第002夜 お狐様
前回のあらすじ
暗い住宅街で幼女の明日香がストーキングされました
「っ!?」
私はベッドから勢いよく起き上がった。
目覚めは最悪だ。
身体は全力疾走したように疲弊していた。
悪い夢を見た後はこのような事がある。
「はぁっ、はぁっ、くっ」
私は肩で呼吸をしていた。
額には玉の汗が浮き出ており、一筋の汗が右の頬を伝う。
「すぅ・・・はぁ、すぅ・・・はぁ」
背中を丸めたまま深呼吸を繰り返す。
肺に汗の匂いが広がっていった。
「はふ~っ」
少しは落ち着いてきたかな。
襟をつかんでパタパタと前後させて空気を入れていく。
「うぅ、汗がベタついて気持ち悪いかな」
視線を左の窓に向けると外はまだ薄暗い。
右後ろを振り返って勉強机の上を見ると、目覚まし時計は朝の4時を指していた。
起きる時間まで1時間半も残っている。
「シャワーを浴びようかな」
ベッドを右から降りて目の前のクローゼットへ向かう。
ハンガーに掛かっている制服を1着とってベッドに置く。
衣装棚は勉強机と向き合うように置かれている。
その中からシャツ、スパッツ、下着2枚、シュシュを取り出して制服の上に重ねた。
それを抱えて部屋の出入口に向かい、立て掛けている木刀袋も一緒に持つ。
私の部屋は2階にあって、階段の正面に位置している。
隣の部屋は妹のつばめ、奥の部屋は両親が使っている。
(まだ、みんな起きてないかな)
我が家は静まり返っている。
階段を下りると玄関の前に出る。
右へ振り返れば階段の脇に脱衣所へ続く廊下が伸びている。
廊下を挟んで階段の向かい側には居間がある。
脱衣所に入ると右には洗濯機があり、奥には洗面所がある。
左側はバスタオル等が入ってる低い棚がある。
棚の上に着替え一式を置き、木刀袋を立て掛け、バスタオルを出して着替えの上に乗せた。
「うわ、パジャマすごい汗すってる」
汗まみれのパジャマは、洗濯機へ投げ込んでしまう。
ガチャッ
風呂場へ入ると独特の冷たい空気が漂っていた。
(朝は少し涼しいな)
キュッ、シャァー・・・・
シャワーヘッドを手に取り、排水溝に向けて湯を出し始める。
最初は水なので、いきなり浴びるのは好ましくない。
汗を流していると、鬱蒼とした気持ちが薄れていく。
「ふぅ」
夢の事を思い出す。
アイツは確かに『捕まえた』と言っていた。
最後はどうなったのか良くわからない。
目が覚めた時は疲弊していたけど、今は調子がいい。
キュッ
シャワーを止めて身体から水気を手で払っていく。
ある程度水気が無くなったら脱衣所へ入り、バスタオルで肌を叩くように拭った。
身体を拭き終わったらシャツとスパッツに着替える。
胸元まで伸びた左右の髪は後ろに束ね、ポニーテールにしてシュシュで括った。
洗面所の鏡を見ると、後ろ髪とポニーテールの先が肩口で揺れていた。
制服は後で着替えるのでここに置いておく。
「おっけーかな」
木刀袋を持って居間へと入り、お米を炊くためにキッチンへ移動する。
3合をセットして、昆布1枚を置いて炊飯のスイッチを入れて準備完了。
これは後でお稲荷さんを作るときに使うご飯となる。
キッチンから出て居間の時計を見ると4時半を指していた。
「いつもより1時間早いかな」
木刀を取出して庭へ出る。
空は少し明るくなってきているみたい。
私こと渡鳥明日香は、鍛錬を行うために早起きをしている。
小学生1年生の頃から始めて、もうすぐ中学2年生だから7年くらいになると思う。
始めた切っ掛けは実にくだらない。
ファンタジーの夢を幼少期から見続けていて、魔物を倒す力が欲しかったから。
「我ながらアホな理由かな」
鍛錬の事は家族みんなが知っている。
理由を話したら笑われたのは言うまでもない。
以前、お父さんが格闘ごっこを公園でしてくれた時があった。
私は自分の力がどれくらい危険なのか知らなかった。
お腹を膝蹴りしたら5mくらい飛んでいたように思える。
その後は病院へ運ばれていた。
それを見ていた妹のつばめは、私に恐怖して我が儘を言わなくなった。
庭の中央で木刀を静かに構え、深呼吸をひとつする。
「さぁ、鍛練の時間かな!」
◆◇◆◇
いつもの練習メニューを行って空を見上げると、太陽はすっかり顔を出している。
私の髪は陽に照らされセピア色に透き通り、そよ風によって肩口でゆれていた。
(風が涼しい)
火照った身体を程よく冷ましてくれている。
私は練習でかいた汗を流すために、またシャワーを浴びに行った。
汗を吸った髪を丁寧に洗う事は忘れない。
キッチンに戻ってくる頃には6時になっていた。
「さぁ、お稲荷を沢山つくるかな!」
四角い油揚げを麺棒で潰していく。
中央を切って袋状にして、鍋で40秒ほど茹でて油抜きをする。
用意していた、だし汁、みりん、砂糖、しょう油で煮汁を作る。
油揚げを7分程煮て、上下を返して更に7分程煮ていく。
(美味しくするには冷めるまで待たないとね)
炊きあがっているご飯から昆布を抜き取り、ご飯をボウルへ移す。
合わせ酢の隠し味にきざみショウガときざみガリを加え、ボウルへ混ぜ合わせる。
うちわの代わりに磁石付きの小型扇風機を冷蔵庫に貼り付けて使った。
油揚げの汁気を少しだけ搾り、ご飯を積めて出来上がりとなる。
タッパ3つ分も作ってしまった。
作り終えたところでお母さんが降りてきた。
居間の時計を確認すると7時を指している。
もう朝食を作る時間のようだ。
◆◇◆◇
朝食を済ませた後は、親友の狐嶋稲荷家へ向かう。
稲荷神社の鳥居の前で一揖をして階段を登っていく。
「到着!」
境内へ着いたら、お稲荷をお供えするために幣殿へと向かう。
少し離れたところで違和感を感じた。
「あれ、屋根になんか居る?」
屋根に何かが居るのだ。
(あれは、お狐様?)
