第零夜 ズレ始めた日常
令和初日に合わせてゼロ話を上げようと思って先走りました!
夢の世界ってなんだろう?
一般的には脳が記憶の整理を行う際の副産物だって言われているけれど、
私のソレは少し違う気がする。
その世界はファンタジーに溢れていて、夢の私にとって夢が現実で、現実が夢と認識している。向こうでの人生は確かに存在するのだ。
私こと渡鳥明日香は目が覚めても夢の内容を忘れる事はなく、その代償として疲労が時々フィードバックされるくらいだろうか?
夢へ落ちる時は、布団と言う水面から暗い水中へゆっくりと沈んで行く。
その先には行く手を阻むように横倒しになった両開きの大きな門があり、
近づくと誘うように奥へと開いていく。そこを通過すると夢の世界へと辿り着く。
扉を通過しない事も出来そうだけれど、
その場合にどうなるのか分からないので試したことはない。
実は魂だけでこの空間へ訪れていて、門を通る事で異世界に行くことができるが、門を外れると狭間に取り残されます!というオチだと笑えない。
門を潜った後は光の波が襲ってきて、気が付くと大森林の上空を飛んでいた。
頬を撫でる風も気持ちいい。
「おぉ~、空気がおいしい!」
少し草の青い匂いが混ざっているが、むせ返るほどではないようだ。
深呼吸を続けながら思うのは、現実の空気が如何にマズイかである。
(仮に現実で飛ぶことが出来ても、空気がマズすぎて移動手段でしか使わなさそうだなぁ)
そんな事を考えながら暫く飛んでいると、森が大きく円形に開いた場所を見つけた。ほとんどが湖であり、中央には何かが鎮座しているようだ。
「あれ、なにかな?」
気になって目の前に降り立って見上げたそれは小さな古びた塔であり、2階へと続く階段が塔に巻き付くように作られていた。どうやら裏手に降りてしまったようで、半周したところで入口のようなものを見つけた。
「人は居なさそうだなぁ、居ても食料どうしているのかな?」
辺りを見回すと湖は綺麗で動物の憩いの場となっているようで、水深は腰までのようだ。ここから森へ通じる道は塔の入口から伸びた広い道だけのようで、進んでみると湖を囲うように果物の樹が多く生えていた。一応暮らせる環境はあるのかもしれない。
「ここは一体・・・」
Pi Pi Pi Pi Pi ...
目覚ましの音で夢の世界はブラックアウトし、現実の世界へ引き戻されていく。
目を覚まして音がする右側へ首だけを傾けると、勉強机の上から覗くアナログ時計は朝の5時半を指していた。
いまだ夢見心地な身体を起こして、右手を伸ばし時計の頭を叩くと音は鳴りやんだ。空いた左手で口を覆い、欠伸を軽くしてからベッドから降り、全身で伸びをして眠気を覚ましていく。
クローゼットを開けて、半袖Tシャツとスパッツを取り出し、シュシュは右手首へ通す。パジャマは脱いだら勉強机の椅子に掛けて、シャツとスパッツに着替え、仕上げは左右の胸元まで伸びた髪をかき上げ、頭の後ろでポニーテール風にシュシュで括った。
部屋の喚起をするために窓の前を塞いでいるベッドへ乗り、カーテンと窓を順番に開けていき、最後に網戸だけ閉めた。
朝はトレーニングの時間だ。スクールバッグとシャワーの後に着替える制服を抱え、部屋の入口に立て掛けている木刀を握り、2階から玄関へと降りた。
右へUターンした先は1本道の廊下で、左は居間があり、廊下の先はお風呂場になる。風呂場へ制服を置き、居間へ戻ったら自分の席へスクールバッグを置き、庭へと降りる。黎明の光は茶色の髪を輝かせ、そよ風で肩口の後ろ髪とポニーテールが揺れてくすぐったい。
「さぁ、鍛練の時間かな!」
まずはストレッチを軽く10分程してから素振りを開始する。
「はっ!はっ!たぁっ!ふん、はっ!」
基本は上段だが、斬り上げや左右の上段、横払い等を折り混ぜて、色々な攻撃方法に慣れる鍛練を続け、最後は素早く連撃を放つ練習に充てる。
「はっ、はっ、ふっ、たぁっ!」
無駄な力を入れたり動作をしないように心掛けながら全力で訓練をしなければ強くなれない。でも慣れれば余裕が出来てくるので、精度と威力を落とさないように素早く熟す事も必要だ。何故なら、余裕を残していたら訓練にはならないと考えているからだ。
