電車 前編
お庭を散歩している最中、ボクは気づきました。
お屋敷の隣に、駅ができていたのです。
ボクは早速、メイドさんと魔術師さんを呼びます。
駅前にやってきたメイドさんと魔術師さんは、とても驚いた様子でした。
「いつの間に、こんな駅が……」
「すごいすごい! 私、早く電車に乗ってみたい!」
「あ! 魔術師さん、待ってください!」
せっかちな魔術師さんです。
魔術師さんは駅の中に走っていってしまいました。
そんな彼女を追って、メイドさんも駅の中へ。
ひとりで置いていかれるのは寂しいので、ボクも駅に足を踏み入れました。
駅には誰もいません。
他のお客さんも、駅員さんも、誰もいません。
当然です。お屋敷の周辺には誰もいないのですから。
魔術師さんは、駅のホームへと続く階段の下で、首をかしげていました。
「あれ? ねえねえメイドさん」
「どうしましたか?」
「電車に乗るには、お金を払って切符とかカードを買って、それを改札に通して電車に乗るって本に書いてあったよ」
「私もそう聞いています」
「券売機も改札も、どこにもないよ」
「本当だ! 言われてみればそうですね!」
不思議です。
階段の上からは、電車の音が聞こえてきています。
券売機や改札がなくとも、駅は運用されているようです。
こんな駅があるとは、はじめて知りました。
「ペペロッペ卿、電車に乗っても良いかな?」
「たぶん、大丈夫でしょう」
おそらくですが、この駅は自由に電車に乗れる駅なのでしょう。
ボクの答えに、魔術師さんは満面の笑みを浮かべます。
そして、彼女はボクとメイドさんの手を掴み、階段を駆け上がりました。
階段を上れば、そこは駅のホームです。
「おお~! 電車だよ~!」
「とっても長い乗り物ですね!」
ホームに停車する電車に、メイドさんと魔術師さんは目を輝かせていました。
同時に、駅のホームにベルが鳴り響きます。
「ドアが閉まってしまいます。電車に乗りましょう」
「はい!」
「分かった~!」
急いで電車に乗ると、電車のドアが一斉に閉まります。
ボクたち3人以外には誰も乗っていない電車は、ゆっくりと動きはじめました。
車窓の景色は、お屋敷の全体像から、どこまでも広がる草原へ。
徐々に景色は流れ、電車の速度が上がっているのが分かります。
ガタンゴトンと揺られながら、ボクたちは高架線からの外の景色を眺めました。
「あの山、ドラゴンさんのお家だ!」
「女王様橋も見えます!」
「羊さんたちが挨拶してくれていますね」
電車からはたくさんの景色が見えます。
そして、どの景色に注目するかは人それぞれです。
だからこそ、新しい発見もできます。
こうして電車から外を眺めているだけで、楽しい時間が過ぎていくのです。
しばらくして、メイドさんが言いました。
「次の駅、到着しませんね」
ボクも気になりはじめていたことです。
いつまで経っても、電車は次の駅に到着しないのです。
「なんでだろう? ちょっと調べてみる!」
そう言って、魔術師さんは電車を隅から隅まで見て回ります。
ドアの周辺、座席の下、車両の連結部——見られる場所は全て見た魔術師さん。
結果、彼女はひとつの答えに辿り着きました。
「この電車、魔法の電車だ!」
「「魔法の電車?」」
「そうだよ。車両に特殊な魔法陣が仕掛けられてるみたい。もしかしたら、行きたい場所を電車に伝えると、そこに連れていってくれるかも!」
「それはすごいですね」
「それはすごいです!」
すぐに電車に話しかけてみましょう。
まずはどんなことを——
「海の中に行きたい!」
魔術師さんに先を越されてしまいました。
さて、電車は魔術師さんのお願いを聞いてくれるのでしょうか。
草原をまっすぐと走っていた電車は、突如としてトンネルに入ります。
暗い車内で、窓に写った自分の姿を眺めるボクたち。
数分が経った頃でしょうか。電車がトンネルを抜けます。
するとビックリ。なんと、電車は海底を走っていたのです。
「これは……驚きました」
「本当に魔法の電車でしたよ!」
今までと変わらぬ速度で海底を走る電車に、ボクもメイドさんも開いた口が塞がりません。
ところが、魔術師さんは少しだけ不満げです。
「う~ん、思ってたより深いよ~。もっと、海面に近い場所が良かった! サンゴ礁とかがキレイな!」
素直な魔術師さんです。
電車も素直です。
魔術師さんの不満に答えるように、電車は上へと向かいました。
真っ暗だった海中には、だんだんと陽の光が射し込み、黒は青に染められていきます。
しばらくすると、
「わあ~!」
電車の外には魔術師さんの願った通りの景色が広がります。
揺らぐ海面、色とりどりのサンゴ礁、自由に泳ぎ回るお魚さんたち。
海中にいるはずなのに、まるで空を飛んでいるような、不思議な感覚です。
「すごいすごい! メイドさん、見て見て! お魚の群れだよ!」
「あの雲みたいなの、全部がお魚ですか!?」
「そうだよ! あ! クラゲもいる!」
とても楽しそうな魔術師さんです。
メイドさんも、魔術師さんに連れられながら、はじめて見る景色に目を丸くしています。
美しい海中の景色を堪能できて、良かったです。
「魔術師さん、満足できましたか?」
「うん! ねえねえ、次はペペロッペ卿かメイドさんの行きたいところに行こうよ!」
「良いですね。それでは——」
「では、摩天楼の街に行きたいです!」
またも先を越されてしまいました。
メイドさんのお願いを聞いて、電車は再びトンネルに入ります。