ジっと見ていると、お狐様?と目があった。
『ほぅ、お主にもワシが見えるのかの?』
話し掛けられてしまった。
「気のせいかな」
『いや見えておるじゃろ』
現実でファンタジーな存在を見るとは思わなかった。
現実逃避?をするように否定してしまった。
(イヤな夢を見た影響でまだ疲れてるのかな・・・)
幣殿へ視線を戻して、お供え場所まで歩いていく。
お稲荷を出すためにカバンを漁りながら考える。
(あれって稲荷が前に言ってたお狐様かな?)
以前、この神社に住んでいる親友の稲荷から聞いた事がある。
(何で見えたのかな)
よくある話だとチート能力に目覚めて、面倒事に巻き込まれる展開が多い気がする。
でも同じ条件なら稲荷の方が適任な気がするかな?
魔法少女っぽい巫女が悪霊と戦うのは絵になりそうだ。
私が考え事をしている間も、頭上ではお狐様が私に何か話しかけている。
『お主よ、ワシが見えておるのじゃろう?声も聞こえておるのじゃろう?
最近はワシが見えるヤツが減ってしまってのう、退屈しておったのじゃ』
(神社のお仕事を真っ当したらいいと思うかな)
『そうじゃ、お稲荷はいつも美味しく頂いておる。
稲荷が作る方も美味しいのだが物足りなくてな』
お稲荷で神様?の胃袋を掴んでしまったようだ。
『人の子は寿命が短い、いつか食べれなくなると思うと残念でならん』
どれだけ私のお稲荷さんが好きなんだと呆れつつ、
お稲荷をお供えした私はいつものように一言だけお祈りを済ませた。
「稲荷をよろしくお願いします。」
『うむ、聞き届けた』
その言葉に安心して社務所へ向かった。
インターホンを鳴らすとすぐに稲荷が出てきた。
「おはよう、稲荷」
「おはよう、明日香」
「今朝お稲荷を作りすぎてね、朝の分もあるんだ」
カバンからお稲荷を取り出して、稲荷へと渡す。
「ふむ、これは是非頂かねばならぬな」
「どこで食べる?教室とか───」
「すぐ食べれる所が良かろう、幣殿の近くに座る場所があるのじゃ」
「あ、うん、じゃぁ行こうか」
稲荷は鼻息を荒くしながら私の手を握り、目的の場所へと案内してくれた。
◆◇◆◇
「いただくのじゃ」
「召し上がれ」
「もぐむぐもぐ、うむ、今日も絶品じゃ!」
「ありがとう」
稲荷は今日も満面の笑みで食べてくれている。
食べている途中で悪いが、今のうちにお狐様について聞いてみる事にした。
「ところで稲荷?」
「むぐ?」
「お狐様と、いつもどんな話をしているのかな」
「突然どうしたのじゃ?」
「今朝、突然見えて話し掛けられたんだけど・・・」
「ふむ」
食べる手を止めて少し考えるような仕草をしている。
「ワシ相手に話す感じで良いと思うぞ」
「え、それでいいのかな?」
「難しく考える必要は無いが、大仰な振る舞いをせぬ限り大丈夫じゃろうて」
「そっか」
思ったよりも話しやすい神様のようで一安心だ。
「それと、神様は皆を平等に扱うからの、神頼みは過度な期待はせぬ事をオススメするぞ」
「滅多にそんな事にならないから大丈夫かな」
「まぁたまに独り言というアドバイスをする事があるがの」
「平等ってなんだっけかな・・・」
「ご馳走さまじゃ」
「お粗末さま」
会話の合間にいつの間にか食べ終わっていた。
「それじゃ行こうかの」
「そうだね」
「ついでにお狐様に挨拶をするかの?」
「うん、そうするかな」
幣殿のところまで来て屋根の上を見上げる。
お狐様は横になって頬杖をつきながら寝ているのかな。
「「お狐様」」
『む?何か用かの』
「行ってくるのじゃ」
「行ってきます」
『うむ、気を付けて行って参れ』
先程スルーしていた事は言及されなかった。
◆◇◆◇
境内を抜け、階段を下りながら日課の夢の話を始める。
「今日ね、変な夢を見たんだ」
「いつも聞いておる夢も大概だと思うがの」
「それもそうなんだけど」
確かにいつも話しているファンタジーな夢の内容も大概だ。
空を飛んだり魔物を倒したという話は普通ではないかな。
でも今朝の夢は異質なものだ。
私は声のトーンを少し落として話を始めた。
「いつもとは違う夢でね、怖い夢を見たの」
見て下さっている皆様に感謝です。続ける励みになります!
GW中は1日1話アップ予定です。今日はもう1話あげられるかもしれません。