「はぁ、はぁ、ふぅ」
一段落し息切れを整えてからストレッチをしていると、背中越しにお母さんがいつものように声を掛けてくれた。
「おはよう、明日香ちゃん、朝食作るからおシャワーを浴びてきなさい?」
「おはよう、お母さん、うん分かった~」
居間を通り過ぎる際に時刻を確認すると6時40分くらいだった。
玄関へ木刀を置いてお風呂場へ向かい、シャツとスパッツを洗濯機に投げ込みお風呂場へ入り、シャワーは最初に身体を軽く流して、汗の浸み込んだ髪を時間かけて洗う。
20分くらいして居間に戻ると、お父さんはテレビを見ながら紅茶を飲んでおり、妹のつばめはキッチンカウンターに並ぶ料理を出す手伝いをしていた。
「おはよぉ~」
「おう、おはよう明日香」
「お姉ちゃんおはよー、座って待っていて欲しいです」
「うん、用意お願いしようかな」
つばめに言われた通り、朝食が運ばれるのを座って待つことにした。
実際キッチンに3人も居ると邪魔なのである。
「「「「いただきます」」」」
家族4人揃って囲う料理は、レタスときゅうりとプチトマトを和えた上にポテトサラダの塊が鎮座しているサラダ、オニオンスープ、ブロッコリーを添えたベーコンエッグの3点、と地味に手が込んでおり、主食は好みによって食パン、納豆ご飯を選べるようになっていて、私は納豆ご飯を選んでいる。
「「ご馳走様でした」」
私とつばめは朝食を済ませて一緒に食器を洗い、
自分の席に掛けていたスクールバッグ、ランドセルをそれぞれ抱えて、
出掛ける挨拶をしながら玄関へと向かう。
妹は肩下まであるセミロングを頭の両サイドで括ってツインテールにしていた。
鏡を見ないでよく出来るものだ。
「「いってきま~す」」
「おう、いってらっしゃい」
「はい、いってらっしゃい」
私は玄関に置いていた木刀袋を抱え、妹と一緒に玄関を潜った。
「つばめは、もうすぐ小学校卒業だね」
「お姉ちゃんは一つ上の先輩になるです?」
「同じ学校でも顔を合わせる機会は少ないけどね」
「部活が同じなら可能性はあるですが、入っているです?」
「同好会は立ち上げたよ」
「前に聞いた気が・・・脳筋同好会です?」
「全然違うし、鍛練同好会かな!」
「どっちも一緒な気がするです」
反論したが妹は呆れ顔で返した。
確かにスポーツというよりは鍛える事に特化しているのだから、
脳筋と言えなくもないのかな?
「つばめは私の同好会には入らないのかな?」
「絶対に入らないと思うです」
妹は心底嫌そうに拒絶していた。大会も何もない身体を鍛えるだけの部活なんて、普通なら女の子が入ろうとは思わないだろう。そんな話をしていたら、小学校と中学校の分かれ道に辿り着いていた。
「つばめ、いってらっしゃい」
「いってくるです、お姉ちゃん」
つばめと別れた私は、登校途中にある親友の狐嶋稲荷の家へと足を向ける。私は部活に所属していないが、自分で立ち上げた同好会があり、メンバーは私と親友の2人だけだ。
神社の前に差し掛かり、鳥居の前で一揖して階段を上っていく。
日頃鍛練しているおかげで難なく上り詰め、社務所のインターホンを押した。
ピンポーン
『明日香か、いま出るから待っておれ』
「うん、了解」
少し待っていると社務所の扉が開いて、親友が出てきた。
身長は低く、ロングヘア―の後ろ髪はお尻より下まで伸びており、リボンで纏めており、左右の胸元まである髪は、それぞれ肩口でゴムでまとめている。
前髪は左右に分かれていて、真ん中だけ3本のアホ毛になっている。狐耳のような髪型も特徴的である。髪の色は基本的に金髪だが毛先は栗色で狐をイメージさせる。
年寄りくさい口調が特徴である。
「待たせたの」
「いえいえ、おはよう稲荷」
「うむ、おはようなのじゃ」
階段を下りながら、私は日課の報告になりつつある夢の話を始める。
「今日も例の夢を見たよ」
「ほぅ」
「大自然の上空を飛んでてね、空気が凄く美味しかったんだ」
「ワシの家と比べてどうじゃ?」
「同じくらいかな」
「そうか」
ちょっと不満そうな顔をしているのは夢に嫉妬しているのかな?
