「それはそうだよ、だって物心がついた時に見た夢だから」
「ほう、それは興味深いのぅ」
「興味深い?」
「それがファンタジーの夢を見るきっかけである可能性もあるという事じゃ」
「なるほど?」
「つまりは終わりを意味するのか、それとも新たな始まりを意味するのかの2つじゃな」
稲荷はイマイチ理解していない私に、今朝見た夢の意味を仮説を立てて話してくれた。
「んー、あの世界では何度も死んでるし、今更終わるって事は無いんじゃないかな」
「そうであろうな、可能性としては後者じゃろう」
「新たな事・・・」
「夢に進展があるというのも不思議な話じゃがの」
稲荷は唸りながら話をしてくれている。
階段を下りながら空を見上げる。
空は蒼く視界の端では木々が揺れている。
「そういえば、いつもより身体が軽い感じがする」
「どういうことじゃ?」
「えっと、圧迫感が無くなったって言うのかな?私を押さえつけていた何かが消えたというか、解放感があるというか」
「なるほど、何か伸びしろが広がったのかもしれぬな」
夢の話をしていたら階段の下まで降りていた。
もうすぐ出入り口の鳥居になる。
「稲荷」
「なんじゃ」
「相談にのってくれてありがとう」
「むぎゅっ」
人目につかない階段で感謝としてハグをする。
稲荷も抱きしめ返してくれる。
私の腕の中で深呼吸をしながら、グリグリと押し付けて甘えていた。
稲荷は身体が小さいから腕の中にスッポリ収まるので抱きしめやすい。
「よしよしよーし、それじゃ学校に行こうかな」
「うむ」
◆◇◆◇
キーンコーンカーンコーン
お昼のチャイムが鳴る。
「お昼じゃ!お稲荷じゃ!」
稲荷が勢いよく立ち上がると鋭い目で私を見ていた。
少し怖い。
「はい、お稲荷さん」
「この為に学校へ来ているようなものじゃな」
「もう、稲荷は大袈裟かな」
「もぐむぐっ、んっく、うまいのじゃ!」
あれ、否定しないけど冗談だよね?そうあって欲しい・・・
「んぐっ、ぐ・・・」
あまりにも夢中になって食べるので、喉に詰まらせてしまったようだ。
「はいはい、お茶をどうぞ」
「すまぬ」
稲荷を見ているのは楽しいけど食べる時間がなくなってしまう。
自分もお弁当を開いて食べ始めることにした。
◆◇◆◇
放課後はいつものように同好会の鍛錬を開始する。
「さぁ、鍛練の時間かな」
柔軟体操、有酸素運動、反復横跳び、バク転、幅跳び、壁走り、三角飛び、高所からの5点着地、策を片手で飛び越える、走り方の研究等々のアクロバットな鍛錬を反復して行なう。
以前、足がどれだけ速いのかを測定したことがある。
最速で50メートル走は4秒、100メートル走は8秒台という結果が出た。
早く走れる理由は分からない。
もしかしたら隣り合う柱を三角飛びで登る鍛練が影響しているのかな。
ちなみに、ウッカリ落ちてしまった時の対策はしている。
校舎の屋上から地面へ5点着地する等の鍛錬も行っているのだ。
一通り鍛練が終わり、部室棟のシャワーから出る頃には夕方になっていた。
「それじゃぁ帰るかの」
「うん」
稲荷の声に頷いて学校を出たあたりから、幻覚なのかノイズの様な景色が時々見えるようになっていた。
鳥居の前で互いに別れを告げる頃には、見える映像がハッキリしてきていた。
「じゃあの」
「うん、また明日」
どうやら、幻覚は目を閉じている間に見えるようだ。
毎回見えるわけでは無いのは救いなのかもしれない。
見える景色は、夕焼けに染まる古びた部屋。
目の前には大きな窓がある。
窓の前には黄昏る少女が立っていた。
ノイズ交じりに見える映像は、まるで壊れたテレビでも見ている気分になる。
◆◇◆◇
家に着く頃には、瞬きをする毎に映像が見えるようになっていた。
(この映像、昨日の夕方に見た白昼夢かな)
玄関に上がり込んだ時には限界に近かった。
額には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。
靴を脱ぎ捨て、木刀袋とスクールバッグはその場に残す。
階段をフラフラと登りながら自分の部屋へと入り、そのままベッドへと倒れ込んだ。
同時に視界は黄昏色に染まっていった。
(まぶしい───)
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GW中は1日1話を予定しております。
ストックは無いので、書き終わったら随時アップしていきます。