「いつでも美味しい空気が吸えるココと夢を比べるのはナンセンスかな、私はここが一番好きだよ」
「褒めても何も出んぞ?」
「あ、それで思い出した」
「なんじゃ?」
「お狐様にもお供えをしたんだけどね、お昼はお稲荷さんかな」
「ほぅ・・・」
稲荷が分かりやすくソワソワしはじめた。
稲荷は私が作ったお稲荷が大好物らしい。一応自分でも作るらしいが何かが違うようだ。本人曰く「もう、お主のお稲荷が無いと生きていけない身体になってしもうた・・・」と言う程であり、目の前へぶら下げるだけだと噛みつかれる恐れがある。
「まだダメだからね?」
「わかっておる」
食べられない事を意識してしまったのか、少し険しい表情をしていたので1つくらいならと提案してみる事にした。
「1個くらいならいいかな?」
「い、いや、止まらなくなるのは目に見えておる、遠慮するのじゃ」
「そう?」
「くっ」
火に油を注いでしまったようで、お稲荷さんを目の前にチラつかされた事で禁断症状が出たようで目が血走っている。今度から2タッパ作って来るべきかを本気で検討したいところだ。
「ねぇ稲荷」
「なんじゃ」
「代わりと言ってはなんだけど───」
「むぐっ、む、むぅ・・・」
立ち止まって稲荷を呼び、振り返ったところで抱きしめると、
抱きしめ返して深呼吸を始めた。
稲荷のは不思議と私の匂いを嗅ぐと落ち着くらしく、大抵の事はこれで大人しくなる。たまに呆けたようになるのだが、深く考えないようにしている。
「落ち着いたかな?」
「うむ」
稲荷が落ち着いたことを確認して鳥居を抜け、学校までの少ない時間を他愛のない話で過ごした。
◆◇◆◇
キーンコーンカーンコーン
「お昼じゃ!」
稲荷のテンションが高めなのは、お稲荷さんが食べれるという期待からだろう。
「はい、お稲荷さん」
「うむ、いつもすまないのう」
「それは言わない約束かな」
「では、頂くのじゃ」
「頂きます」
稲荷は早速お稲荷さんに手を付けて舌鼓を打っていた。
「~~~~っ、うまいのじゃ!」
「喜んで頂き光栄です」
「うむ、苦しゅうない」
三文芝居をしながら稲荷はとても幸せそうに食べている。
それを見ている私も頬を緩ませてご飯を食べていった。
◆◇◆◇
私の行動は夢の世界を中心とした考えが主である。
先に言った通りファンタジーの世界なので戦うこともあるのだが、
夢を見れる時間の都合により、魔法も戦いも鍛練を積むことは難しいため、
現実で鍛えることにしたのだ。
最初は剣道を検討していたのだが対人を前提としており、
魔物相手には使えないと判断したため入部するのは辞めた。
「さぁ、鍛練の時間かな」
「うむ、まずは反復横跳びじゃな」
「回数のカウントはしないけど全力でね」
「当然じゃ」
同好会の活動内容は珍妙だ。
柔軟体操、有酸素運動、反復横跳び、バク転、幅跳び、壁走り、三角飛び、高所からの5点着地、策を片手で飛び越える、走り方の研究、時々ソフトテニス部等にケンカを売って球を避ける鍛練をしたり等々、アクロバットな事をしている。
この鍛練は小学生の頃から稲荷と共に行っているが、この普通ではない活動に彼女はいまだに付き合ってくれる。
以前聞いた時は「身体が弱いからの、鍛えたいのじゃ」と言っていたが、どう考えても私と同様に鍛えすぎているため、継続する理由は無いはずだ。
「ねぇ稲荷」
「なんじゃ?」
「何で鍛練に付き合ってくれるのかな?」
「今更じゃな」
「前は身体が弱いからって言ってたけど、もう十分だよね?」
「今はもう少し強くなりたいのじゃ」
「まさか稲荷が脳筋に?」
「お主に言われたくないのう・・・、もう少ししたら分かるじゃろうて」
「どう言う事かな?」
「さての、占いではもう少し強くなる必要があるらしいとしか言えぬ」
「よくわからないけど、稲荷がもっと強くなるなら負けていられないかな!」
「うむ、ワシも負けぬぞ!」
半分誤魔化された気がするけれど、近々分かるならそれで良いと思う事にした。
◆◇◆◇
同好会の活動が終わり帰る頃に夕焼けの影は長く伸びていた。
「はぁ、疲れたのぉ~」
「稲荷は大袈裟かなぁ」
帰宅途中、右隣で愚痴をこぼす彼女に対して私は苦笑いで返した
「明日香は元気で良いのぉ」
「もぅ、お年寄りみたいなこと言わないの」
「それはワシをディスっておるんかの…」
冗談のつもりだったが稲荷は少し拗ねたようにしていた
「あははっ、冗談かな」
「はぁ、入学したばかりと思うておったが、もう秋じゃな」
「早いものだねぇ」
「うむ、早いものじゃ」
稲荷が少し遠くを見て懐かしむような大人びた表情をした。
幾年を生きてきたかのような憂いを帯びた表情は、小さい少女がする顔などではない。だから何となく話題をそらしてしまった。
「そういえば最近は影が長いね、今は逢魔時かな?」
「不吉な時間のことを言うんだったかの」
「そうかも?」
「ふむ、今日の明日香はイジワルさんなのかの?」
「思った事を口にしただけかな」
「それはそれで質が悪いのぅ」
「あはは、ごめん、怖いの苦手なんだっけ」
「ふん、神に仕える巫女が怖がってはおられぬよ」
「そうね」
もうすぐそこは鳥居だ、稲荷と別れる場所である。
けれど何かに引っ張られるように視界が霞んでいく。
「ん・・・」
「明日香?」
そのまま歩いていた稲荷が振り返った瞬間、見える世界が一転していた。
黄昏を背に窓辺から振り返る少女がそこには居た。
寂れた狭い部屋は窓から差し込む色に染め上げれている。
「明日香!」
稲荷の声に正気に戻ると彼女は何故か抱き着かれていた。
「おはよう」
「寝るなら布団で───むぐ!むぅ、む・・・」
そのまま抱きしめてみると稲荷は静かになった。
「ぷはっ、ワシは抱き枕ではないぞ!」
「寝ている間に抱き着いてきたから願望があるのかなと」
「揺すったら倒れると思って仕方なくじゃ!」
どうやら本当に心配していたらしい。身体を離すと稲荷は少し名残惜しそうにしていた。
「大丈夫だよ、ごめんね心配かけたかな」
「体調が悪いなら家まで送るぞ?」
「私は可愛い稲荷を独りで出歩かせることの方が心配かな」
そう稲荷はカワイイ、ペットにしたいくらいカワイイのだ。
「ワシなら一般人程度なら赤子同然じゃが」
「確かにね、でも本当に大丈夫だから」
お互いに鍛練で鍛えているから心配は必要が無いのはわかっていたので、苦笑いで返した。
「ふむ、それなら家についたら連絡くらいは欲しいの」
「じゃぁ、SNSを送ろうかな」
「うむ、来なかったらお主の家に走りこむからの?」
「忘れないように注意するよ、また明日ね」
「うむ、また明日じゃ」
稲荷と別れた後は特になにも無かく、無事に家に着いた私は稲荷にメッセージを送り、シャワーを浴びてパジャマに着替えた私は宿題を済ませて夕飯の準備を手伝うのだった。
◆◇◆◇
夕食は19時から団欒とする。
お父さんの帰りが遅い場合は、お母さんを私と妹のつばめの3人で食べる事もある。食器の片づけは主に私がしているが、洗い終わった後に出てきた食器は、出した本人が洗う事になっている。
寝る時間はほぼ20時だ、朝が早いので丁度良いくらいである。
「おやすみなさい」
今日も夢へ落ちるために暗闇の中を漂うのだが、いつもと様子が違っていた。
「ノイズ?」
それは扉を見つけた時に確信へと変わった。
明らかに扉にノイズが走っているように見えるのだ。
「う~ん、通りたくないかなぁ」
だが戻る手段を知らないし、扉を避けた先に何があるかもわからない。
結局は通るしか無さそうだ。
「まぁ夢だし、なんとかなるかな?」
辿り着いた先で目を開けると、そこは異質な場所だった。
「いつもの夢じゃない?」
暗闇に包まれたその世界は、住宅街でコンクリートブロックに囲まれた一軒家が多く存在していた。
少し歩いて周ってみたが、どの家も玄関へ通じる入口が見当たらない。
道の端の地面や壁は暗闇に覆われており、踏み入れるのはマズイ気がした。
月明りに照らされた道の中央だけが安全地帯のように思える。
「能力は・・・使えないみたいね」
いつもなら空くらいは飛べるのに使えないようだ。
それに身体もずいぶんと小さくなっており、小学生未満くらいに感じる。
「なんか嫌な感じがするかな」
住宅街の異様さに自然と小走りになっていく。
「この雰囲気、やっぱり最初の夢なのかな?」
この夢を過去に見たことがある。
物心がついてから最初に見た夢だ、忘れるわけがない。
「だとしたらアイツが来る」
言うが早いか、背後にはアイツが迫っていた。
『フフッ、見つけた』